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帰ってきた場所

敦兄に頭をぐしゃぐしゃに撫でられて――


「あっちゃん! 髪の毛ボサボサになっちゃう!」


「ああ、悪い悪い」


敦兄はぱっと手を離し、少し目を細める。


「……ちょっと会わないうちに、大人っぽくなったか?」


慌てて髪を整える私を、面白そうに眺めながら言う。


「そうかな?」


なんだか恥ずかしくて、視線を逸らす。


「去年の夏、会ったばっかりじゃん。シンガポールまで来てくれたのに」


「ああ、そうか」


頷いて、それから笑う。


「でも俺にとっては長かったの!」


言い終わる前に、またぐいっと肩を引き寄せられた。


「きゃっ」


思わず声が出る。


敦兄の腕の中は、昔よりずっと大きく感じた。


「……っと、悪い」


敦兄ははっとしたように、すぐ離れる。


そして、視線が足元のスーツケースに落ちた。


「これ、運んでやるよ」


ひょい、と軽く持ち上げる。


「お前の部屋、そのままだから」


「……うん!」


胸の奥が、ふっと温かくなる。


ちゃんと、まだ――私の部屋があるんだ。


敦兄はスーツケースを軽々と持ち上げ、そのまま階段を上り始めた。


私はその背中を追いかける。


階段を上る後ろ姿。

背中も肩も、前よりずっと大きくなっていた。


「ねぇ、あっちゃん」


「ん?」


「お母さんから連絡なかった? 私が戻るって……」


「あー、あったあった」


振り返りもせず、あっけらかんと答える。


「薫さんが到着の日、言ってた気がするけどさ、完全に飛んでたわ。ごめん」


「ふふ、あっちゃんらしい」


「あと親父が、知覚過敏がどうとか言ってた」


「何それ!?」


声が裏返る。


父が昔から、何かと気にかけてくれているのを思い出す。


少しだけ、くすぐったい気持ちになる。


二階を通り過ぎ、さらに上へ。


三階の廊下に出ると、すぐ隼人の部屋の前だった。


思わず、足が少しだけ遅くなる。


ドアの向こうは静かで、何も聞こえない。


「……」


「どうした?」


敦兄が不思議そうに覗き込む。


「ううん! なんでもない!」


慌てて笑う。


敦兄は少し首をかしげたけれど、それ以上は何も言わなかった。


やがて、私の部屋の前で足が止まる。


「ほら」


スーツケースを部屋の端に置く。


「ありがとう」


部屋を見渡す。


机も、本棚も、カーテンも――


前と何も変わっていない。


それだけで、胸の奥がほっとする。


ふと、ベッドの上に見慣れないものがあることに気づいた。


「……ん?」


近づくと、少し不格好なウサギのぬいぐるみが目に入る。


「……あれ?」


敦兄が私の視線を追う。


「あー」


一瞬で察した顔になる。


「こんな不器用なことするやつ、一人しかいねーだろ」


「あ」


すぐに分かった。


――俊兄だ。


昔から、真面目すぎて少しズレてる。


でも、優しい人。


ふっと、口元がゆるむ。


「そろそろあいつらも帰ってくる頃だと思うんだけどなー」


敦兄ののんきな声が背中から聞こえる。


「あ、それなら――」


言いかけて、口を閉じた。


隣の部屋と繋がる壁を、ちらりと見る。


――隼人。


さっき会ったことを、なぜか言いそびれる。


その時――


ドタドタ、と階段を駆け上がる音。


次の瞬間――


「姉ちゃん!!」


勢いよく飛び込んできた影。


少し低くなった声に、一瞬だけ戸惑う。


「颯太っ」


名前を呼ぶより先に、抱きつかれる。


「姉ちゃん……おかえり……」


甘えるように、ぎゅっと腕を回される。


明るい栗色の髪が、ふわりと揺れる。


大きな目も、少し幼い顔立ちも――変わらない。


でも――


「……颯太っ」


背が、伸びてる。


敦兄より頭ひとつ分低いくらい。


いつの間にか、そんな高さになっていた。


少しだけ、どきりとする。


変な意味じゃない。


ただ、時間の流れを急に感じただけ。


「ただいま……」


私も腕を回し、背中を軽く撫でる。


颯太も同じように、ぽんぽんと叩いてきた。


「おいおい、颯太」


敦兄が呆れたように言う。


「……そこまで。姉ちゃん困ってるだろ」


ぐい、と引き剥がす。


「えー」


不満そうな声。


もう一つの足音がゆっくりと階段を上がってきた。


「おい、颯太」


落ち着いた声。


「バッグ投げてくな。俺が持つ前提かよ」


振り向くと、階段の上に立っていたのは俊兄だった。


剣道部のバッグを肩にかけ、もう片方の手にはサッカー部のバッグ。


……たぶん、颯太が放り投げたやつだ。


「……りあ?」


俊兄が私を見る。


ほんの少しだけ、目を見開いた。


「俊兄!」


声が弾む。


俊兄は小さく息を吐いて――


「……ほんとに帰ってきたんだな」


やわらかな目で、そう言った。

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