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5滴目 血族会議

「出欠を執る」


 円卓を一瞥した後、俺は重々しく言い放った。

 ──理由はどうあれ、久しく集まった血族たち。顔ぶれは変わらずで、どこか安心した。

 ナイトスレインが壁を壊すのも、これで8回目だ。


「統治下、『禁忌の土地(ガリオローデオ)』。

 第一席──『血喰ちくらい』ルミィナ・ブラッディルス・マリィソーン」


 正面、ルミィナ。


「はい。この我が身尽きても、アグランス様と共に」


 真っすぐな瞳は淡く、また飢鬼オーガ故の紅い一本角が、まるで彼女の忠誠を表していた。


「統治下、『愛都 ミリオローネ』

 第二席──『愛呪マジカ・ラヴ』メィリア・ブラッディルス・メメリィ」


 正面左、メィリア。


「はぁい♡ アグランス様の淫乱雌子メスガキ奴隷で~すっ!」


 小柄な淫魔サキュバス。ハート形の尻尾と、歪な形の羽。

 服から露出した艶のある肌は、けれども透いていて、どこか儚かった。


「統治下、『骸糸がいし教区地』

 第三席──『ムクロの糸まき』オーフリッジ・ブラッディルス・メイクノウン」


 正面右、オーフリッジ。


「ニャンニャもいっしょ」


 胸元で祈りを捧げるその手は、まるで死骸のように青白かった。

 修道服はやや質素で、修道女シスターと呼ぶにはみすぼらしかったが、死骸に等しいものである彼女には似つかわしかった。


 彼女の背後で、金属を引きずるような音が響いた。


「アルジ、いっしょ」


 ニャンニャが、床に落ちた大斧を担ぎ直す。

 翼魔ガーゴイルの形をした傀儡マリオネット、ニャンニャ。黒ずんだ身体には、やや青白い、血のようなものが通っていて不気味である。


「統治下、『機鋼きこう都市 マシンガ・ドレイク』

 第四席──『老王オルドロード』・ブラッディルス」


 右隣、オルドロード。


「おう。俺っち」


 太い腕を軽く挙げて、しゃがれた声を響かせた。 それを見かねた竜から、煤けた鼻の笑いが抜けた。

 豪快を体現したような身体つき。まさしく王と呼ぶに相応しい人間だ。


 彼のすぐ横にある大剣グレートソードはやや錆ついていて、刀身には鋭さなどなく、力任せに叩き潰すためなのだろう。


「統治下、『竜の宮』

 第五席──『覇竜ドラゴロード』・『騎士殺し(ナイトスレイン)』・『老竜オルドーラ』・ブラッディルス」


 オルドロードの隣。その巨体から、顔だけ覗かせているナイトスレイン。


「小生、此処に在り。入口はなし」


 紅い鱗、黒い瞳。小さく空いた鼻の孔はどこか愛らしく、しかし煤を噴き出し続け、その灼熱により、頭の一帯は蜃気楼となっていた。


 何片かの鱗は毛ばだつように飛び出しており、黒く焦げのようなものがその先端部分にあった。

 正しく闘い続け、その身を焦がす史上最強の竜である。


「おぉ、次は私ですな」


 ポヨンたそが、視界の左端でぷるんと震えた。


「統治下……なし。

 第六席──ポヨンたそ・ブラッディルス」


