8滴目 神をも凌ぐ、視えぬ大盾 後編
「ニャンニャ、たたきつぶす」
オーフリッジが両刃剣をアルガ・ヴァンドに突き付けながら言い放つ。
「ほう! 来るか、翼魔よ!!」
再び両腕を構えるアルガ・ヴァンド。しかし、先と違い黄金の糸の本数は目に見えて減っていた。
「オジ。あの大盾、どう突破するの?」
「殴り尽くす」
「それも通らない、よわよわざこだったら?」
「「蹂躙」」
オーフリッジとニャンニャが口を揃えた。
アルガ・ヴァンドの目前、振りかざされる大斧──
「わっはぁ!! 迫力満点じゃぁ!!」
──嬉々として、さらに腰を深く落とすアルガ・ヴァンド。
「イチゲキ」
ドゴ、と先と違う鈍い金属音が響く。
やはり黄金の糸が、大斧の先端を纏った。
「不快。ニゲキ」
もう一度大きく振りかぶるニャンニャ。
「ここじゃマヌケ!!」
黄金の波撃がニャンニャの頭を──
パキャン
──大斧により、波撃は両断された。
「……は」
振り下ろされる大斧。両腕寸前までその攻撃が来ても、黄金の糸は絡まなかった。
「ぬはッ!」
後方へステップし、クローゼットに背から張り付くアルガ・ヴァンド。ニャンニャの攻撃は寸前で回避され、大斧が地にめり込んだ。
「さんきゅ~ニャンニャぁ!」
ニャンニャの股下を潜り抜け、大斧を踏み台に飛ぶメィリア。
身体を捻る。左足を右に払う。
──アルガ・ヴァンドの顔面に直撃。
「ブッへぇ!!」
右に吹き飛ぶアルガ・ヴァンド。
「刻む」
オーフリッジが呟いて、吹き飛んだアルガ・ヴァンドの目前まで飛び込む。
「ッ……殴りはせんっ! 来い、修道女よ!」
オーフリッジは、薄らと見える青白い糸を引く両刃剣を振り凪いだ。
横薙ぎの光。
──血飛沫が上がることはなかった。
身体全体を、黄金に纏ったアルガ・ヴァンドがあった。
「……結晶防護」
回される両刃剣。構えを取り直しながら、後ろへ引き下がるオーフリッジ。
「わっはっは!! 危なかったぞ修道女……。しかし!! 今や結晶防護に覆われたワシの身体は、かの魔刃をも通さん!!」
誇らしげに声を張り上げながら立ち上がるアルガ・ヴァンド。
「さぁ……ワシに奥の手を使わせたな……。とっとと魔王をこちらによこせ!!」
再び、アルガ・ヴァンドの両腕から黄金の糸が飛び出る。
「やり直し。やだ、見飽きた」
顔を顰めて、困り眉のオーフリッジ。
「オジ。結晶防護が切れるまで、耐えるわよ──」
「──わっはっは!! ほざいてろほざいてろ!! 最強に硬くなったワシの前にはウヌらの攻撃なんぞ届かんわ!!」
豪快に笑うアルガ・ヴァンド。
(魔王よ……ワシが今すぐ向かおうぞ!!)
「モウ一回。たたきつぶす」
メィリアの背後。床から引き抜かれる大斧。
アルガ・ヴァンドに向かって大斧を振るうニャンニャに合わせ、再度、深く構えるオーフリッジ。
メィリアは、考えていた。
(さっきの蹴りが通った理由……波撃を打った直後、ニャンニャのゴリ押しでガードが剥がれてたわね? 波撃の直後は隙が生まれる──盾を殴る役と、波撃のすぐあとに攻撃、すなわち波撃に反撃する役で別れれば本体に攻撃は届くッ!)
「オジ! ディレイ!」
「……理解。わからせ」
「コロオス!!」
鈍い風切り音。振りぬかれる大斧。
「またか!! わっはっは!!」
キィン!!
