幽霊屋敷の怪談④
「止めてください。僕にそんな霊感、ありませんから」と西脇は言うが、これがなかなか侮れない。事件の本質を言い当てていることが多い。「どうです。先生、この事件。番組のトップに持ってくるには、少し地味ですかね?」
「う~ん。面白いと思いますよ」
「これが自殺や事故でなく、殺人事件ということになれば、トップで取り上げる価値があると思うんです。そこで、先生、是非、お願いします」
須磨と連絡を取って、情報を仕入れて欲しいということだ。
「難しいと思いますよ」と答えておいたが、須磨と連絡を取る羽目になりそうだ。どの道、圭亮は西脇の言うことに逆らえない。
こうして、一見、地味に見えたこの事件が、世間を騒がす大事件に発展するまで、そう時間はかからなかった。
ここ数日、春の陽気と言える快晴の日が続いていたが、今日は朝から厚い雲が空を覆い、一雨、降りそうな天気だった。午後の降雨確率は二十パーセントと低かったが、夕方から夜にかけて雨になるそうで、ビル風に湿気が含まれ、肌にまとわりつくようだった。
圭亮は西脇と並んでオフィス街を歩いていた。
招知大学を目指していた。招知大学はサクラ・テレビからワン・ブロックの距離にある。ゆっくり歩いても十分程度で招知大学に到着できた。相手は大学の准教授だし、初の訪問で遅刻する訳には行かないので、約束の時間には少々、早かったがサクラ・テレビを出た。
「招知大学に行ったことありますか?」
西脇はジーンズに薄手のダウンをまとっており、とても勤め人には見えなかった。
「いいえ、行ったことありません。西脇さんは?」
「お隣さんですから、取材で何度か行ったことがあります」
「へえ~取材で。大学生から面白い話を聞けそうですものね」
「先生。報道局長の紹介ですから、良い子にしていてくださいね」
「招知だけに、ガッテンショウチ! です」
他愛もない会話をしている内に、招知大学が見えてきた。都心の大学とあって大学の校舎と言うよりオフォス・ビルに見える。入口に「招知大学」の目立つ看板が出ていないと、大学だと気が付かないだろう。
受付で、「兼重准教授と面談の約束があります」と案内を乞うと、八重歯の可愛らしい女性が、「犯罪学の兼重千尋准教授ですね。オフィスが八階にございます。左手奥の中層階行きのエレベーターで八階にお願いします」と教えてくれた。
「ちょっと早すぎましたかね?」と二人はロビーで時間を潰してから、エレベーターに乗り込んだ。
八階で降りると、教授や准教授の教授室がずらりと並んでいた。エレベーターを降りて直ぐの場所に、フロア・マップが設置されている。どの部屋にどの教授がいるのか一目で分かるようになっていた。
「右手、奥から三番目ですね」圭亮がフロア・マップから兼重准教授の部屋を探し当てた。
西脇は地図を読むのが、あまり得意ではない。圭亮の後を着いて行くことにした。
迷路のようなフロアを兼重准教授の部屋へと歩いて行った。ドアをノックすると、「は~い。どうぞ」と准教授の生徒なのか女性の声で返事があった。
「失礼します」とドアを開けて中に入った。
正面の壁一面が窓なっていて、都会の街並みを一望に見渡すことが出来る。窓際には准教授の机なのだろう、幅の広い机が据えられている。左手の壁には本棚があり、蔵書の数々が本棚一杯、並んでいた。
兼重准教授は几帳面な性格なようで、溢れんばかりの蔵書が、綺麗に整理されて並べられてあった。部屋の中央に応接セットが置かれてあり、先ほど部屋の中から返事をしてくれた女性が、にこにこと二人を迎えてくれた。
「あのう、サクラ・テレビの西脇と申します。兼重准教授は?」
西脇が女性に告げると、女性が「初めまして、兼重千尋です」と言って「うふふ」と笑った。笑うと八重歯が覗いて幼く見えた。
「えっ!あっ、す、すいません、初めまして、サクラ・テレビの西脇です」
犯罪学の准教授だと言うので、てっきり男性だと思い込んでいた。
兼重千尋准教授は女性だった。三十路過ぎだろう、まだ若い。スーツをパリッと着こなして、長い髪をクリップで無造作に後ろに束ねていた。化粧気はないが清潔感で溢れている。しかも飛び切りの美人だ。大きな瞳が、濡れているように輝いていた。スタイルも良いし、これで普通に化粧をして町を歩いたら、すれ違う男たちが皆、振り返ることだろう。
兼重は西脇の背後で山のように聳える圭亮に気がつくと、「あっ!」と小さな声を上げた。
「鬼牟田圭亮さんですね。サタデー・ホットライン、何時も見ています」と兼重が目を輝かせる。
圭亮の顔をテレビで見知っているようだ。「はじめまして」と圭亮が西脇を押しのけるようにして前に出ると、ぬっと右手を差し出した。
海外経験の長い圭亮は、人に合うと握手を求める習慣がある。兼重は一瞬、躊躇った後、おずおずと右手を差し出して、頬を赤らめながら圭亮の右手を握った。
西脇が何なのだといった不可解な表情を浮かべながら、その様子を見ていた。
「どうぞ。お座りください」
「すいません、てっきり男性の方だと思い込んでいたものですから」西脇がソファーに腰を降ろしながら謝る。
「いいえ、犯罪学なんて物騒なものを専攻していますし、名前も千尋ですので、男性と間違えられることなんてしょっちゅうです。お飲物はコーヒーでよろしいかしら?」
「ああ、コーヒー良いですね~」と圭亮が歓声を上げる。
「先生。良い子で」と西脇が小声で注意した。




