514、ナーサリー最初の誤算
翌朝。私達が朝食を済ませた頃、辺境伯一行がやって来た。
来た時のメンバー、というには三人ほど足りないな。ダミアンとラグナ、それからモーガンジジイがいない。その三人が残るってわけね。たぶんスグラッティ侯爵家への報復やら対応やらがまだ済んでないんだろうなぁ。貴族は大変だねぇ。
「奥方、朝早くからすまぬな。」
「いえ、閣下こそ此度のご対応お疲れ様でございます。」
「ゼマティス家には散々世話になっておきながらまだ済んでおらぬ。まったく、頭が痛いことよ。ところでグレゴリウス殿は?」
「主人は相変わらず帰って参りませんわ。たまには体を労ってほしいものです。」
伯父さんたら……今日辺境伯が来ることは知ってるだろうに。大物だねぇ。
「そうか。魔道貴族も楽じゃないようだ。さてカース君、今日はよろしく頼む。」
「ええ、お任せください。」
来た時と違って昼間だからね。たぶん余裕で着くと思うよ。
「うむ。頼りにしておる。では奥方よ。此度は世話になった。そのうちダミアンが顔を出すと思うので良しなに頼む。」
「ええ。お待ちしておりますわ。閣下もお体にお気をつけくださいな。」
では出発だ。人数が多いから馬車は三台。途中でナーサリーさんを拾っても問題なく乗れる。
さて、予定通りナーサリーさんを拾ったわけだが。カチコチに緊張してるじゃないか。なんで目の前にこんな大物がいるんだい! とか言いそうな顔して私を見てる。
昨日言ったよな? 辺境伯を領都に連れて帰るって。人の話はちゃんと聞かないとだめなんだぜ?
「ほう。楽園で一旗揚げるというわけか。その歳で、しかも女の身で天晴れなことよな。王都の民にしては珍しく挑む心を持っていると見える。やるではないか。」
おお、挑む心か。このおっさんいつかの挨拶で言ってたもんな。フランティアの民よ、挑む心を忘れるなってさ。
「あ、ど、どうも、ありがとう、ございます……」
ぷぷっ。ナーサリーさんは権力者に弱いのか。面白いなぁ。いやまぁ普通のことなんだけどさ。
王都を飛び立ってもナーサリーさんはミスリルボードの隅で小さくなったまま。少し悪いことした気になるじゃないか。ほんの少しだけね。
おっと、もう到着か。やっぱ昼間は飛びやすくていいねぇ。
領都の南門前に……着地っと。
「もう着いたのか……行きより随分と早く感じるな。さてカース君、この度は非常に助かった。おかげで有意義な王都行となったよ。これは些少だが報酬だ。また次回があればよろしく頼む。」
「お役に立てて何よりです。ありがたくいただきます。」
白金貨が二枚。どこか些少なものか。たっぷり稼がせてもらったなぁ。
「で、このまま楽園に向かうのだったな。王都からここに来るより遠いのだろう? 気をつけてな。」
「ありがとうございます。閣下もお体に気をつけてくださいね。奥様も。」
「ありがとう。信じられないことばかり起こるけど、これがもう普通なのかしらね。新しい時代ってこういうことなのかしら。」
はは、それは知らないな。でもトンネルが完成したら王都がもっと近くなるんだろうなぁ。
「では閣下、奥様。またお会いしましょう。」
「うむ。今回は助かった。気をつけてな。」
「アレックスちゃんも元気でね?」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます。行ってまいります。」
さて、慌ただしいが再び出発。次は楽園だ。
「カースぅーー……」
「おっ、ナーサリーさん元気になった?」
「辺境伯と同じ馬車に乗るなんて聞いてないんだけどぉーー?」
誰がどの馬車に乗るかなんて私が差配することじゃないんだからさぁ。知らないっつーの。
「そう? 別に問題ないじゃん?」
「あぁそうだねぇ。問題ないねぇ。すり減った私のピュアなハート以外はねぇ?」
いい歳して何言ってんだ。ピュアなハート……俗語だねぇ。
「ナーサリーさんなら貴族の相手だって慣れてんじゃないの?」
「あぁ慣れてんねぇ。小物貴族の相手ならねぇ?」
「じゃあいい機会だったね。つーか辺境伯直々に褒められてたじゃん。そうそうあることじゃないと思うよ。」
やったねナーサリーさん。
「ちっ、そんな高尚なもんじゃないってのに。ちっと面白そうで儲かりそうだから行ってみるってだけなのにさぁ。適当に金貯めたらさっさと帰るからねぇ?」
「その辺はリリスと相談してね。」
建前上は他の女達だっていつでも辞めていいことにはなってるしさ。
「はいはい。つーかここどこだよぉ? どっち向いても砂しか見えないんだがねぇ……」
「ヘルデザ砂漠だよ。聞いたことぐらいあるよね?」
「あー……ここがかい……クタナツじゃあこの砂漠を越えて一人前なんだっけぇ?」
「いや、この砂漠から生きて帰れて一人前かな?」
七等星の腕前がそんなもんだよね。まあここを越えて楽園までたどり着く七等星も結構いるけどさ。
「はぁ〜ん……冒険者かぁい……気が知れないねぇ。」
「王都にも冒険者っているじゃん? 大事な客じゃないの?」
「だからだよぅ。わざわざ大怪我して命ぃ捨ててさぁ……理解できないねぇ。ヌルい王都でさえそれなんだからさぁ……」
「いきなりどうしたの? 冒険者をやるわけでもないよね?」
ちょいブルーな感じ? 空はこんなにいい天気なのに。春だぜ春。
「いーや、どうもしないねぇ。どいつもこいつも理解できない生き様してんねぇ……」
そりゃあ好きで冒険者やってる者もいるとは思うけど、大半は食うためにやってるだけだぞ。そんなもん誰だって街の中で定職に就いて安全に堅実に暮らしたいに決まってるのに。王都だってそうだろ? 裏街には冒険者ですらない奴らがたくさんいるんだしさ。
「まぁ、そんな奴らだけどしっかり治してやってよね。」
「ふん、分かってるさぁ。せいぜい稼がせてもらうとするよぉ。」
さて、そろそろ着くかな。そこまで久々でもないけど楽園は変わりないかな?




