壊れたもの、残ったもの
俊兄が近づいてきて、ぽん、と私の頭に手を置いた。
「おかえり」
「うん……ただいま」
さらりと揺れる、まっすぐな黒髪。
センターで分けた前髪の奥から、切れ長の静かな目がのぞく。
きっちり着た制服も、昔と変わらない。
同じ双子なのに――
手の置き方まで、敦兄とはまるで違う。
その様子を、敦兄と颯太がじっと見ている。
「……」
「……」
ぽん。
敦兄が颯太の頭に手を置いた。
「おかえり」
「うん……ただいま」
「茶化すな!!」
俊兄が即座にツッコむ。
……相変わらずだな、この構図。
「じゃ、俺そろそろ着替えてこよっと」
颯太が俊兄からバッグをひったくる。
「おい!」
その動きが昔と変わらなくて、少しだけ安心する。
「ったくあいつは……」
俊兄が小さくため息をついた。
「若いねぇ、颯太は」
敦兄ののんきな声に笑いそうになっていると、
「……りあ」
俊兄に呼ばれて振り向く。
ぺりっ、と背中から何かが剥がされた。
「……何これ!?」
俊兄の手にあったのは、紙切れ。
『バカヤロウ』
とだけ書かれている。
「……あいつは本当に何やってんだ」
俊兄は呆れた顔でそれを丸め、ゴミ箱へ放る。
「若いねぇ、颯太は」
「あっちゃん、そればっかり!」
……さっきの背中ぽんぽん、これか!
「もう!颯太!ちょっと待って!」
飛び出そうとした瞬間――
「りあ」
敦兄にぐい、と腕を掴まれる。
「まあまあ。落ち着けって。とりあえず荷ほどきしよ。な?」
敦兄がスーツケースに目をやる。
「……分かった」
しぶしぶ頷いて、スーツケースの方へ向かう。
「手伝うよ」
俊兄が剣道部のバッグを壁に立てかけ、部屋を見回した。
その視線が、ふと壁の方へ流れる。
「そういえば――」
「ん?」
「さっき下で隼人とすれ違った」
「!」
思わず顔を上げる。
「帰ってたのか? あいつ、ほとんど家いねーのに」
敦兄が眉をひそめる。
私はファスナーに手をかけたまま、動きを止めた。
……また、すぐ出て行ったんだ。
「……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない!」
慌てて首を振る。
「それより俊兄、ありがとね。あの……個性的なうさぎ」
「ああ。よく分かったな」
ベッドの上のぬいぐるみに視線を向けながら言うと、俊兄は少し嬉しそうに目を細めた。
「ぷっ」
敦兄が吹き出す。
「あんなの、お前しかいねーって」
「あ?」
俊兄が睨む。
敦兄は壁にもたれたまま、まだ笑っている。
「妹に気ぃ使わせてさ」
そして、思い出したように言った。
「つーか隼人、すれ違ったなら捕まえとけよ。りあ帰ってきてんだから」
「知るかよ。……お前が帰国の日間違えるからだろ」
「は?」
空気が、ぴりっと張り詰める。
俊兄がゆっくり立ち上がる。
敦兄も腕を組んだまま睨み返す。
「なんだよ」
「お前がなんだよ」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
思わず声を上げる。
――この空気、昔と同じなのに。
今は迫力が違う。
身長180を超える男が二人。
……普通に怖い。
「けっ、ばーか」
敦兄が鼻で笑った瞬間、俊兄の足がすねに入る。
「いって!」
「うるせぇ、このクソ長男」
そしてそのまま取っ組み合いになる。
「やめてってば!」
止めに入るけど、びくともしない。
無理っ!
普通に重い……!
「まあまあ。落ち着けって。とりあえず荷ほどきしよ。な?」
敦兄がスーツケースに目をやる。
「……分かった」
しぶしぶ頷いて、スーツケースの方へ向かう。
「手伝うよ」
俊兄が剣道部のバッグを壁に立てかけ、部屋を見回した。
その視線が、ふと壁の方へ流れる。
「そういえば――」
「ん?」
「さっき下で隼人とすれ違った」
「!」
思わず顔を上げる。
「帰ってたのか? あいつ、ほとんど家いねーのに」
敦兄が眉をひそめる。
私はファスナーに手をかけたまま、動きを止めた。
……また、すぐ出て行ったんだ。
「……」
「どうした?」
「ううん、なんでもない!」
慌てて首を振る。
「それより俊兄、ありがとね。あの……個性的なうさぎ」
「ああ。よく分かったな」
ベッドの上のぬいぐるみに視線を向けながら言うと、俊兄は少し嬉しそうに目を細めた。
「ぷっ」
敦兄が吹き出す。
「あんなの、お前しかいねーって」
「あ?」
俊兄が睨む。
敦兄は壁にもたれたまま、まだ笑っている。
「妹に気ぃ使わせてさ」
そして、思い出したように言った。
「つーか隼人、すれ違ったなら捕まえとけよ。りあ帰ってきてんだから」
「知るかよ。……お前が帰国の日間違えるからだろ」
「は?」
空気が、ぴりっと張り詰める。
俊兄がゆっくり立ち上がる。
敦兄も腕を組んだまま睨み返す。
「なんだよ」
「お前がなんだよ」
「ちょ、ちょっと二人とも!」
思わず声を上げる。
――この空気、昔と同じなのに。
今は迫力が違う。
身長180を超える男が二人。
……普通に怖い。
「けっ、ばーか」
敦兄が鼻で笑った瞬間、俊兄の足がすねに入る。
「いって!」
「うるせぇ、このクソ長男」
そしてそのまま取っ組み合いになる。
「やめてってば!」
止めに入るけど、びくともしない。
無理っ!
普通に重い……!
取っ組み合ったまま、二人が私のベッドにどさっと倒れ込んだ。
「うそでしょ!?」
「やーいばーかばーか」
「うるせぇ!」
敦兄に煽られた俊兄が、とっさにベッドのウサギのぬいぐるみを掴む。
――が。
手から抜けた。
宙を舞ったうさぎは、私の横をかすめて――
机の上のランプへ。
パリーン!!
派手な音が、部屋に響いた。
「きゃああ!!」
思わず叫ぶと、二人の動きが止まる。
「……」
「……」
二人とも、割れたランプを見つめている。
私は、床に散らばった破片を見下ろした。
花の形だったそれは、もう見る影もなかった。
「……このランプ」
ぽつりと呟く。
「気に入ってたのに……」
「りあ、ごめん!」
「悪い!」
同時に謝る声。
でも、もう遅い。
私は、びしっとドアを指差す。
「もういいっ!」
二人がびくっとする。
「二人とも嫌い!出て行ってよ!」
「……!」
男二人、固まる。
「嫌い」という言葉が、直撃した顔だ。
そのまま私は二人をぐいぐい押し出した。
「ほら! 出てって!」
ばたんとドアを閉める。
廊下に締め出された男二人は、しばらく無言だった。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。
しゃがみこんで、床に散らばったランプの破片を拾い集める。
きらきらした欠片が、指先で小さく音を立てる。
「っ……」
指先に、鋭い痛みが走る。
ガラスで、指を切った。
じわ、と赤い血がにじむ。
――頭の奥で、中学の時の記憶がよみがえる。
机の中に入っていたカミソリ。
ひそひそと笑う声。
『――だってあの子、隼人くんと全然似てないじゃん』
女子の噂話の声。
……嫌なこと思い出しちゃったな。
私は何も言わず、指先を見つめる。
にじんだ血を、そっと舐めた。
部屋は、静かだった。




