477、貴族令嬢の我儘
「料理長を出しなさい!」
厨房に着いた途端にアレクが叫んだ。いや、叫んだというのはおかしい。大きな声ではあるけど威厳を含んだ高貴な声なんだから。
「え、えと、あなた様は確か先ほど……」
さすがにアレクは目立つからな。ちょっと通り抜けただけでも忘れられないだろ?
「ここの責任者よ! いるの? いないの?」
「しょ、少々お待ちください!」
商王が晩餐会を開くほどの他国の貴族だからな。そこにこれほどの威厳が加わっては平民では反論などできまい。
「さすがだね。惚れ惚れしちゃうよ、お嬢様。」
「も、もうっカースったら。もう少し見ててちょうだいね。」
「うん。任せたよ。」
何をする気なのか少し読めたけど、言い換えると少ししか読めてないんだよね。さあ、アレクはどうするんだろ?
「おっ、お待たせしました! あ、料理長のタローワ、です!」
「お前か。昨夜の料理を作ったのは?」
おお……アレク怖いぞ。
「さ、さようで、ご、ございます……」
「そうか……」
おお? 何やら間を溜めているが……
「あ、あの、それが何か……」
「何品目かは覚えてないが、一皿ほど絶品があった。あれは駱駝のヒレ肉であろう? だが、分からぬ。いくら希少とはいえ、なぜあのヒレはそこまで美味かったのか。今まで食べたことのない旨味と柔らかさ、乙女の柔肌を料理に仕立てたと聞いても信じてしまうほどだった。気になるあまり商王様にお尋ねしても『料理長に聞いてくだされ』としかお答えいただけなかった。あれはお前が料理したのであろう? なぜだ? なぜあれほどまでに美味だったのか。教えてはくれぬか?」
昨夜の料理? 全然覚えてないな。美味かった気はするが……
「な、なんと……お分かりいただけたので……ありがとうございますありがとうございます!」
「礼を言いたいのはこちらの方だ。で、なぜあそこまで美味かったのだ? お前の腕が並でないことは分かっておる。それ以外の理由を聞かせてはくれぬか。」
「お、おお、なんと過分なお言葉……身に余る栄誉でございます。ならばご説明させていただきます。あれは…………」
ほうほう、マジか……そんなにすごい料理だったのか。
臨月の雌駱駝の胎児のヒレ肉だったのか。かなり希少なため商王の分も含めて三皿しかなかったとか。私は食べてないんだろうか?
しかも胎児のヒレは母駱駝のヒレ肉に包み、様々な香辛料をふんだんにまぶしてから専用のミスリルオーブンで蒸し焼きにしたと。手間とコストがすごいな。やっぱ私は食べてないんだろうな。
「そうか。恐ろしく希少なものを供していただいたようだ。改めて礼を言う。これはほんの気持ちだ。とっておいてくれ。」
おっ、原石じゃん。紅柘榴石、ガーネットかな?
「なっ!? こ、これは!?」
「紅柘榴石と言う。受け取るがいい。その代わりというわけではないが一つ頼みがある。聞いてくれるか?」
「はっ、はい! 何なりとお申し付けください!」
「私も料理の腕には覚えがあってな。お礼も込めて商王様に一品ほど献上差し上げたいと思っておる。無論お前の腕には及びもつかぬだろうが。よいか?」
「そ、それは……」
「どうせ間に毒見が入るのだろう? それにお前も味見をするだろう? ならばお前が不合格としたならば捨てればよいだけの話だ。そうだろう?」
「そ、それはそうなのですが……」
「次に商王様にお食事を運ぶのはいつだ?」
「に、二時間後の予定ですが……」
「ならば時間がないではないか! 隅を借りるぞ! カース手伝え!」
「はいお嬢様!」
なるほどね。こういう作戦か。こいつらなら商王に食事を運ぶ都合上、居場所を知っててもおかしくないな。国王ともあろう者が飲まず食わずとは思えないし、干し肉とかだけで我慢するタイプにも見えないしな。おまけに騎士どもだってまさか私達が厨房で料理をしてるなんて思いもしないだろうしね。
それにアレクのことだから料理長から不合格と言われた場合のことも考えてるはずだ。頼りになるよなぁ。




