371、奇跡の酒樽
低い長方形テーブルに膝を突き合わせるように着席する。片側に私とアレク、もう片側に男爵と弟子。短い辺にはそれぞれコーちゃんとカムイ。コーちゃんの場所が一番偉い人みたいに見えるぞ……
「カース殿、改めて紹介いたします。こやつは弟子のルファー・モノクレアです。鉱山都市ミネマインの近くに自分の酒蔵を構えているのですが、思うところあって修行をやり直したいと来ておるのです。」
「ど、どうも魔王様……ルファー・モノクレア、です……」
「どーも。魔王でーす。」
自己紹介はさっきやったからこれでいいだろう。それにしても三十過ぎってとこか。その歳で修行をやり直したいだなんて偉いね。
「先ほどはこやつが大変失礼をしたそうで。誠に申し訳ありませんでした。今の私があるのもカース殿のおかげだというのに。まったくもう。」
待て待て待て。さすがにそれはおかしい。どう考えてもセンクウ親方とか背中を押した父親のおかげに決まってんだろ……エリートコースを捨てて酒造りの道に入ったんだっけ。
「過分なお言葉ありがとうございます。男爵にそう思っていただけて光栄です。ささ、もう一杯。」
「おっとっと、カース殿に注いでいただけるとはなんという贅沢を。私の方こそ光栄ですよ!」
しかし男爵ったら、どれだけ私を持ち上げてくれるんだ。親子以上に歳が離れてるのに少しも気にした様子もないし、私をおだてて利を得ようなどと考えているわけでもない。ただ純粋に酒を愛する友として接してくれてるんだろうなぁ。私はあまり味にうるさい方じゃないけど男爵にそう評価してもらえているなら嬉しいな。
摘みを口にしながら少しだけ飲むつもりだったのが、気がつけばもう日が暮れていた。楽しい時間ってほんっとあっという間に過ぎるよなぁ……アレクは寝てしまった。カムイの毛皮に埋もれて。弟子も大いびきをかいて寝てる。
「カース殿! 今夜は泊まっていかれるんでしょう!? いつまで泊まっていただけるんですか!? いつまでも居てくださいよ!」
「ありがとうございます。甘えさせていただきますね。今日明日泊まらせてもらって、明後日帰ろうと思います。」
「そ、そんな……いくら何でも早すぎませんか!? せめて一週間ぐらい滞在してくださいよぉ……」
さすがに一週間は無理かな。船の準備が終わってしまうからね。
「まあまあ。男爵とはきっと長いお付き合いになることですし、一日も一週間も誤差みたいなものですって。僕らの友情に変わりはありませんよ。」
「おおお! その通りです! 過ごした年月の長さなど友情に関係ありませんな! まったくカース殿は私を喜ばせるのが上手いですな! こうなったらもうあの酒を出すしかないじゃないですか!」
おっ? 何かな? 気になるぜ。
「ちょっとお待ちを。持ってきますので。」
「大丈夫ですか? 少々ふらついているようですが……」
「大丈夫ですとも。美味しい酒は体にいいんですから!」
そんなわけあるかい。でもスペチアーレ男爵の酒ならポーションにもなることだし、一理あるか。
「ピュイピュイ」
酒蔵に一際旨そうな酒があったって? さすがコーちゃん、チェック済みだったのね。
「お待たせしましたカース殿! さあさあ! ぜひ飲んでみてください! そして感想をお聞かせください!」
「ええ、いただきます。」
男爵が持ってきたのはショットグラス。そこに半分ほど透明な酒が注がれている。まずは半口……っかぁーー! これはキツい! アルコール度数がとてつもなく高い! 高いからか? 舌だけでなく喉や腹にまで沁みてくるじゃないか。じんわりと熱い何かがさ。どれ、もう半口……今度は口当たり滑らかで、するりと喉の奥に消えていった。やっべ、これ美味いぞ? 次は一口、残った分を全部飲む。なんだこれ!? 甘さと滋味、木の香りと土の香り、複雑な旨さを感じさせつつもするりと喉を落ちていく。これすごすぎない!? スペチアーレシリーズよりも、ディノ・スペチアーレの十五年よりも……
「これ……一体何なんですか? 一口ごとに美味しくなっていったんですが……」
「とんでもないでしょお? これこそカース殿のおかげで生まれた酒なのです! 名はまだありませんしもう少し様子を見たいがために売りに出してもおりませんが。」
私のおかげ? 魔力を込めたりはしてないし……何か……
あ! 思い出した!
「もしかしてマギトレントの樽ですか?」
「その通りです! 新しいスペチアーレシリーズとして仕込んでみたのですが、とんでもないことになっておりますよ。これを五年十年と寝かせたら一体どうなることやら。楽しみは尽きませんよ。」
マギトレントで樽を作ったのってローランド王国どころか世界中探してもスペチアーレ男爵が最初だろ。それどころか他にいないんじゃない? つまりこの酒も世界初の酒ってことになる。それを私は飲んだわけだ。最高すぎるぜ……
「五年後も男爵と一緒に飲みたいですね。ちょうど今年は王国一武闘会がありますし、毎回武闘会がある年はこうして杯を交わしたいものですね!」
「おお! それは素晴らしいです! なんという名案を! しかし……五年に一度しか会えないのは困りますぞ!?」
男爵ったらかわいいこと言うなぁ。
「ははは、それならマギトレントの酒を飲むのは五年ごとってことにしておきましょうか。もちろんちょくちょく顔を出したいとは思ってますし。」
「おおー! ありがとうございます! カース殿に飲んでいただくためにも最高の酒に育ててみせますよ!」
「楽しみにしてますね。」
楽しみが増えた。マギトレント樽で寝かせた酒かぁ。現状でさえめちゃくちゃ美味いのに五年十年経ったら一体どうなることか。そりゃあ途中で失敗したり味が落ちたりすることもあるだろうけどさ。なんせ初めての樽なんだからさ。でも男爵だし期待しちゃうよね。あーいい気分だなぁ。来てよかった。




