ひとりじゃない夜
ランプの破片を一つずつ拾い、ビニール袋の口を結ぶ。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
そのままスーツケースの中身を軽く整える。
内ポケットに手を入れたとき、指先に小さな感触が触れた。
取り出すと、小さな赤い石が付いたおもちゃの指輪。
「……よかった」
壊れていない。
それだけで、少しだけ安心する。
そっと引き出しにしまい、ビニール袋を持って部屋を出た。
部屋を出ると、廊下に正座した大男が二人。
「りあ!すまん!」
敦兄がいきなり手を合わせる。
「……悪かった」
俊兄も静かに頭を下げた。
並んで正座している姿が、なんだかおかしくて。
思わず小さく笑ってしまう。
「もういいよ」
敦兄の視線が、私の持っているビニール袋に移る。
「怪我してないか?……こいつがあんなもん投げるから」
「あ?」
俊兄が眉をひそめる。
「大体お前が――」
言い返しかけた俊兄を、私はじっと見る。
「……」
俊兄が言葉を飲み込む。
隣で敦兄も気まずそうに口をつぐんだ。
二人とも姿勢を正し、黙り込む。
「とりあえず、これ片付けてくるね」
ビニール袋を持って階段へ向かう。
背後には、まだ正座している二人。
その様子が、少しだけ微笑ましかった。
リビングへ向かい、持っていた破片をゴミ箱の横に置く。
ガシャン、と音が響いた。
「……ん?」
その音に反応して、ソファでゲームをしていた颯太が顔を上げた。
「あ、姉ちゃん」
手には銃型のコントローラー。
大きなテレビ画面のゾンビを撃っているところらしい。
そののんきな様子に、少しだけ苛立ちを覚える。
「ねぇ、さっき上から派手な音聞こえなかった?」
「ああ」
一度だけ答えると、すぐ画面に視線を戻す。
「聞こえたけど、聞こえなかったことにした。
……面倒くさそうだったから」
「普通に本音出てるよ!まったく……」
呆れてため息をつく。
「まあまあ、落ち着けって姉ちゃん」
颯太は画面から目を離さないまま言う。
その横顔を見て、ふと思い出した。
「あ、そうだ」
「ねぇさっき、私の背中に変な紙貼ったでしょ!なんであんなことするの!」
「……若気の至りってやつだろ」
「それで済んだら、なんでも許されちゃうじゃん」
その時、画面の中でプレイヤーがゾンビに囲まれ――
GAME OVER。
「……あーあ」
颯太がぼそっと言う。
「姉ちゃんがうるさいから」
「何よそれ!」
颯太は何も言わず立ち上がると、コントローラーをこちらに向けた。
そして、撃つ。
カチ、カチ。
「ちょっと、やめてよ!」
カチ、カチ。
「実害ないけど、なんかイヤ!」
「……」
カチ、カチ。
「やめてってば!……前はもっと素直で可愛かったのに」
颯太の動きが、ぴたりと止まった。
「……俺さ」
顔を伏せたまま言う。
「姉ちゃんに可愛いって言われて、嬉しかったことなんかないよ……」
――あ。
言いすぎたかも。
「っ颯太……」
次の瞬間。
「ふん……りあのバカヤロウ!」
颯太は舌を出すと、コントローラーをソファに放り投げた。
そのままリビングを飛び出していく。
「あ、ちょっと!」
足音が遠ざかる。
「……まったく。反抗期なんだから」
腹は立つ。
でも――
颯太がああいう態度を取るのは、たぶん私にだけだ。
……まあ、しょうがないか。
少し経つと、廊下からゆっくりと足音が近づいてきた。
俊兄がリビングの前に姿を見せる。
もう私服に着替えていた。
「……あれ、俊兄。どこか行くの?」
「ああ。顧問の娘さんの家庭教師頼まれててな」
「ふーん、そうなんだ」
「そうだ」
俊兄がふと思い出したように言う。
「お前、腹減ってないか?」
言われて気づく。もう夕方だ。
「うん、減ったかも」
「昌枝さんが作り置きしてくれてる。冷蔵庫の二段目」
「うん、ありがと」
――昌枝さん。
昔から桐生家に来てくれている家政婦さんだ。
週に三日くらい、不定期で顔を出してくれる。
おおらかで優しくて、一緒にいるとほっとする人。
この人がいなかったら、この家はきっと回っていない。
「俊兄はご飯どうするの?」
「ああ、俺は向こうで食べる」
「……そっか」
小さく頷く。
「あっちゃんはどうするのかな」
「あいつなら、さっき洗面所こもってたぞ」
「あー、じゃあお出かけだね」
兄二人とも出かけちゃうんだ、と思う。
……なんだか、少しだけ寂しい。
「……りあ?」
俊兄が、不思議そうに私を見る。
「!」
慌てて笑う。
「ううん、なんでもない!いってらっしゃい」
俊兄は安心したように頷き、玄関へ向かった。
――その直後。
「行ってきまーす!」
颯太の声が廊下に響く。
「え、どこ行くの?」
「友達んとこ!帰り遅くなるから!」
再び玄関のドアの音が聞こえた。
私はキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けた。
綺麗にラップされたおかずが並んでいる。
その上に、小さなメモ。
『りあちゃん おかえり』
思わず、ふっと笑みがこぼれる。
……昌枝さんらしいな。
お皿に移して温め、席に着く。
「いただきます」
静かなダイニング。
――昔はここに、みんながいた。
わいわい騒ぎながら食べていた光景を思い出すと、少しだけ切ない気持ちになる。
廊下の方から、足音。
「……りあ?」
顔を上げると、敦兄が立っていた。
「あれ、あいつら……」
「出かけたよ」
「あ、そうなのか」
敦兄は少し首をかしげ、それから私を見る。
「……なんかごめんな」
「え?」
「俺、お前が帰る日間違えてたしな」
「ううん!大丈夫だよ!」
できるだけ明るく言う。
「……あっちゃん、行ってらっしゃい」
敦兄は少し黙ったまま、じっと私を見る。
「なーに言ってんだよ」
呆れたように笑う。
「どこにも行かねーよ、俺は」
「え?」
「なんだよ、追い出すのかよ〜」
わざとらしく肩をすくめる。
「ちょっと待っててな」
スマホを手に、ダイニングを出ていく。
廊下の向こうで、小さく声がする。
――五分ほどして。
「悪い悪い」
敦兄が戻ってきた。
「今日くらい、付き合えよ」
そう言って、にっと笑った。




