497、チャルオットの奮闘
その夜、ローランド王国王国騎士団所属バルバロッサ駐在宮廷魔導士ジョージ・ド・チャルオットは商王と夕食を共にしていた。午前中に執務室に現れて、軽く腕を見せつけてから夕食の約束をもぎ取ったのだ。カースがあれこれとやらかした後だったため、さぞかし仕事がしやすかったことだろう。
「……して、オマエ達の国はローランド王国と申したな……」
「さようでございます商王様」
「オマエのような、アヤツのような一騎当千の猛者が何百人もいると……」
「いえいえとんでもございません。私などはただの下っ端。宮廷魔導士の末席を汚す者でしかございません」
『一騎当千』も『何百人』も否定していない。
「アヤツは違うと言うのか……」
「もちろんでございます。あのお方は我が国王陛下も一目置いておられる英傑。私ごときとは比べものになりません」
「そうか。だからか、キサマもアヤツも毒殺を気にしたふうもなく平気で飲み食いしおる。しかもキサマ、共も連れずたった一人でよくも。命が惜しくないのか?」
「もちろん惜しいですとも。ですが個人的な事情がありましてね。手柄を立たずには帰れないわけでございます。そこで相談がございましてこの場を設けていただいた次第です」
一国の王に対して堂々と話すチャルオット。宮廷魔導士なれば王族と相対するのも慣れているのだろう。理由はそれだけではなさそうだが。
「まあよい。で、キサマにとっての手柄とは何だ? まさかこのセティアニアを征服することなどとは言うまいな?」
「いえいえ、それはいくら何でも大言が過ぎるというものです。魔王殿ではあるまいし。手柄と言いましてもそんな大した話ではございません。ただ、地図を見せていただきたいだけです」
一瞬の静寂。肉を切る商王のナイフが止まった。
「キサマ……地図と言ったか? 広大なセティアニアの全図が欲しいと申すか」
片や平気な顔をしてナイフを動かすチャルオット。
「全図だとありがたいのですが、全図なんてあるんですか?」
ちなみにチャルオット達宮廷魔導士はヤリマダ半島周辺の地図しか見たことがない。せいぜいヤリマダ半島の喉元、マゴグワロが入るか入らないか程度の地図しか。それゆえ『お前達は全領地図を作るほど国内を隅々まで把握しているのか』と訊ねている。
「ふん、あってもくれてやるはずがなかろう。誰がわざわざ敵に水をくれてやるものか」
『敵に水を送る』はセティアニアの慣用句なのだろう。チャルオットは初耳だが理解できたらしい。
「はて? これは異なことを言われますな。私どもローランド王国は商王様に敵対するつもりなどございませんが?」
「ぬけぬけと……マオウと言ったな! あの者を好き勝手に暴れさせておいてそれは通らぬぞ! キサマのところの国王も道を譲るほどの要人なのであろうが!」
チャルオットが言ったのは『一目置く』であり『道を譲る』とは言ってない。似たような意味かも知れないが内実は大違いであろう。
「あの方の身分は平民です。分かりますね? ただの平民なのです。王族でもなければ貴族でもない。ましてや父親は奴隷階級という身の上です。つまり、あの方の言動に、我が国王陛下は、一切関知しておられないのです。当たり前ですよね?」
先ほどは英傑だと持ち上げたばかりなのだが……
「へ、平民、だと!?」
「ええ、後ほどご本人に確認されてもいいですよ。英傑ではありますが、紛れもなく平民ですから」
「へ、平民ごときに……この光銀塔が……」
「話を戻します。私どもに敵対の意思はありません。地図をお見せいただければご説明しますが、私どもにもそのような余裕はございません」
セティアニアを支配する余裕はない、と言いたいのだろう。
「どういうことだ?」
「ここまでの道中でよく分かりました。貴国は広すぎるのです。征服することも支配することも私どもには不可能です。失礼な言い方ではありますが、国土の大半が砂漠ですしね。私どもはむしろ交易をしたいと考えております。例えば商王様はメタリックサンドスライムメタル、それから精霊をも閉じ込めることができる魔道具など、有益な物をたくさんお持ちでございますな」
「ふん、ぬけぬけと。交易と地図がどう関係すると言うのだ」
「いやいやいや、関係いたしますとも。非才の私を試しても意味があるとは思えませんぞ。交易路というものがございますな。どの経路を通れば安全か、効率が良いか。そういったことを検討するには何をおいてもまずは地図がないことには始まりません。しかしながら……もし、そういった地図がないならないとおっしゃってください。諦めますので」
地図も作れないような未開の民族か? とチャルオットは問いかけている。無論チャルオットとてこれほど高く眩しく屹立した光銀城を見て、そのようなことは考えていない。ただの売り言葉なのだろう。たった一人で、大した胆力である。
「この! 言わせておけば! 地図ぐらいあるに決まっておろうが!」
側近の一人が口を開いた。
「それはようございました。ではお見せいただけないでしょうか? なに、ご心配には及びませんとも。それを寄越せとも書き写させろとも言いませんので」
「いいだろう。見せてやる。だが、それに対する見返りは何だ?」
「見返り、ですか? ならば安全ではいかがでしょうか? 魔王殿がこれ以上こちらを破壊しない、などですな」
「キサマは……アヤツを御し得ると言うのか?」
「御す、ことは無理ですな。しかしながらあの方は正面から正直にお願いすれば意外とお聞き届けくださるのですよ。もちろん無体なこと以外は、ですが」
「ふん、まあよい。ついでにもう一つ、酒を出せ。キサマのところにも酒ぐらいあるのだろう? 酒を見れば文化が分かる。キサマの国と交易する価値があるかどうか、見極めてくれようぞ」
「ありがとうございます。で、あればこちらなどいかがでしょうか。酒造りの腕一つで貴族にのし上がったお方の酒『ディノ・スペチアーレ』と言います。二十五年熟成の極上品でございます」
「ふっ、いいだろう。おい、地図を持ってこい」
どうやらチャルオットの会談は成功に終わりそうである。




