白鳥桜子、襲来
翌朝。
鏡の前で前髪を整えて、制服の襟を軽く直す。
――今日から、学校が始まる。
小さく息を吸って、部屋を出た。
一階へ降りると、廊下で隼人と鉢合わせた。
「あ……おはよう」
「おはよ」
隼人はそれだけ言うと、そのまま玄関の方へ歩いていく。
昨日の夜のことが、ふっと頭をよぎった。
花を直した手。
近かった距離。
胸の奥が、少しだけ落ち着かなくなる。
……なんでだろう。
いや、きっと気のせいだ。
気持ちを振り払うようにキッチンへ向かう。
昌枝さんが作り置きしてくれていたお弁当を、鞄に入れた。
俊兄と颯太は、もう部活の朝練に出ているらしい。
家の中は思ったより静かだった。
そのまま玄関へ向かい、靴を履く。
ドアに手をかけながら、後ろを振り返った。
「あっちゃん! 先行くよー!」
二階から敦兄の声が響く。
「おい待ってくれよ〜!」
玄関を出ると、朝の空気がひんやりとしていた。
軽く伸びをすると、家の前に見慣れない車が停まっているのに気づいた。
黒くて、大きくて、いかにも高級そうな車。
……なんだろう。
車を見たまま、敷地の外へ出た時――
「そこのあなた、よろしいかしら?」
「え?」
声をかけられて振り返る。
そこに立っていたのは、私と同じ制服を着た女の人だった。
背がすらりと高く、目鼻立ちがはっきりしている。
ゆるく巻かれた色素の薄い長い髪が、朝の光を受けてきらきらしていた。
同じ制服なのに、まるで別の世界の人みたいだ。
……誰、この人。
ハーフ?
それともモデルさん?
一瞬、目を奪われる。
その女性は、優雅に微笑んだ。
「あなた、敦さまの――」
「え? あっちゃん?」
背後で家のドアが開く音がした。
振り返ると、
「よかった、りあ、まだいた――」
敦兄が出てくるところだった。
その姿を見た瞬間。
「敦さま!」
女性がぱっと表情を輝かせる。
敦兄の顔色が、一瞬で変わった。
「っ……いないって言って!!」
敦兄が慌ててドアを閉めようとする。
でも――
女性は素早く手を伸ばして、そのドアをぐいっと押し開けた。
思った以上の力だった。
「もうっ。敦さまったら、照れ屋さんなんですから」
言葉は柔らかいのに、動きはかなり強引。
……あっちゃんと、ほぼ互角の力。
この人、見た目と違う。
私はおそるおそる口を開いた。
「……あの、これは一体……?」
女性は、はっとしたように目を瞬かせた。
「まぁ!わたくしとしたことが。失礼いたしました」
そう言うと、急にドアから手を離し、くるりと私の方へ向き直る。
その反動で、バタンとドアが閉まった。
同時に家の中から、
ドンッ
と、敦兄が尻もちをついたらしい音が聞こえる。
でも本人は、気にした様子もない。
すっと背筋を伸ばして、私を見据えた。
「わたくし、白鳥桜子と申します。あなたのことは存じておりますわ。敦さまの妹君、ですわね?」
「え……どうして、それを……?」
聞き返すと、白鳥さんは、少し誇らしげに微笑んだ。
――昨日の午後。
優雅なティータイムの最中だった。
「桜子様!大変です!」
慌てた様子の女子生徒が駆け込んでくる。
「敦さまが、特定の女子と登校してきました!」
その後ろから、望遠鏡とカメラを持った数人の親衛隊が雪崩れ込んできた。
「まぁ……!」
白鳥の手から、持っていたティーカップが滑り落ちると――
パリン、と音を立てて砕けた。
「桜子様!お気を確かに!」
「……調べて。調べてちょうだい……」
白鳥さんがにっこり微笑む。
「――と、いうことで調べさせましたの。妹君だったとのこと。わたくし、安心しましたわ」
「いや、『ということで』って言われても……。
エスパーじゃないので分からないですけど……」
つい、思ったまま返してしまう。
でも、ふと思う。
昨日学校で感じていたあの視線――
あれ、この人だったのか。
その時、家の中から敦兄の声がした。
「おい、りあっ」
いつの間にか玄関から顔を出している。
「真剣に相手にしても疲れるだけだから。50%くらいの力量でいけ」
……いや、無理でしょ。
すると、白鳥さんがぱっと顔を輝かせた。
「まぁ!敦さまの有り余るお力の半分も私に向けてくださるなんて、光栄ですわっ」
「……」
何を言っても、たぶんダメなタイプだ。
「つーか白鳥!」
外に出てきた敦兄が苛立った声を出す。
「お前、家には来んなっつってるだろ!」
「まあまあ、あっちゃん」
私がなだめるように言うと、白鳥さんも嬉しそうに微笑んだ。
「そうですわ。まあまあ、敦さま」
「お前が言うな!」
敦兄が即座にツッコみ、ふと腕時計を見る。
「やべっ!今日授業始まる前に美奈ちゃんに呼び出されてるのに!白鳥、車乗せてけ!」
白鳥さんは首を傾げた。
「竹中先生かしら?どうしてわたくしはお呼ばれしないのかしら。わたくしも生徒会の一員ですのに」
……え。
思わず目を丸くする。
この人も生徒会!?
……。
……そういえば、担任の竹中先生は生徒会の顧問だっけ。
敦兄は呆れた顔をした。
「お前まともに書記の仕事したことないじゃん!ほら、行くぞ!」
そして白鳥さんの車に駆け寄る。
「ほら、りあ。お前も早く乗れ」
……え。
私も、乗るの!?