先までは絶望であったその音は、やがて攻略の糸口、希望の音へと成っていた。
──大斧を弾く神盾に、オーフリッジが飛び込む。
「なッ」
黄金の糸がうねり、波撃を構える。
その糸を、オーフリッジが断ち切った。
はらはらと、細く舞い落ちる黄金の糸。アルガ・ヴァンドが突き出していた両腕からは、短くなってただ蠢くだけの黄金の産毛しか残らなかった。
「……ッ!! わしの大盾がッ」
「アルガ・ヴァンド。あんたの大盾、神をも凌ぐとは存外ね」
──アルガ・ヴァンドの耳に、メィリアの声だけが異様に響いた。姿など、視えぬ。
「だけど──」
ニャンニャの懐から飛び出すメィリア。
地につけられていた大斧に手を、ついた。
それを軸に、縦に回転──前方宙返。
「最強の防御は、攻めなのよ」
最後。アルガ・ヴァンドの視界に写ったのは、メィリアの鋭い双眸だった。ラベンダーの瞳が、不気味に光っていた。
「ざっこぉ!!」
──結晶防護の顔面に、メィリアの拳がめり込む。
砕けることはない──だが、それは好機を生んだ。
「オジ!!」
「啓く」
青白い糸が、オーフリッジの肩甲骨から無数に伸びる。
蜘蛛の巣のように遊戯部屋を張り廻ったそれは、うねり、怪しく揺れながらアルガ・ヴァンドを縛った。
両腕に巻きつく糸は壁につながれ、磔になったアルガ・ヴァンド。
「……こ、この!! 放せ!!」
糸が軋んで、宙に吊るされたままのアルガ・ヴァンドが揺れる。
オーフリッジの手元の両刃剣は、青白く光って、やがて灰のように舞い散って消えた。
「つよいお人形さん」
オーフリッジが、祈りを捧げて呟く。
「眷族にしたら、育てがいはあるザコ盾ちゃんね」
「アルジ、蹂躙オワリ?」
「おしまい」
大斧を地から離して担ぎ直したニャンニャ。
「おい!! このワシにこのようなことをしてもよいと思っているのか?! ダインハッド様が黙っておらんぞ!! あの方の力にかかれば魔王なぞ一瞬で──」
青白い糸がアルガ・ヴァンドの両腕を引っ張る。
「や、やめろ!! 縦に裂けてしまうであろう!!」
「アグランス様、ザコごとき、手こずらない」
「何を申しておるか!! かの大英雄様のダインハッド様だぞ!!」
オーフリッジの冷たい呟きに、驚いた表情で口走るアルガ・ヴァンド。
「はぁ??? あんなザコち〇ぽが大英雄?? ありえな。」
メィリアが眉を顰めながら吐き捨てた。
「とにかく……!! ウヌらなど、ダインハッド様にかかれば一瞬で──」
「──何を騒いでいる」
(……な、何だこの状況。黄金女が壁に磔にされてるんだが……。メィリアとオーフリッジが片付けてくれたのか? ……めんどくさかったし、二人がいたから、ちょこっとずつゆっくり歩いて時間稼いでいたが正解だったな。あ、ニャンニャ隅っこにニャンニャいた)
「お邪魔しますぞ」
ポヨンたそが、アグランスの足元をくぐって遊戯部屋へ入った。
「おぉ!! 魔王ではないか!! まっておったぞ……さぁ早く!! 魔刃を出してくれ!! その刃、我を刻むか、しかとこの眼で、盾で!! 確かめたいのだ!!」
アグランスに一直線に視線を向けて、アルガ・ヴァンドは興奮したまま揺れた。
糸が軋み、そのうちの一本が千切れかける。
「……私の糸」
オーフリッジが悲しそうに呟く。
「アグランス様、どうするのこいつ?」
「捨て置け。放置でいい」
アグランスのその言葉に、アルガ・ヴァンドの体内に衝撃が走った。
彼女を纏っていた黄金が、顔からひび割れ、少しずつ綻ぶ。
「……ほ、放置など!! 駄目だ、あってはならん……。かつて神からの攻撃をしのいだワシの大盾をッ、魔王にも通用するのか見てみたいだけなのだ……。頼む!! 本気でなくともよい!! 魔刃をワシに突き立ててくれ!! 受けて見せようぞ!!」
(めんどくさ……。もう喋んなよぉ……)
怪訝な表情で頭を掻くアグランス。
「メィリア。こいつ持ち帰ってくれ」
しびれを切らしたか、アグランスは真面目なトーンで言い放った。
「は、はぁ? 眷族にしろって?! ……アグランス様が命じるならいいけど……」
「オジ、賛成。こいつ降ろす」
糸が切れ、白光して消えた。
「うぶしッ」
元の姿に戻っていたアルガ・ヴァンドが、鈍い音を立てて床に転がった。
「オジまで……。まぁいいわ。楽しくなりそ」
やや溜め息交じりにそう呟いてメィリアは、転がったアルガ・ヴァンドの元へと近寄る。
「アルガ・ヴァンド──アルガ。こっちを向いて」
ゆっくり立ち上がるアルガ・ヴァンド。
メィリアは艶のある声で、ゆっくりと喋っていた。
「な、何をするのじゃ──」
近づくメィリアに困惑するアルガ・ヴァンド。
──メィリアが、横回しにアルガを抱いた。
「貴方に口づけを」
「……」
驚いたのか、見惚れたのか。
腕の中でただメィリアを見つめていたアルガの目は、煌めいていた。
口が、重なる。
やがてアルガの頬に、ゆっくりと紫色の紋様──メィリアと同じものが浮かび上がった。
それは薄く、花のように咲いた魔力からなっていた。
魔力の発生によるわずかな光が漏れている。
「おうちへおかえり。私の子」
メィリアの尻尾が怪しく揺れる。
「……うむ」
小さく鳴いたアルガは、遊戯部屋に開いた大きな穴へと、無邪気に駆けて行った。
「メスガキ、眷族増えた。おめでと」
「蹂躙完了。アルジ、オデねんね」
「……美しかったですな……これが、淫魔……」
ポヨンたそが震えることなく呟いた。
アルガを見届け、ただ立っていたメィリアは振り返った。
「オ~ジ!! 続き、シよ?♡」
オーフリッジにメィリアが飛び込んだ。
オーフリッジは微笑んで、ベッドへとメィリアを運んだ。
「ニャンニャ。壁になって」
「了解アルジ」
壁に開いていた穴の前にニャンニャが立った。
「……足湯にもどろう、ポヨンたそ」
アグランスは、伸びをしながら遊戯部屋から立ち去った。そのあとをポヨンたそがつけた。
──魔王の血族志願者は未だ絶えない。アグランスが頭を抱える事件はまだまだ続く。




