319、シンディとスサイエ
シンディって言ったな。午前中に見た女の子の姉ってことになるのかな。あの子は十五、六歳って感じだったけど、こっちは三十代前半ってとこか? えらく幅があるじゃん。
「シンディ! シンディ! 会いたかった!」
「スサイエ!」
「近寄るなぁ! てめぇスサイエぇ! それ以上近寄ってみい! 叩っ殺すぞぁ!」
うーん、もしかして相思相愛? マジの純愛だったのか!? こんな漁村で!? いや漁村とかは関係ないけどさ。
「そっちの姉さんに質問。まだスサイエのこと好きなの?」
「忘れたことなどありません」
おお、きっぱりと言うじゃん。でも私は好きかって聞いたんだけどなぁ。
「村長、どうする気なの? どう見ても行き遅れどころじゃないけど? この村の有力者とでも結婚させる気だったのかしら?」
おお、アレクったら言いにくいことをズバズバと……
「そ、そんなところ、です……」
さすがのムキムキ村長もアレクの迸る上級貴族オーラには敵わないのね。賢明だよ。
「で、その縁談はどうなったの? どう見てもまとまってないようだけれど。」
「そ、それは……」
「私が逃げ帰ったから、そして断り続けているからです。スサイエ以外の男なんて……」
「おお……シンディーー! 俺もだ! お前以外の女なんて!」
あらまぁ。これは村長の分が悪いねぇ。普通は父親の言うことは絶対なんだろうけど、この姉さんは逆らえる何かを持ってたりするんだろうか? 信念? それとも他に? 実はブータルグの製法を一番よく知ってるとか。
でも逃げ帰ったってのが気になるなぁ。他の村に嫁に出したってことだよな? てことは製法とか秘伝とかって話ではないんだろうなぁ。
だいたい村長もさぁ。今それどころじゃないんだろうに。専売対策をどうするか考えないとさぁ。あっちの村でもブータルグに本気になるかも知れないってのにさぁ。
まったく、どうしたもんかねぇ……ん? もしかして……いけるか!?
ふふふ。いいこと思いついたぞ。私って時々天才なのかも。これで来月まで悩まなくても済むんじゃない?
「なあ村長。四月の後半に相談に乗るって話だったけど、今答えが出たから言うわ。」
「はぁ!? ついさっきの話なのにマジでか!? ど、どうすんだ!?」
「村長をはじめブータルグの生産に関わる者全員でスサイエの村に行けよ。」
「は? え、ん? んん……はぁああああああ!? ざけんなコラぁ! んなことできるわけねーだろがあ!」
ふふ、そりゃそうだよなぁ。誰だって生まれ育った土地を離れたいわけがないもんな。
「心配すんな。たぶん一時的なことになる。それに、必要な建物は全部俺が運んでやる。土台ごとな。船も設備も全部だ。」
「はあぁあああぁぁぁああ!? 全部だぁ!? おま、あぁ、正気なんかぁあああ!?」
「うるさいわね。カースがすると言ったらできるのよ。もちろん、一瞬でこの村全てを更地にすることだってできるわよ?」
ナイスアシスト。アレクの上級貴族オーラには有無を言わせぬ凄みがあるよね。
「あはは。アレクったらもう。そんなことしないよぉ。せっかくのブータルグが食べられなくなっちゃうじゃん。」
「うふふ。それもそうね。カースは慈悲深いものね! あっ、だったら領主邸を更地にするのもいいわね。そしたら専売がどうのこうの言ってられないもの。」
「なっ!? そ、そんなことが……できるんか、ですか……!?」
村長も大変だねぇ。アレクにも普通に喋ればいいのに。舐めた口じゃなかったら許してやるぞ。まあそこらの村民には無理か……たぶん領主と話す時より緊張するだろうからなぁ。
「あはは、もうアレクったら。そんなことやるわけないじゃん。領主にも家族がいるんだからさ。」
「うふふ。それもそうね。カースったら本当に慈悲深いんだから。」
ふふ、アレクがやけに可愛いなぁ。今日のアレクはラブコメモードなのかな?
では、アレクの期待に応えて、仕上げといこうか。これもついさっき思いついたんだよね。
「あ、そうだ村長さぁ。ここからちょい南にバンダルゴウってあるじゃん? あそこから交易船が出るかもって話は知ってる?」
「そ、そりゃあバンダルゴウは知ってるが……交易船って、東のあそことだろお?」
おぉー。さすがにヒイズルのことまで知ってんだね。でも残念。今回はそっちじゃないのさ。
「いや違う。それとは別でな。バンダルゴウの代官をしてたデルヌモンテ伯爵の息子にエルネスト君ってのがいるんだが、その彼がな。バンダルゴウと北の楽園を結ぶ航路を開拓しようとしてるわけよ。」
まあ息子も養子も似たようなもんだろ。
「え、えでんって……何だよ? き、北ぁ?」
あらら。さすがに知らないのか。だめだねぇ。
「えーっとな。ここから真北に進むとクタナツがあるのは知ってるよな?」
「お、おお、行ったことはねえが……話に聞いたぐれえあんぞぉ……やべえとこなんだろお?」
「魔境に面してるからな。で、そのクタナツからさらに北に進むとグリードグラス草原やヘルデザ砂漠があるんだけど、それは知ってるか?」
「名前は知らねーが……やべえ砂漠ってのは聞いたことがある……」
「楽園ってのはその砂漠を越えた先にある、俺の領地だよ。ちなみに先王様からも今の国王陛下からも無税の許可をいただいてるぜ?」
「り、領地……だぁ……?」
ふふふ。驚いてるな。
「つまり、そんな魔境の果てにある土地と、バンダルゴウが繋がるってわけだ。どうよ? 美味しい匂いがしてきただろ?」
まだ確定じゃないけどね。できるかどうはエルネスト君次第なんだからさ。
たぶんタティーシャ村には寄るだろうし。補給ポイントや避難ポイントは多いほどいいはず。この話をエルネスト君に持っていけば、たぶん喜ぶだろうね。
つーか、村長がこの話を知らなかったってことは……エルネスト君たら、この村はスルーするつもりだったのか? それともまだ営業をかけてないだけ?
うーむ、考えてみればこの村って入江の奥に入り込んでるもんなぁ。船が立ち寄るには実は面倒なのかも? 海底の起伏も分からないだろうし。
まいっか。私が心配することじゃないし。
「つまり……この村が直接バンダルゴウと繋がるってわけかあ?」
「たぶんな。そのあたりはエルネスト君の匙加減一つだと思うが。で、何が言いたいか分かるな?」
「ちっ、分かるに決まってんだろがあ! そのエルネストとやらに口利いて欲しけりゃ言うこと聞けってんだろがあ!」
「その通り。ただし、エルネストって呼び捨てするなよ? デルヌモンテ様、だろ?」
別に私が口を利かなくてもここの領主とエルネスト君の間で話がまとまってるかも知れないけどね。なんせいきなり専売を始めるような奴だし。金の匂いには敏感と見た。
私としては美味しくブータルグが食べられればそれでいいんだよね。できれば建物ごとの引越しなんてやりたくないしさ。どう考えても面倒なんだからさぁ。
それでもここまで気を遣ってやってんだぜ? さあ、どうする村長?