「はい、わたくし。」


 ぷるんと震える──恐らく胸を張っているのだろう──ポヨンたそ。


「「「「……」」」」


 沈黙。


 ルミィナ以外、全員目を丸くしていた。

 誰かが大きく息を吸い込んだ──


「──なんで雑魚……スライムがこんなところにいるの?!」


 メィリアが、皮切りだった。


「おうおう、いいじゃねぇか!! こいつぁ最高だぜ?」


 オルドロード、机を叩くな。


「……小生も気に入ったぞ。アグランスよ」


 煤煙を吐き出して嗤うナイトスレイン。

 熱い。


「でも、アグランス様。世界樹様が、なかま、募集してた。満席?」


 ……オーフリッジ、待ってくれ。その質問はまだ早い──まぁ、俺が悪いんだけど……。


「待てよザコ共ぉおおおお!!」


 メィリアが勢いよく席を立つ。

 ナイトスレインの頭が、ビクッと動いた気がした。あとニャンニャも。


「私は認めないからね?! なんでこんなのが円卓にいるのよ!! おかしいでしょう?!」


 甲高い声を上げて、喚くメスガキ。


「ニャンニャ、うるさいの消して」


「そこの傀儡マリオネットの手助け、私も致しましょう」


 ルミィナが指を絡めるように、滑らかに動かした。朱い血のようなものが指に混ざっていた。


 またか……。会議中だっていう──


「──グォオオオオオオオオ!!」


 灼熱。爆音。

 空気が震える。円卓の間が軋んで、ボロボロと小石と灰が舞う。


 ナイトスレインが鳴いた。


「かっ! 喚くな雌童メスわっぱ共!! アグランスの話すら聞けないとな!」


 変わらず、煤とともに吐き出された言葉は、やがて雌童メスわっぱを黙らせるに至ったらしい。


 ──かくいう俺は、なんて言おうか必死に考えてるのだが……。

 良い感じに時間稼げそうだったのに! なにしてんだナイトスレイン!


「……アグランス様、ごめんなさい」


「申し訳ございません」


「蹂躙蹂躙」


 メスガキから順に謝った。ニャンニャは謝罪など知らないだろうが。


 やや喉に詰まりを感じながら、重苦しい咳払いをひとつした。


「──先のオーフリッジの質問に答えよう。俺は確かに、今日……つい数時間前に、世界樹から全世界グランド・ウィリアントに宣言した」


「しばらく葉っぱが降りしきるもんだからよぉ、何事かと思えりゃぁ、アグランス坊の声が聞こえるもんだ。俺っち飛び跳ねちまったよなぁ」


「でも、このスライムがいるってことは……もう満席よね?」


「小生らがいないうちに、中々に粋な試みをするではないか、アグランスよ」


 ナイトスレインの眼が細まる。

 ──心の奥を見透かされているような気分だった。


 正直、手が震えてしまう。ルミィナとポヨンたそ、二人には俺の失態は知られててもいいんだけど……こいつらに知られてしまうと……。


 面が。威厳が。いや、ルミィナに知られてる時点でだいぶ終わってるんだけどさ。昔からの仲だし。まだセーフかなぁ……。


 こ、これでルミィナに言いふらされたりしたらたまったもんじゃないぞ……!!

