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マリオネットは踊らない  作者: 西季幽司
第一章「因果応報」
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幽霊屋敷の怪談⑤

 兼重は手ずからコーヒーを煎れて二人に振る舞ってくれた。

「秘書の方はいらっしゃらないのですか?」

 西脇が尋ねると、「あら、私、自分のことくらい自分でできますわ」と兼重が平然と答えた。

「それにしても立派な校舎ですね」

「私などは地方の大学を卒業しましたものですから、大学には広いキャンパスがありました。ここは広いキャンパスがなくて、学生たちが可愛そうに思えます」

「そうですね」

「ここの他に、千葉県に我孫子キャンパスがあって、そちらは大学らしく広々としています」

 一通り、世間話をすませた後、西脇は兼重に、「早速ですが、今日お尋ねしたのは――」と用件を切り出した。

「ええ、はい。大田教授より、明治の初めに品川で起こった一家惨殺殺人事件のことについてお知りになりたいと伺っています。少々、お待ち下さい・・・」

 兼重はつと立ち上がると、机の上にあったファイルを手にして戻って来た。座るとスカートから長くて細い綺麗な脚が覗いた。

「明治の初めに、品川で一家が惨殺されたような陰惨な事件が、本当にあったのでしょうか?それとも単なる噂なのでしょうか?」

 西脇が待ちきれずに疑問をぶつけた。

「結論から申し上げますと記録がございました」

「本当にあったのですね!」

 兼重は手にした資料を二人の前に並べた。

「『明治事件史新聞記録集成』や『明治・大正犯罪実録』に記録が残されておりました。それをコピーしたものがこちらです。明治五年に海内一得という元富山藩士が、品川にあった安田家、あの安田財閥の安田家ですけど、その持家に警察官を装って侵入し、当時、安田家に住んでおりました一家を惨殺しました。屋敷には安田財閥の祖、安田善次郎の遠い親戚に当たる安田孝行、その妻のきぬ、娘の清子、そして家政婦のイネの四人が住んでいました。海内一得は短銃とサーベルを使って、一家、四人を殺害しています」

 兼重は簡潔に事件の概要を説明した。

「その一家惨殺事件のあった家が、先日、奇妙な首つり死体が発見された、あの屋敷で間違いないのでしょうか?」

「ええ、間違いないと思います。昔、この明治期の一家惨殺殺人事件のことを調べたことがございます。事件の舞台となったお屋敷が今も残っていることを知って、是非、中を拝見させてもらいたいと思い、現在の所有者である立花さんと連絡を取りました。残念ながら立花さんからは、『今は人に貸してしまっていますので、中をお見せすることはできません』と、丁重なお断りを頂きました。今回、首つり死体が見つかったお屋敷の所有者は立花さんだとお聞きしました。住所も前にお尋ねしようとしていた辺りですので、同じ建物だと思います」

「海内一得は事件の後、どうなったのでしょうか?」圭亮が興味津々といった顔で尋ねる。

 兼重はちらりと圭亮の顔を見てから、「家政婦のイネは事件後、暫く息があり、イネの証言から海内一得は直ぐに捕まったようです。海内一得は、『安田孝行は父の仇であり、殺害は仇討である』と主張したと記録にあります。仇討は当時、まだ合法でした。ですが、仇討であれば、主人の安田孝行以外に、妻のきぬや家政婦のイネ、あまつさえ赤子の清子まで殺害していることは道理が通りません。人の道に外れています。明治政府は海内一得の主張を退けました。海内一得は死罪となり、伝馬町の牢屋で首を撥ねられました」と答えた。

「当時はまだ、仇討が合法だったのですね」と西脇が聞く。

「はい、この事件の影響もあったのでしょう。明治政府は翌年の明治六年に『敵討禁止令』を出して、仇討を禁止しています」

「なるほど、当時としても世間を賑わせた事件だった訳だ」

 西脇が感心すると、兼重は「はい」と言って微笑んだ。その理知的な笑顔は、男どもを魅了して止まないだろう。西脇は兼重の笑顔に目が眩みそうになった。圭亮は兼重に見とれてしまっている。

「色々、ありがとうございました」

「いえ。どういたしまして」と答えると、「実は・・・私、毎週欠かさず、サタデー・ホットラインを拝見させて頂いております。サタデー・ホットラインは事件への切り口が独特で、見ていて勉強になることが多いものですから」と兼重が言った。

「本当ですか! 犯罪学の専門家にそう言ってもらえると、こちらとしても光栄です」西脇が頭を下げる。

「それで・・・あの・・・私、鬼牟田さんの、その、ファンと言うか、何時も鬼牟田さんの推理に感心しております。今日、こうして鬼牟田さんをお会いできるなんて、思ってもいませんでした」と兼重はまるで少女のように顔を赤らめながら、最後の方は消え入るような小声で言った。

 西脇が「何時でもご連絡頂ければ、鬼牟田先生を派遣しますよ」と言うと、隣で圭亮が「うんうん」と首を振った。まるで犬のようだ。

「ありがとうございます。どうやって、あんなに鋭い推理をすることができるでしょうか?」

「それは――」と圭亮が「俯瞰的演繹法」と名付けた自らの推理手法を紹介し始めた。兼重は「ええ」、「はい」と相槌を打ちながらソファーから身を乗り出すようにして聞いていた。

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