105、海辺の来訪者
夕食までまだ時間があるな。別に今から食べても全然構わないんだけど、まだ腹のへり具合が微妙なんだよな。海を眺めながらちびちびやってもいいのだが……
やっぱ泳ぐべきだな。砂浜でアレクとキャッキャウフフするべきだ。
シュガーバとアッシリには近寄る人間の警戒をさせておいて私はアレクと遊ぶ。砂浜での追いかけっこ、水のかけ合い、砂に書いたラブレターごっこ。楽しすぎる。
問題があるとすれば……波打ち際にまでクラゲが打ち上げられていることだろうか。大小様々なタイプがちょくちょく見えるんだよな。中には触手っぼいのを伸ばしてきたりするし。お前そんなことやってる場合じゃなくない?
ちなみにクラゲはゲットしてない。酢の物にするのも悪くないとは思ったが、毒がありそうなんだもん。
その後泳いでみたが、やはり海中もクラゲが多かった。これってそろそろ夏も終わりってことなのかねぇ……気温的には全然そんな感じがしないのに。
クラゲを気にしながら潜ってみると、少し深い場所で珍しい獲物を見つけた。鉄槌海老だ。エビのくせに普段は腰が伸びてるんだよな。でも近寄ると一気に腰を丸める勢いで叩いてくるそうじゃん。鉄槌みたいな拳でさ。全長三十センチぐらいしかないくせに人間の骨ぐらい簡単に折るって聞いたことがある。でも、それだけの力を発揮するエビだけに身の旨さは格別なんだろ? 旨みがギュッと詰まってるそうじゃん? アレクから聞いてるんだよね。ビスクにするとめちゃくちゃ美味しいってさ。だから逃がさないぜ?
おっ、むしろ寄ってきてくれたじゃん。しかも二匹。うおっと、迷わず身を丸めてハンマーみたいな拳を振りやがった。海中なのにすごいスピードだったな。そりゃあ直撃したら骨ぐらい折れそう。
『凍結』
なるべく無傷で捕まえるにはやっぱこれだよね。海水ごと凍らせて、氷ごと収納。鉄槌海老を二匹ゲットだぜ! ビスクもいいけど刺身もいいなぁ。アレクに相談してみよっと。
夕食。アレクは鉄槌海老を一匹は丸焼きにして、もう一匹はビスクと刺身にしてくれた。この刺身……醤油とワサビはあるけど、ポン酢で食べたくもあるなぁ。うっめ……
ビスクもすごいな……めっちゃ濃厚じゃん。これがエビの旨みか……なんと芳醇なんだろう。最高すぎる。アレクはすごいな……
「はいカース。熱いから気をつけてね。」
「うん、ありがとね。」
丸焼きにした鉄槌海老の身をほぐしてくれた。そこに軽く岩塩を振りかけて……うほぉー! これも旨い! 箸が止まらない。単純で素朴なのに雄弁な味わい、口の中でエビが暴れているみたいじゃん。たまらないね。潜ってみてよかったなぁ。
「すごく美味しいよ。アレクも食べてみて。」
「ええ。食べてるわ。鉄槌海老のビスクは以前飲んだことがあるけど、生で食べるなんて初めてだわ。この口当たりといい歯応えといい、素晴らしいわね。」
さすがアレク。すでに経験済みだったか。やるね。
「海って……すげえんだな……」
「すごいです……」
シュガーバとアッシリも絶句している。刺身は食べてないくせに。でも、海の幸っていいよな。もちろんアレクの腕があってのことだからって点を勘違いするなよ?
おや? 足音が近づいてくる。道の方からだ。
「もし……いい匂いをさせておいでですな……」
誰か来た。顔はよく見えないが声からするとじいちゃんか? 暑いだろうに頭巾か何か被ってやがる。
「腹へってんのならいるか? スープしか残ってないけどさ。」
正直怪しいけどね。ヒイズルでもあったよなぁ。声かけてきたジジイに鍋を振る舞ったら毒を仕込まれそうになったことがさ。
「よろしいので……?」
「ああ、気にするな。旅は道連れ世は情けって言うからな。ほれ。」
そもそも私って年寄りに優しいタイプだしね。じいちゃんは左手で受け取り、ゆっくりと口に運んだ。
「ありがとう存じます……お、おお……これは……今までついぞ味わったことのない美味しさ……これは一体……」
「鉄槌海老って分かる? エビの一種だけど。」
「い、いえ、それが海の生き物ということぐらいは分かりますが……それぐらいしか……」
普通はそうだよね。特に魔法使いが少なそうなこっちの大陸だと潜るどころか釣りをするだけでも危険そうだもんな。今まで歩いた感じだと陸には魔物が少ないけど海はローランド周辺と変わらないもんな。もっと南の方だとまた違うんだろうか……
「ふーん。それよりじいちゃんさ、それ旨かっただろ。もう一杯飲ませてやるから正直に答えてくれるかい? 約束するぜ?」
「へ、へぇ、何なりと……」
契約魔法が効いてないな……『解呪』
別に他の契約魔法がかかってるわけでもない。つまり……
「喋る気ないってことだな。ところでシュガーバ、このジジイはどこの者に見える?」
「さあな? 少なくともカラバの者じゃない。かと言ってそこらの村人には見えねえな」
「ほっほっほ。兄さんはカラバのお方ですか。それがこのような場所で何をされておいでなので?」
とぼけてんなぁ。怪しさ倍増。何やら雰囲気まで変わったし。
そもそも夜にこんな場所まで歩いてくるだけで怪しいんだけどさ。
「喋る気ないならもう行っていいぞ? 俺らはここで一泊するからな。」
「ほっほっほ。そうはいきませんな。こちらの方こそ色々と訊ねたいことがありますからなあ?」
「ガウガウ」
ああ、分かってるよ。それなりの人数がいるんだろ。
「あいつらの分のスープならないぞ。残り一杯だからな。お前が正直に言うなら飲ませてやったんだけどな?」
「ほっほっほ。この期に及んで剛毅なことで。若さとは眩しいものですなあ。だが……それゆえに早死にすることになる!」
ふうん、やっと右手を見せたね。で、そりゃどんな武器なんだ?




