362、野宿の翌朝
南の大陸での予行演習ってことでそこらの野原に着地した。感覚ではアブハイン川の右岸、ラフォートよりだいぶ北のはずだ。港町ハバンまでは行ってないと思うが。
「魔物も少なそうだしここらでいいかな。」
「問題ないと思うわ。それにしてもキアラちゃんはすごかったわね。」
「だよね。アレクだって結構激しくぶつかってさ。危うく吹っ飛ばされるとこだったね。」
「さすがに避けきれなかったけど、どうにか無傷で済んだわ。ひやりとしたわね。」
フランツを狙っていたキアラだったが、フランツがひらりと避けた勢いのままアレクに突っ込んだんだよな。フランツが影になったせいで直前までキアラが見えてなかったアレクは回避が一瞬遅れてさ。危うくキアラ超特急に跳ね飛ばされるところだったが、そこはさすがのアレク。わずかながらも水の魔法を構築しクッションにしたんだよな。狼ごっこ的にはアレクは捕まったわけだけど、無傷で済んだのだから上出来だよな。
あれ? 狼ごっこって子供の遊びのはずだよな……? まあいいや。楽しかったし。
「よし。ここにするよ。ちょっと待ってね。」
「ええ。」
『風斬』
『重圧』
目分量だけど地面を平らにならした。ここに新しいピラミッドシェルターを……置く。
うん、やっぱ新品っていいよね。一辺が十メイルの正四角錐。見るからに頑丈そうだし、これなら安心して泊まれるな。
「よし。じゃあ入ろうか。」
『浮身』
入り口は上の頂点しかない。蓋を真上に抜くように持ち上げて……と。足から中に入り、ゆっくりと着地。高さは七メイルぐらいかな? 壁に軽く魔力を流すと明るくなる仕組みだ。で、魔力の供給をやめると一時間ぐらいで消えるんだったか。空気清浄機能や温度湿度調整機能もあるし、やっぱマイコレイジ商会は凄腕だな。
「お風呂入ろうよ。今日は疲れたもんね。」
「ええ、それがいいわね。こんな場所でお風呂だなんて不思議な気分だわ。」
「あはは。でも空中風呂ほどではないよね。せっかくのマギトレント湯船だけど景色が悪いのが残念と言えば残念かな。」
「そういえば最近久しくやってないわね。たまには空高くで地の果て、海の果てを見ながらお湯につかるのも良さそうだわ。」
同感だ。
「それもそうだね。近いうちにやろうね。」
「ガウガウ」
喋ってないでさっさと洗えときたかこの野郎。
風呂、ベッド、台所が一間になってるこのシェルターだけど入浴中や料理中は『風壁』で仕切るから特に問題はないね。風呂を使ってない時は蓋をしておけばいいし。
そして入浴後はベッドでアレクと……ちなみにコーちゃんとカムイは出ていった。散歩をしたいと言ってたが本心はどうだか。時々うるさいとか言われるしなぁ。でも、これで完全に二人っきりだ。思う存分アレクに溺れるとしよう。ふふふふ…………
尿意とともに目が覚めた。もう朝かな? このシェルターの弱点はトイレがないことなんだよなぁ……迷宮の時みたいに土塊の魔法で作って毎回焼却してもいいのだが……今日のところは外に出よう。
……なんだこりゃ……確かに朝だけど……人が多すぎる……なぜこんなに集まってんだ? 私の尿意はどうすればいいんだ!?
あ、ここ街道筋だったのか……よく見ると少し離れたところを人々が往来してるし。じゃあこいつらはなぜこの周りに集まってんだ? 驚いた顔でこっちを見てるし。
「おはよ。何やってんの?」
早くどこかに行ってくれないかなぁ……
「い、いや、それはこちらのセリフなんだが……こんな所に妙な建物があったら気になって当然だろう……」
「昨日までなかったと思うが……」
「いつの間に……」
「こいつはテントみたいなもんだよ。旅の途中なもんでな。だから気にしなくていいさ。ところでここってどこの貴族領?」
「あ、ああ、ドナハマナ伯爵領だよ……ノノヤフク湖からコテリベ街道を北上した辺りで……」
なんだ、まだドナハマナ伯爵領だったのか。ラフォートより北ってのは正解だったな。
「そっか、ありがとな。ちなみにここからハバンまで歩くとどのぐらいかかる? ああ、正確にはハバンじゃなくてその対岸あたりで。」
ハバンは左岸だもんな。
「歩いて……? そりゃ急いでも三日はかかるだろ……この先で船に乗るか馬車を手配した方が無難だと思うが……」
へー、この先に街があるってわけね。ならば朝食はそこで食べてもいいなぁ。トイレもそこまでなら我慢してもいいし。
「この先の街までだと歩いてどのぐらい?」
「ここからだと三、四時間ぐらいだろうか。でもあんた……魔法使いだろう? 歩く気なのか?」
「おっ、分かる? もちろん飛んで行くつもりだけどな。でもたまには歩きたくなることってあるじゃん?」
私の魔力を感じ取ったとは思えないが、よく分かったな。
「そりゃあ分かるさ……これだけ大きい建物を気軽に持ち歩いてるんだから……これ、魔力庫に収納できるんだろう? とんでもない容量だな……」
あ、そっちね。そりゃそうだ。魔力庫の容量や性能は魔力に比例するもんな。
「もしか、もしかしてなんだが……あんた魔王なのか……?」
「白い狼をさっき見たし……」
「白い蛇が首に巻き付いていたよな……本当に魔王なんじゃあ……」
おお、びっくり。名乗りもしないで気付かれるとは。今の服装はTシャツにパンツ一枚だってのに……『換装』
「どーも、魔王でーす。」
「ぎゃああああーー! ほ、本物ぉーー!?」
「これ、知ってる! おれ、知ってる! 本物の魔王スタイルぅ!」
「ちょ、待て、お、押すな! ぎゃあー!」
そんな慌てて逃げなくてもいいのに。幸いシェルターは防音性能も高いのでアレクが目を覚ますことはないだろうが。
「というわけでもうすぐ出発するからお前らも気にせず行ってくれ。騎士が集まってきても面倒だからな。」
ドナハマナの騎士が街道を真面目に警備しているとは思えないが……
「ま、待ってくれ! お、俺は行商人なんだ! こ、これ買ってくれよ!」
「俺もだ! 魔王様と商売したって言いたい!」
「な、なら私は何か買わせてくれ! なっ! いいだろう!?」
そりゃあこんな朝っぱらから街道を通行している人種と言えば行商人ってイメージはあるけどさ。
「見せてみろ。買うとは限らないけどな。」
「よっしゃあ! 昨日ラフォートで仕入れた魚の干物がたくさんあるんだよお!」
「こっちはバンダルゴウで仕入れたヒイズルの酒だぁ! ローランド王国でこいつが飲めるなんてお貴族様ぐらいのもんだぜ!?」
「魔王様と言えば魔石! あと魔物素材! 何でも買わせてもらいますよ!」
おーおー、ぞろぞろ集まってきたなぁ。上客がいるとでも思われたんだろうか。つーか私の評判ってどんな感じなんだ? びびったかと思えば次の瞬間に商談が始まったわけだし。
でも、残念。そろそろ時間切れだわ。お前らついてないなぁ。商売は場所を選ばないとね。




