302、納品と交渉
まさかセンクウ親方のところとはね。王都一の酒造り名人にしてスペチアーレ男爵の師匠。
せっかく来たんだし何か買っていこうかな。売れる酒が残っていればの話だけど。
「失礼する。私はパスロ商会のローレン。センクウ親方はおいでかな? 極上のアレクサンドル産のワインを運んできたと伝えておくれ」
造り酒屋に酒を売りに来るってのも変な気がするが、実はそうでもないんだよな。いつだったかスペチアーレ男爵のところにも大量の酒を運んだことがあったし。あれはブランデーっぽい酒の原料になるって話だったもんね。
「ああローレンさん。色々と大変だそうじゃない。でもお元気そうでよかったよ。ちょっと待っててね」
さすがに顔馴染みなのね。
『浄化』
全員にかけておく。酒蔵に入ると決まったわけではないが一応ね。
「さすが魔王様。気遣いのお人だ」
この行商人もすっかり私を魔王様と呼ぶようになったな。別に構わないけど。
「ピュイピュイ」
ふふっ、コーちゃんがご機嫌になってる。尻尾なんかくるくる回しちゃってさ。かわいいなぁもう。
「おうローレン。お前下手ぁ打ったらしいな。だがここに来たってことはどうにかなりそうってことか」
「どうも親方。その通りです。恥ずかしながら身の丈に合わない夢を見てしまったようで。今後はもっと堅実にいくとします。で、これですが確認をお願いします。アレクサンドル産の極上品です」
「ふん、確認するから待って……ん? お、おお、魔王じゃないか……何やってんだ?」
やっと気づいてくれたか。覚えててくれて嬉しいね。
「やあ親方。今日はローレンの護衛かな。さっきボルドラから来たところ。元気?」
「ボルドラから……さっき? 意味が分からんぞ。まあいい。ちっと待ってろ。後でお前らに飲ませたい酒があるからよ」
「ご馳走になるよ。」
「ピュイピュイ」
やはりコーちゃんがご機嫌になるね。尻尾の回転がさっきの倍速になってない?
「待たせたな。いい酒だ。やっぱローレンの目利きは確かなようだ。で、いくらだ?」
「ありがとうございます。金貨四百二十枚いただきたいところですが、親方にはいつもご贔屓にしていただいておりますので、きりのいいところで四百でいかがでしょうか?」
「ふーむ、ちっと高いな。二百にしろ。それなら即金で払う」
あらぁ……この親方って意外と金にシビアなの? むしろがめつい?
「ははは、親方ったら。ご冗談はなしですよ。お確かめになった通りこれだけの酒です。そこらの店や貴族の家に持ち込めば四百どころか六百はします。親方だから四百でご案内してるんですよ?」
「そりゃあ全部売り切ったらの話だろう。確かにこつこつ小売りすりゃあそのぐらいいくだろうな? だがいいのかお前。そんな時間あるのか?」
おおー、親方ったら足元見るタイプだったのぉ? またもや意外。しかもこいつがピンチって情報までちゃっかりゲットしてるし。てことは他の店に持ち込んでも買い叩かれる可能性大ってことね。これって親方が情報をゲットしたってよりは先方が率先して流してんだろうな。うーん商売の世界は甘くないねぇ。
「ええ、問題ありません。なんせ私には魔王様がおりますので。王都どころかスペチアーレ男爵のところにすら売り込みに行くことが可能なのです。で、親方どうします? 四百十枚ならお売りしますが」
スペチアーレ男爵ときたか。なかなかいいアイデアじゃん。だがそれは契約外なんだがね。この場では黙っててやるさ。もし行くとなったら料金は応相談だな。
「くっくっく。そう来たか。お前もやるようになったな。最初からその心構えがあればタイタスなんぞにいい様にされなかっただろうによ。四百二十で買ってやるよ。ただし現金払いはこの場で二百、残りは手形でよければな?」
おぉ? なんだなんだ? 結局どうなってんだこれ? 親方はローレンを試したってこと? このぐらいで諦めたり懇願したり、または言い値で売ってしまうようじゃ商人失格とかってさ。
「いいですよ。ただしその手形、来月末まで待つとは限りませんからね? 例えば魔王様に買い取っていただくかも知れません。それでもよろしいですか?」
手形ねぇ……額面が金貨で二百二十枚だとすると、月末には少し割り増しで現金化できるんだったか。そこらへんもギルドの管轄だったよな。それにしてもさすがセンクウ親方だよな。手形を扱えるレベルの信用あんのね。
「ローレンお前……ちょっと見ない間にどんだけしたたかになってんだよ。仕方ねえな。金貨で四百だ。これなら文句ねえな?」
「ええ。私も親方とよい取り引きができて幸せです」
「ったくよぉ……ちっと待ってな」
やれやれ。これでローレンもひと安心だね。
「魔王様、あれこれと勝手なことを言って申し訳なかった。どうか許して欲しい」
「ああ、構わんよ。実行するかどうかは別だもんな。それにしても親方相手に毅然としたいい交渉だったんじゃない? うまくいってよかったな。」
「金貨二百枚と言われた時は頭が真っ白になってしまったが……普段値切ることなどない親方だ。きっと何か意図があるんだろうと、諦めないでよかった……」
こいつはこいつなりに必死に知恵を絞った結果だってことか。これで奥さんの身は安心かな?




