少年A③
忠也は傷害の前科があり、暴力団との関係が噂される町の鼻つまみ者だった。頭髪を短く刈り上げ、小柄で熱い唇から前歯が覗いていた。小さな目が離れているところは、太とそっくりだった。
用明太は父親の粗暴さとは無縁の大人しい少年に見えたが、その中味は父親同様、冷酷な血が流れていたのかもしれない。
「高校の同級生の証言だけで、用明が麻衣殺害の犯人であることを指し示す有力な証拠は見つからなかった。父親は息子を家の中に匿ったまま外出させず、捜査員は本人から直接、話を聞くことができなかった」
事件当日、不審な若い男を目撃したという主婦に用明太の写真を見せて、スーパーで見た若い男かどうか確認してもらったのだが、「似ているように思うが、顔をはっきりと見た訳ではないので、分からない。似ているような・・・似ていないような・・・」と曖昧な証言しか得ることができなかった。
捜査は暗礁に乗り上げてしまった。
「警察も焦ったのだと思う。ここで警察の不祥事と言われている事件が起きてしまった」
「不祥事?」西脇は記憶をまさぐる。
警視庁捜査一課の刑事だった松中清一は町田署の棟近順次と用明家を張り込んでいた。用明太が外に出て来たところを捕まえて、その場で尋問して自白を引き出す気だった。
荒っぽいやり方だったが、松中は「高校生なんぞ、五分もあれば落として見せる」と豪語していた。無論、そんな荒っぽいやり方を捜査責任者が許すはずがない。功を焦った松中と棟近の独断だった。
ところが用明太は父親の命令もあって、なかなか姿を現さない。
用明家からやや離れた街灯の届かない薄暗闇に車を停めて、松中と棟近は用明太が外出するのをじっと待った。用明家は一戸建てで、母屋と棟続きで配管材料を貯蔵してある倉庫があり、倉庫の前に軽トラックと自家用車を停める駐車場があった。倉庫はシャッターが下りていたが、横に人が出入りできるスチール製のドアがあった。
張り込みを始めて三日目の深夜、零時を越えて間もなく、倉庫のドアを開けて軽トラックの陰から忍び出て来る人影を発見した。松中と棟近が車を駐車している場所は街灯の灯りの外で薄暗いが、用明家の駐車場の前は街灯があり、明るかった。
――来た!やつだ!
松中は車内で小さく歓声を上げた。
人影は用明太だった。暗闇に紛れて、どこかに行こうとしていた。白いポリ袋を手に持っている。「待ってました!」と、松中は車を飛び出した。棟近も遅れまいと松中の後に続いた。
二人は少々、功を焦りすぎてしまった。車を出るタイミングが微妙に早かったのだ。
家の前で刑事が張り込んでいると思っていなかった用明太は、暗闇からばたばたと足音を立てて駆け寄ってくるガタイの良い男たちに戦慄を感じた。一瞬、迷ったが、逃げ切れないと悟り、結局、出て来たばかりの家の中に引き返す道を選んだ。軽トラックの脇をすり抜け、配管材料倉庫へと引き返した。
用明太の後ろから松中が鬼のような形相で迫っていた。倉庫のドアノブを握った瞬間、松中が追いついた。ドアノブを回して中に駆けこもうとしていたので、松中は用明太に組み付いた。
二人はどうと倉庫の中になだれ込んだ。
倉庫の中は照明が消えて真っ暗だった。ドアから街灯の灯りが、倉庫の中に差し込んで来ていた。用明太は松中の体の下でじたばたと抵抗を続けていた。だが、松中にとっては赤子の腕をひねるようなものだった。
松中に組み伏せられながら、用明太は手に持っていた白いポリ袋を倉庫の奥へと投げ込んだ。松中は背後からやって来た棟近に、「あのポリ袋を押さえろ!」と叫んだ。
「おう!」と棟近が二人を飛び越えて行く。
用明太は松中に抵抗を続けながら、ポケットに隠し持っていたものを掴みだすと、それを口の中に入れた。それに気が付いた松中が、用明太の顎をがっちりと押さえて口を閉めることができないようにする。そして、用明太が口の中に入れたものを無理やり奪い取った。
「あああ――!」用明太は松中に組み敷かれながら子供のように泣き喚いた。
松中は用明太を組み伏せながら、太から奪い取ったものを街灯の灯りに翳して見た。
――これは!
下着、それも女性用の下着だった。しかも子供向けのようでかなり小さい。
遺体発見時、麻衣は女の子らしく可愛らしいスカートを履いていた。だが、下着を着けていなかった。記念品のつもりなのか、犯人が麻衣の下着を剥ぎ取って持ち去ったと見られていた。
松中は犯人を捕まえ、しかも同時に用明太が犯人であることを示す確実な証拠を手に入れたことになる。
棟近がポリ袋を手に、加勢にやって来た。
「松中さん、見て下さい。ポリ袋の中には青い上着と帽子が入っていました。こいつ、麻衣ちゃんを誘拐した時に着ていた服を始末しようとしていました」
棟近が押収したポリ袋の中には、スーパーの店員と見紛う青色の上着と、紺の帽子が入っていた。用明太は夜陰に紛れて証拠品を始末しようとしていたのだ。
「てめえら、ひとの家の倉庫で、何をやってやがんだ――!」
暗闇に覆われていた倉庫が、怒声と共に突然明るくなった。用明太の父、忠也が騒ぎを聞きつけて起きて来て、倉庫にやって来たのだ。そして、倉庫の床で羽交い絞めになっている息子の姿を目の当たりにした。
忠也は怒りで顔を朱に染めながら、息子を助け出そうと駆け寄って来た。
「用明さん、息子さんを黒田麻衣ちゃん殺害事件の犯人として緊急逮捕します」
棟近が忠也を押しとどめた。
「殺人事件の犯人だと~!? ああ~? ふざけんじゃねえよ!」
忠也は棟近の手を振りほどこうと暴れた。だが、棟近は忠也にしがみついて離さなかった。
「証拠隠滅の恐れがあるので、緊急逮捕だ!」
松中は用明太の手首に手錠をかけた。
「これが用明太逮捕の詳細です。逮捕に係わった棟近刑事から直接、聞いたので間違いありません。それが、あんなことになってしまって・・・」と久手が顔を歪める。
「あんなこと?」
「立花宗徳弁護士だよ」
「立花!」
悪霊館の所有者は立花家だ。屋敷には「立花」の表札がかかっている。
用明太の逮捕を受けて、事件は新たな局面を迎えた。
用明忠也が伝手を辿って、息子の弁護を依頼したのが立花弁護士だった。立花は元検察官、数多の犯罪者を有罪にして来た有能な検事だった。常々、「冤罪だけは出してはならない」と言い続けた気骨のある人物でもあった。




