少年A①
寺井から報告を受けている最中だった。
悪霊館の事件について、寺井が新たに情報を仕入れて来た。被害者の首に巻き付いていたのはロープではなく洗濯紐だったという話だ。
悪霊館の二階のベランダには洗濯紐が結わえつけられた物干し台が二つ、転倒していた。年代物の重量のある物干し台で、洗濯紐の端が結わえられていた。その洗濯紐が被害者に絡みついていたようだ。そして、物干し台がベランダの欄干に当たり、ストッパーの役目を果たして被害者を吊り下げる形になっていた。
何故、被害者は洗濯紐に絡まり、ベランダから吊り下がっていたか話を始めたところだった。
ぴろぴろと携帯電話が鳴り始め、画面を見た西脇が「ちょっと御免、鬼牟田先生から電話だ」と寺井に告げた。
鬼牟田圭亮からの電話だった。「先生。どうしました?」と聞くと、「西脇さん! 大変です」と声を弾ませた。
「落ち着いてください。何が大変なのですか?」
「須磨さんから電話があったのです」と圭亮が言う。
「須磨さんから? 先生から電話をかけたのではないのですか?」
昨日の打ち合わせでは圭亮の方から電話をかけるという話になっていた。
「いえ。電話をかけなければと思っていたら、須磨さんの方から電話があったのです」
「それは好都合じゃないですか。例の件、聞いてもらえましたか?」
用明太の事件が自殺か、事故か、事件なのか警察の見解を須磨に聞いてもらいたいというのが西脇から圭亮へのお願いだった。
「それが、今回は須磨さんからの依頼で、あの事件、調べることになりました」
「えっ⁉」これには西脇も驚いた。
須磨に電話をかけなければと、逡巡していると、須磨から電話が掛かって来たと言う。「びっくりしました」と圭亮は興奮気味だ。
「話があります。今から、お伺いしてよろしいですか?」と言われ、須磨が圭亮のマンションを訪ねて来たのだと言う。
「須磨さんが⁉ 一体、どんな用事だったのですか?」
「それが――」と須磨が尋ねて来た事情を圭亮が説明した。
先ず、用明太の死因について、警察では他殺の可能性が高いと見ている。
「自殺とは考えられません。首の紐はともかく、手足に紐を巻いて二階から首を吊るなんて、ちょっと考えられないからです」と須磨は説明した。
被害者の首には、洗濯紐を外そうと掻き毟った吉川線と呼ばれる爪痕がしっかり残っていた。右手が紐に絡まっていたので、左手で首に絡まった洗濯紐を外そうと足掻いたようだった。
自殺の線が薄いとなると事故、若しくは他殺の疑いが濃いということだ。事故の可能性はという問いに対して、「事故となると不自然な点があります」と須磨は答えた。
遺体の首に巻き付いた洗濯紐だ。首に二回り、ロープが巻き付いていたのだと言う。
「もし事故だとしたら、首に一周ロープが巻き付いているぐらいでしょう。ところが、遺体には二回りもロープが首に巻き付いていました。事故だとしたら、一体、どういう経緯で首にロープが二周も巻きついて、ベランダから転落したのでしょう」
須磨の言う通りだとすると、事故として考えると遺体には不自然な点が多かった。首に二周、洗濯紐が絡みついていたし、手首や足首にも紐が絡まっていた。ベランダから落下したとなると、物干し竿を弾き飛ばしながら洗濯紐にひっかかり、その場でぐるぐると回転しながら首に洗濯紐を巻きつけ、手首や足首にも紐を絡めてからベランダから落下し、窒息死したことになる。
何とも奇妙な状況だ。
「自殺の線が薄くて、事故としても不自然な点が多いとなると、後は殺しの線ということになりますね」と圭亮が聞くと、須磨は「結論を急いではいけません。当面は事件、事故の両面から捜査を続けて行くことになります」と答えたそうだ。
圭亮の話を聞いて、「ふうむ・・・殺人事件の可能性が高い訳ですね。これは番組のトップで取り上げる価値がありそうだ」と西脇が呟くと、「ところが西脇さん。価値があるどころか、番組のトップで取り上げないと後悔することになります」と圭亮が電話口で怒鳴った。
「後悔する?」
圭亮が衝撃的な一言を口にした。「はい。本件の被害者、用明太は、今から丁度、十年前に、町田市で起こった黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件の容疑者だったのです!」
「黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件⁉」
あの世間を震撼させた大事件だ。
その容疑者が殺されたと言うのか!
結局、圭亮にサクラ・テレビまで足を運んでもらい、詳しい話を聞くことになった。
圭亮が到着するまでの間に、西脇は社会部に足を運んで、黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件について話を聞くことにした。十年前の話だ。西脇も覚えていたが、うろ覚えの部分があり、細部について、もう一度、確認をしておきたかった。
そこで、社会部で仲の良い久手義明を訪ねた。
久手は四十代、若手の頃は細かったが、最近はすっかり貫禄がついてしまった。四角い顔に太い眉毛、柔道家といった雰囲気がある。西脇の飲み仲間と言うか、残業仲間と言っていい。夜中に話し相手が欲しくなった時、久手を訪ねると、大抵、会社にいた。
西脇が「用明太が殺されたらしい」という話をすると、久手は「用明太! 懐かしい名前だ。そうかあ・・・あいつ、殺されたのか・・・まあ、自業自得だな」と絶句した。
黒田麻衣ちゃん殺人事件について、おさらいしたい。詳しく教えてくれないかと頼むと、「黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件かぁ・・・」と久手は遠い目をした。そして、「あの日は暑い日だった」と当時の状況を話し始めた。




