7滴目 神をも凌ぐ、視えぬ大盾 前編
◆ 魔王城 足湯
「……ぁぁああああ」
湧き出る温泉。足湯。最高だァァ……。
いつもは黒だとか、暗い系の配色が多い魔王城。
しかし、今いる足湯は、異邦の文化物だ。部屋全体は庭園のようになっていて、仄かな自然の香りが鼻を燻る。
中央部にある足湯と、それを囲うように、飛び石なるものとか、ちっさい草みたいなのが置かれてて、なんとも居心地が良い。
ナイトスレインに教えてもらったものだが、やはり中々に良いな。
「魔王城にこのような空間があったなど……これは通い詰めてしまいそうですな」
足湯がちょうどいいサイズなのだろう。ポヨンたそは全身をゆったりお湯に浸けて、プカプカ浮いている。
「あぁ〜……」
束ねていた髪を解いて、伸びをする。
腰の後ろ辺りに両手をついて、仰け反るように首を伸ばす。
今まで全身で練り固まっていた疲労感が、頭の頂点からスルスル抜けていく。
メィリアとオーフリッジ……いつまで魔王城にいるのかね。各領地がどうなっているのか見回りに行かないとな……。
特にメィリアの領地は不安だ。今でこそ淫紋が効いているうちは良いが……。切れてしまえば謀反が起きかねん。
それまでに、安定した政治体制を取りたいところだが……。
「……ふむむむむ」
「アグランス殿? どうなさいましたか」
足にポヨンたそが触れた。あったか。
「いや、少し考え事をだな──そうだ、ポヨンたそ。相談しても良いか? 政治の事なんだが──」
──ドォォオオオオオン!!
「ッ……ぁぁぁぁぁあああああ」
「ほほほ、先も聞いた音ですな」
ナイトスレインの野郎か?! いや、違うか……? 規模が小さい……。
乙女十三座? ……いずれにせよ、早く行かねばッ……休ませてくれぇぇぇえ……。
「わかった、わかった。行けばいいんだ。それでいいんだ。」
足湯から出たくない。でも、出るしかない。
大きな溜息を吐いて、目元を何度も擦りながら、ようやく足湯から上がった。
◆ 遊戯部屋
「……効かぬ、効かぬぞ!! 少々衝撃が強く、吹き飛んだが……」
クローゼットに張り付くようになっていたアルガ・ヴァンドが、よろめきながら呟く。
「ワシにかかれば、どうということなどないわッ!!」
誇らしげに、指を立てながら笑うアルガ・ヴァンド。
「あぁ、そう。ざっこぉ」
左手の甲の紋様を舐めかながら、メィリアが吐き捨てる。
「神盾……。神の盾。気安い。オジ、このメスやだ」
祈りを捧げながら、ボソボソ呟くオーフリッジ。
メィリア&オーフリッジ──神盾乙女
互いの距離は八歩分。
部屋の端、ベッドの手前に2人。クローゼット手前にアルガ・ヴァンド。
「ごめんメスガキ。オジ、しばし戦力外。今のままじゃ戦えない」
「はぁ? ざっこぉ〜♡
──しばらくは、私が相手よ。イカレ女」
左手首の力を抜き、手の甲──紋様を見せつけるようにして構えるメィリア。
ハート型の尾が、ゆっくり揺れる。
「来いッ! 貴様の攻撃、次こそは受け止めて魅せよう!!」
両腕を力強く、前面に突き出すアルガ・ヴァンド。
その様子に顔を顰めながらも、腰を深く入れるメィリア。
「……」
一呼吸。風穴から、抜ける風。
「ハッ!」
飛び出すメィリア。
「よしきたぁぁあ!!」
両腕に、薄く線が流れる。
メィリアの視界にそれが映った時、既に遅かった。
──ギィンッ!
金属を殴ったかのような音が響いた。
拳は、アルガ・ヴァンドに届くことはなかった。
「はぁ? 何これ、くっさぁ〜♡」
薄く、淡かった。黄金の糸が、アルガ・ヴァンドの両腕から伸びて、メィリアの拳に、硬質的に纏わりついていた。
「臭くは無いだろ!!」
「めんどくっさぁ〜♡」
メィリアが拳を引く。
もう一発の打撃を──
「ここじゃっ!!」
──黄金の波撃。
それはメィリアの腹部へ命中。
「ッ……反撃? なんなの、それ? ウッケる〜」
動揺しながらも、アルガ・ヴァンドから半歩退くメィリア。
(……ほんとに見えない大盾があるかのようね……。キーは、あの気持ち悪い糸?)
