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はじまりの記憶

私に家族が増えたのは、六歳の時だった。


その日、私はお母さんの後ろにくっついて隠れていた。


知らない家。

知らない人たち。


「りあちゃん、よかったらこいつらとも仲良くしてやってな」


大きな熊さんみたいなおじさん――

大介さんが、にかっと笑った。


何回か会ったことはある。


最初は大きくてちょっと怖かったけど、目がやさしくて、温かい。


私はお母さんの陰から、そっと前を覗き込む。


「ほら、敦。迎えに行ってやれ」


そう言われて、少し癖っ毛の背の高い男の子が私の方に来る。


「俊も」


その後ろから、すっとした黒髪の男の子も歩いてきた。


私は警戒して、お母さんの服の裾をぎゅっとつかむ。

お母さんはあやすように、私の頭をぽんぽんする。


「ほら、おいで」


私を覗き込んだ敦が、少し困った顔で言いかける。


「えーと……」


「りあ、だろ?」


横から俊が口を挟んだ。


「……うん」


こくりと頷くと、敦がふっと笑った。


「ほら」


差し出された手を、私はそっと取る。


前に出ると、大介さんの足元でしゃがんでいる、ふわふわした髪の、小さな男の子が目に入る。


「颯太、りあちゃんだよ」


「りあ……たん?」


思わず近寄る。


自分より小さくて、なんだか可愛い。

それに、名前を呼ばれて嬉しい。


しゃがんで目線を合わせると、大きな瞳が私を見ている。


「そうた、くん?」


「うん。……りあたん」


私は素直に、颯太を可愛いと思った。


大介さんはそんな私たちを、にこにこ見ている。


その時。


少し離れた場所で、私を睨んでいる子がいた。


その目だけが、妙に印象に残った。


――きれい。

女の子みたい。


でも、お母さんからは男の子が四人いるって聞いていた。

その中に、私と同い年の子がいるって。


……この子かな?


私はそっと近づいた。


「……よろしく」


握手するみたいに手を出した。


その瞬間。



「っさわんな!」



男の子が私の手をバシッと払った。


「おい、隼人!」


大介さんの声が飛ぶ。


払われた手がじんと痛くて……

次の瞬間、涙がぶわっとあふれた。


「うえーーん!」


「はいはい、りあ。大丈夫。泣かないの」


お母さんが、あやすように私を抱き寄せる。


「ふええ」


颯太までつられて泣き出した。


「隼人!お前何してんだよ!」


敦が一歩前に出る。


「ほら颯太、泣き止めって」


慰めるような俊の声がする。


その騒ぎの中で、隼人だけがどこか困ったような顔をしていた。


「っ……なんだよ」



――その時のことは、今でも覚えている。



それが、隼人との最初の出会いだった。



……。



頬に、何かが触れている。



……あれ、私、泣いてる?



そんなはずない。


だって私は――



「ん……」



ゆっくり目を開ける。



見慣れた天井。


……あ、私の部屋だ。 



「お、姉ちゃん起きたか」



声に視線を向けると、目の前に颯太の顔。


制服姿の颯太が、ベッド脇の椅子に座り、ポテチを食べながら私を覗き込んでいた。



「っ颯太!? なにこれ!?」



頬に手を当てる。


……ポテチの食べかす。



ズキッ。


「っ頭痛い……」


「無理すんなって。姉ちゃん昨日酔って暴れて大変だったんだからな」


「え!?」


昨日のことを思い出そうとする。


敦兄とご飯を食べたところまでは覚えている。

その先が、どうしても思い出せない。


――あれ。


隼人の顔が、ふっと浮かんだ。


……なんでだろう。


「姉ちゃんさ、間違えて昌枝ちゃんの酒、飲んだんだろ」


「っ昌枝さん、でしょ……」


颯太を注意しながら頭を押さえる。


颯太は気にせずポテチをばりばり食べている。

片手では私の少女漫画をめくっていた。


「つまんねえな、この主人公。こんな男のどこがいいんだよ」


「っベタベタした手で触らないでよ!」


「はいはい」


颯太は漫画をぽいっとベッドに放ると、ちらっと壁の時計を見た。


「あ、俺そろそろ行かなきゃ」


その後ゆっくりと私を見る。


「……あ、姉ちゃんさ。隼人兄に気をつけろよ。ゲロまみれにされて、あれ絶対キレてるから」


「え!?」


……どういうこと。


焦る私の頭に、昨日の記憶がぼんやり浮かぶ。


「あ……」


「ほら、これ」


颯太がポテチを二枚つまんで、くちばしを作るみたいに私の口に突っ込んだ。


「ほふた!?」


「ははっ、可愛くなったじゃん」


そう言ってから颯太は立ち上がる。


「じゃ、行ってきまーす」


逃げるように部屋を出ていった。


仕方なくポテチを噛む。


ごくり、と飲み込む。


……まったくあの子は。

ていうか、朝からポテチ!?


……いや、それよりも――


隼人。


「っ」


私は慌ててベッドから起き上がった。



部屋を出ると、ちょうど隣の部屋のドアが開いた。


出てきたのは学ラン姿の隼人だった。

兄たちとは違う制服。

着崩しているのに、どこか隙がない。


心の準備ができていなくて、足が止まってしまう。


「っ……」


隼人は何も言わず、じっと私を見る。


そしてそのまま踵を返し、階段の方へ向かった。


無言のままだけど、再会した時のあの冷たい目とは、違う気がした。



「待って! 隼人!」



隼人の足が、ぴたりと止まる。



「……なに」



振り向いた隼人に、私は慌てて駆け寄った。

 


ズキッ。 


まだ頭が痛む。


「っごめん……。昨日、迷惑かけちゃったみたいで」


隼人は黙ったまま、私を見る。


……次の言葉を待っているみたいだ。


「えーと……実は、あんまり覚えてないんだけど……」


言いながら顔を上げる。


「隼人に……」


隼人の目が、わずかに揺れた。



「吐いちゃったみたいで……!本当にごめんなさいっ」 



ぺこり、と頭を下げる。


少しの沈黙。



「……そこかよ、謝るとこ」



「え?」


隼人は小さく息を吐いた。


少しだけ呆れたみたいに、でもどこか安堵したように。


「……いい」


そう言って、また階段の方へ向く。


「あ、隼人!」


隼人は足を止めたまま、振り返らない。


「……昨日のこと」


「え?」


「覚えてないなら、別にいい」



そして、二段ほど下りたところで小さく呟く。



「……無茶すんな」



そのまま隼人は、階段を下りていった。



……なんでだろう。


少しだけ、嬉しかった。

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