303、新酒オルドビ
それから二分も経たずに親方が帰ってきた。
「待たせたな。確かめてくれ」
「ありがとうございます。しばしお待ちください」
さすがにこれだけもの金貨になると袋じゃなくて箱に入ってるんだな。親方って意外と几帳面なのね。もっと無造作に袋にでも入れてそうなのに。
「確かに。毎度ありがとうございます。で親方、何やら飲ませていただけるとか?」
おお、数えるの早いな。アレクも使ってた魔法だな。たしか『計量』と同じ系統のやつだっけ?
「お前じゃなくて魔王たちにな? ついでだからお前にも飲ませてやるけどよ」
やったね。何を飲ませてくれるのかな?
「ピュイピュイ」
コーちゃんも待ちきれないって顔してる。
「ほらよ。飲んでみてくれ」
おっ、これはいいな。カットの入ったロックグラスが人数分、ちなみにカムイは外で待ってるけど。これって王都でしか売ってないやつなんだよなぁ。高いって話だけど南の大陸に行く前に絶対買おう。
「いただくよ。」
「いただきますわ。」
「ピュイピュイ」
「いただきます」
うん、美味しい。私これ好きだわ。まるでスペチアーレ男爵の酒みたいに芳醇でいいね。でもどこかで飲んだ覚えがある風味なんだよな。どこだろ?
「美味しいですわ。セーラムの葡萄を思い出す味ですわね。」
それだ。セーラムのワインを原料にしてるのか? なんて贅沢な……
「ピュイピュイ」
「コーちゃんがさ。デメテーラとパッカートルの味がしておいしいって。親方やるじゃん。」
セーラムの葡萄には土と豊穣の神デメテーラの祝福があり親方には酒と踊りの神パッカートルの祝福があるんだったな。さすがのスペチアーレ男爵も祝福は真似できないよなぁ。あ、でも男爵は天空の精霊の祝福を持ってたな。さすがに神の祝福には敵わないか。
「これは……ずいぶんと強い、しかし味わい深いお酒ですね。名前は何と言うんですか?」
「そこそこ飲めるみてえだな。名前か、そういや考えてなかったな。年甲斐もなくダンの奴に対抗して造ってみたんだがよ。そうさなぁ……」
あぁ、そういや以前言ってた気がする。いつまでも弟子に負けてられないって。スペチアーレ男爵の酒みたいに強くて旨いやつも作りたいってさ。その答えがこれってわけね。旨いと思うよ。
「オルドビ……そう、こいつの名はオルドビだ」
聞き慣れないネーミングだなぁ……
「いい名前じゃん。どんな意味があるんだい?」
「意味なんてねえよ。わしの母親の旧姓だ。気が強くて一度火が着いたら止まらねえ厄介な性格でな。わしにも流れてるその血をこの酒にも流してやりたくてな」
へー。母親の名前でなく家名の方を使うとはこだわりを感じるね。世の中には母親の名前を船につける男もいると聞くのに。
「まあ、お前らの反応からすると悪い出来じゃねぇな。ダンの奴にはまだまだ追いつかねぇけどよ。そういや聞いたぞ魔王? ダンの奴にマギトレントを届けたそうじゃねぇか。わしの分はないってのか? お?」
あー……頼まれてたっけ? 覚えてないなぁ。たぶん手持ちにあったらとか、ノワールフォレストの森に立ち寄ったら、程度の話だった気がする。森には立ち寄ったけど……マギトレントの群生地には寄らなかったもんなぁ。
「悪いね。ないよ。また旅に出るからその後かな。巡り合わせがよかったらってことで。」
「ちっ、またダンの奴に差をつけられちまうぜ……」
それにしてもスペチアーレ男爵はすごいよな。神の祝福持ちのセンクウ親方に名声でも実力でも上回ってるんだから。それでいて毎年酒を送るのを欠かさない義理堅さ。やっぱ秀でてる人間ってのはそんなもんなのかねぇ。
「でもこれだって旨いよ。そりゃあディノ・スペチアーレ十年ほどじゃあないけどさ。」
そもそもスペチアーレシリーズはどれも旨いしね。
「そんなことぐらい分かってんだよ!」
そりゃそうだ。親方の舌が私以下なはずがない。今回は単に素人の意見、正確に言うとスペチアーレの味を知ってる素人の意見が欲しかったんだろうな。男爵の酒は高いから平民だと飲んだことのある者ってあんまりいないだろうからね。
「もし南の大陸で何かいい木材があったらお土産に持ってくるさ。だから機嫌直しなって。」
「おっ! 南の大陸に行くのか!? やるじゃねぇか。あっちは今よく分からんことになってるそうじゃねぇか。そのせいで酷ぇ目に遭うところだったんだろ、なあローレン?」
「そうですよ……ケイダスコットンさえ仕入れていれば……魔王さん! そろそろ日没ですが、行ってもいいですよね!」
「いいぞ。」
てっきり今夜はどこかで泊まって、明日の朝イチで行くかと思えば……奥さんが人質になってるんだよな。そりゃ一刻も早く駆けつけたいに決まってる。その割には親方の酒を堪能してたような気もするが。
「じゃあ親方。今回はどうもありがとうございました。またいい酒を仕入れたらお持ちしますので」
「おう。どんどん持ってこい。お前も今度はタイタスなんぞにつけ込まれるんじゃないぞ?」
「ええ、もちろんです。では、失礼します」
よし行くか。あ、そうだ。
「ちょっと待った。親方の酒が欲しいんだよね。白金貨一枚分でいいから売ってくれない? 売ってもいいやつをお任せでさ。後日顔を出すから選んでおいてよ。」
「ふぅむ、まあいいだろ。魔王になら売ってやるよ」
へへっ、やったぜ。私の魔力庫がどんどん酒で埋まっていくなぁ。コーちゃんは大喜びだね。