 待ってくれ、許してくれ。


 冷や汗が額から噴き出ているが、関係ない。今は話を進める時だ。


 ──先、良い言い訳……いや、覚悟が浮かんだのだ。


「もちろん、血族が満席であることは重々承知の上であったぞ」


 最後の方、声が裏返りかけた。あっぶね。


 しかし、次を言ってしまえば後戻りはできん……。いや、言うんだ。それしかない。


「──乙女十三座サーティン・ヴィッチを殲滅……オーフリッジの傀儡ペットの言葉を借りれば、『蹂躙』だ」


「「ッ!?」」


 眼を見開くルミィナとメィリア。


「蹂躙蹂躙?」


 ニャンニャが嬉しそうに大斧を壁に何度も打ち付ける。


「アグランス様、なんで?」


 オーフリッジは眉を顰めたが、どこか期待に満ちていた。


「ガッハッハ! 血生臭ぇえなぁ! 最高だ! 全員蹂躙、解体だ。丁度暇してたとこなんだよ……坊……ッ!」


 大笑いするオルドロードの瞳には、確かに、かつてと同じ熱があった。


第八番エイティ……。小生が十三の八を預かっているぞアグランス」


 ナイトスレインの言葉、煤は散らなかった。


「ア、アグランス様? サアミクスはどうするのですか? 蹂躙、などと言いましたら、返り血を浴びるほどに滅多刺しにして刺し殺すとか……」


 ルミィナは戸惑いつつも、やはり血気は滾っていた。


「まぁ皆落ち着け。蹂躙とは言ったが、殺すわけではない。乙女十三座サーティン・ヴィッチをこちらに取り込み、実質的に組織の解体となっても良いのだ」


第十番テンスである剣聖は、私直属の眷族としましたし……」


「ぇえ?! なんであんたが!? 眷族はつけないって!」


 メィリアがルミィナにかみつく。


「先程、彼女から襲撃を受けたばかりなのです。しかしながら、アグランス様の絶大な力の前に蹂躙され、我が王の力の片鱗を覗き見ました。ですから、仕方なく認めてやったのです」


「……早い。アグランス様、サアミクスと戦った? なら、他のが来るの、時間の問題」


 オーフリッジの言う通りだ。

 乙女十三座サーティン・ヴィッチが魔王軍に取り込まれたともなれば、居ても立っても居られない状況だろう。


「世界征服を果たしてからこれまでの期間、血を浴びることなどなく、実に退屈していただろう? ならば、発散だ。

 俺の血を求め、迫りくる厄介者どもを全員蹂躙してやるのだ。『試験』と称してな」


 俺の言葉に全員、笑みを浮かべて頷いた。


「俺っちメンテがあるからよぉ、やりありゃんだら後にしてくれ」


「私は、剣聖サアミクス、共に禁忌の地(ガリオローデオ)の面倒を見なくてはいけませんので」


「ここは窮屈だ。小生は戻るとしよう」


 次々席を立ち始める──ナイトスレインは風穴から首を引っ込めた。


「オジ、つよいかわいい人形さん欲しい。残る」


 オーフリッジは僅かに口角を上げた。


「オジさん残る?! じゃぁ、私も残るッ!!」


 キラキラと目を輝かせながら、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶメィリア。

 それを冷ややかな横目に流して、円卓の間を出るルミィナ。


「またな、アグランスの坊!」


 後ろに回っていたオルドロードに、肩をボンと叩かれた。返事をする間もなく、ナイトスレインの開けた風穴へと走り、飛び降りてしまった。


「毎回締めの挨拶できねぇんだよな……」


「まぁ、皆があれだけ自由ですからな」


 俺のつぶやきに、ポヨンたそは苦笑するようにプルプル震えた。


「……ひとまずは、次に来る者を待とう……」


 大きな溜め息は、メィリアの甲高い声にかき消された。

 円卓の間に空いた風穴から、風が一つ抜けて、灯りの火が揺れていた。


◆ 『???』乙女十三座サーティン・ヴィッチ卓。


 暗闇に包まれた空間には、微かに紫色の怪しげな光が灯っていた。

 その中心部には、幾つもの死骸を無理やり固めたかのような長机があり、両端に6席ずつ。王席が一つあった。


 そのうちの三席に、座っていた。


「あら、サアミクスが魔王城へ? 大変ですことね」


 頬に手を当てて、眉を顰める糸目乙女。


「ほう、造作もなき。かくいう奴は、アグランスに魅入っていたものなり」


 切り揃えられた、長い黒髪に刀乙女。


「ワシも征くぞ! アグランスの攻撃は、必ずワシが受けてやろうぞ!」


 癖毛の赤髪に、ツリ目のパンク乙女。


「存分に楽しみ給え。未だわらわ、魔刃とまぐわうには、ちと、斬味ざんみが足りぬ」


「……サアミクスのために、また殺さないとね……。

 あ、行ってらっしゃい。


神盾しんじゅん アルガ・ヴァンド』」


 暗闇に消えた乙女『アルガ・ヴァンド』の背は、どこか異様だった。

 神をも凌ぐ、視えぬ大盾を背負った業の、表れであろう。


 今、魔王城へ、参らんとしていた。

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