黄金の糸が解れるように、けれども幾筋もがうねっていた。
「もっとだ!! まだ足りんぞ淫魔!!」
メィリアが構えを取り直す。
互いの距離、一と半歩。
「ふぅ~ん? イックよ~ん?」
腰を深く屈んだメィリア。
跳び、身体を捻る。宙で放たれる、回し蹴り二連。
──ギンギィン!
鳴り響く金属音。足先に絡むように、攻撃を弾く糸。
「ほッ!」
着地と同時。その勢いのまま放たれる右拳。
間もなく低く屈み、身体を捻る。
低姿勢からの足払い。床を薙ぐように埃が舞った。
そこから切り返し、床に手をつく。
そうして身体を支え、力強く足裏を叩き込む──アルガ・ヴァンドの突き出された両手に直撃。
「わっはっは!! どうした、そんなものか!」
無慈悲なことに、金属音はメィリアの攻撃に合わさって、鳴り響いていた。
その金属音は、メィリアの攻撃全てを弾き、己が力とするように、貪欲なものだった。
「ここじゃろうて!」
黄金の波撃──黄金の糸が靡いて、うねることによってできた魔力は、弾丸のように形成された。
ギンギィン! ギン、ギン! ギンッ!
先の連撃のリズムに合わせて放たれる金属音、波撃。
メィリアを追尾する。
「ふ~ん? えっちじゃ~ん」
向かい来る波撃に、先と同じリズムで波撃を流すメィリア。
顔、腹部、腰、手。
滑らかに、手先で波撃を滑らせる。
「……なッ、ワシの波撃がッ」
眼を見開くアルガ・ヴァンド。
黄金の糸はさらに本数を増し、うねり続ける。
「速度、威力はまぁまぁだけど、魔力の練度はまだまだって感じぃ? ざっこぉ~♡」
口元に手を当て笑うメィリア。手元に滾った魔力。紫色の、怪しげな魔力だった。
(とはいえ、カウンターは厄介……。それと、あの黄金の糸。なんなのあれ? さっきよりも本数が増えてる──攻撃で増えたの? だとすると、攻撃すればするほど、何か、もっと厄介な──)
「──ワシの番じゃ、淫魔よ!!」
両腕を高く掲げるアルガ・ヴァンド。
──糸が一層激しくうねる。
「どりゃああぁああッ」
黄金は色味を増していき、やがて強く、魔力が練り上げられる。先の小さな波撃とは違い、それらが無造作に組み合わされた巨大な塊であった。
「ッ! オジ!! 離れて!!」
オーフリッジに振り向き、叫ぶメィリア。
「戦力的撤退? ありえない」
オーフリッジは、ベッドに腰かけたまま祈りを捧げ続ける。
「出力は低いが、我慢じゃ!! 蓄積/黄金衝撃波!!」
激しくうねっていた糸は、その揺らぎを止めた。
アルガ・ヴァンドの頭上に巨大な黄金の魔力が浮かぶ。
「くらえぃっ!!」
両腕を勢いよく振り下ろすアルガ・ヴァンド。
魔力が放たれる。
メィリアの目前まで迫る波撃──
「──蹂躙ッ!!」
メィリアの目前。低い唸り声、共に振り下ろされたのは大斧。
それは、魔力を分かつ強大な一撃だった。
床は抉れ、亀裂が走っている。
「……ニャンニャ、遅い」
少し呆れた声で、オーフリッジが呟く。
「アルジ、ゴメン。ネムネムダッタ」
床を破壊した大斧を担ぎ直しながら、申し訳なさそうに謝罪するニャンニャ。
「おぉお! やりようやりよう!! そこの傀儡よ!!」
恍惚とした表情で、ニャンニャに目を向けるアルガ・ヴァンド。
「早く! ワシを叩き潰してくれぬか!!」
「アルジ、蹂躙可?」
「蹂躙可。メスガキ、一緒する」
ベッドで祈っていたオーブリッジは立ち上がる。ようやく祈りを止め、両腕を上に高く掲げた。
淡い、青白い、半透明な骨が組み合わされた──紋様と同じ役割の──ものが、オーフリッジの頭上に浮かぶ。
骨の山、頭蓋の口から骸の刃が飛び出る──上と下、二つに分かたれて、それらを、歪な、棘の生えた持ち手で支えた両刃剣だった。
「……切り、啓く。その糸、私が巻く」
細い右手で掴まれた両刃剣は、身体の周囲で廻され、空気を切り裂く。
──青白い魔力が、オーフリッジから微かに漏れ出ていた。




