300、行商人ローレン・パスロ
やだと言われてもね。
「よく聞け。俺達はもうあっち側に行く。お父さんかお母さんのところに帰らないと拐われることだってある。妹が危ない目にあってもいいのか?」
普段だと小さい子に優しいアレクが今回は口を出してこないんだよな。こいつらがカムイに夢中になってるからだとは思うけど。
「……いない……」
会話にならねぇ……そりゃあいつまで経っても人身売買がなくならないわけだよ。こんな誘拐しやすい奴らもいないよな。
悪いがここまでだな。これ以上付き合う気はない。
「じゃあな。妹を守ってやれよ。」
『風壁』
馬車が落ちないように氷壁を囲んでおく。ついでに子供らも閉め出した。ここでお別れだ。
「あーあーあー! やだやだやだ!」
カムイと引き離された妹が急に大声を出した。もちろん無視だけど。兄まで一緒になって風壁を叩くじゃん。何の音もしないけど。
「待たせたな。じゃ、行こうか。」
『浮身』
浮かび上がる氷壁。子供らは上に手を伸ばして何やら叫んでいる。最初に乗ろうとした商隊主も注目している。自分達が乗りそびれた得体の知れない何かがどう動くのか興味深いことだろう。内心では落ちろとか思ってるのかね。
「お、おお、だ、大丈夫なんだろうな!?」
「このぐらい軽いもんさ。もう着くから待ってな。」
対岸まで二百メイルもないぐらいだろう。増水して流れも激しいため泳ぐにはキツいが上を飛ぶのには何の影響もない。
「その若さで……こんなことができるなんて……実は宮廷魔導士だったりするのか……」
「さすがに違うって。ただの七等星冒険者だよ。」
本当だよ。
「な、七等せ……あ、もう着く……」
近いからね。おー、あっち側からも注目されてるね。飛んでくる奴は珍しくないだろうけど、馬車ごと飛んでくる奴らは珍しいだろうからね。さて、あっち側は王都の管轄だったね。騎士も大勢いそうだ。どこに降りようかな。
適当に広い場所へ着陸。船着き場からはそこそこ離れてるな。遠くから者珍しそうな視線は感じるが。
「ほい毎度。金貨三枚いただきまーす。」
「あ、ああ、どうも、ありがとう……本当に助かった……今さらだが、名前を聞かせてもらっていいかな……私はパスロ商会のローレン。商会と言ってもこの三人しかいないがね」
あー、五人のうち二人は護衛だね。
「クタナツの七等星カース・マーティン。急いでるんだろ? 行っていいよ。もし何かあったらギルドに伝言をするといい。俺のところまで届くかどうかは運次第だけど。」
「クタナツか……行商人としてはいつか行ってみたい所だよ。クタナツのカースさんだね。絶対忘れな……カースだと!?」
おっ、知ってるのかな?
「そうだが?」
「先ほどの絶大な魔力……おまけにあれほどの魔法を使っているにもかかわらず揺れもしない丁寧な魔法制御……まさか、本物の魔王殿なのか……アレクサンドリアに出たと聞いてはいたが……」
おっ、さすが商人。目のつけどころがいいね。それにしても、出たって言い方が元祖の魔王っぽいなぁ。
「正解。どーも魔王でーす。」
「なんて、なんてことだ……これは神の気まぐれか、それとも精霊の導きか……た、頼む! 助けてくれ!」
おや? 何ごとだろうね?
「事情によるな。とりあえず話してみたら? 進みながらさ。」
急いでるんだろうに。
「そ、そうだった! とりあえず乗ってもらえるかい!?」
馬車の御者席に座る。野郎の隣ってのは好ましくないが他に座る場所もないしね。アレクを荷台に座らせるのは嫌なので私の左側に水壁で席を作った。カムイは馬車に近寄ると馬が怯えるのでだいぶ先を歩いている。分岐があってもあいつならどうにかするだろう。コーちゃんもカムイと一緒だ。
「で、聞かせてくれるか?」
「あ、ああ、実は……」
ふむふむ。要は走れメロスってわけか。約束した品を仕入れることができなかったために客先に損害が出た。その損失の埋め合わせをしないことには今後の取り引きも絶望的。期日である明後日の正午までに金貨二百枚を払えなければ担保として置いてきた自分の奥さんが売られてしまうわけか。奴隷として……バカか?
「セーラムやボルドラだけじゃない。アレクサンドル領中を駆けずり回って最高のワインを仕入れてきたんだ! これを捌けば金貨三百枚は軽く超える! 後はもう王都に帰りさえすれば勝てるんだよ!」
「あなた……はめられたのね。相手はどの商会かしら?」
いきなりアレクが口を挟んできた。今の話からよく分かったな……
「くっ……私が間抜けだったんだ……大口の取り引きに浮かれて……仕入れができないなんて予想もしなかったんだ……」
おお……正解かよ。アレクすごいな……
「あなたが仕入れができなかったからって相手の損害の責任を取るなんて普通じゃないわ。よっぽど浮かれてたのかしら。」
「そ、そうだ……もし納品できなかった時には得られるはずだった利益も含めて損害を保証する契約だったんだ……私には確実に仕入れられる経路があったから……万が一にもそのようなことはあり得ないと……最近急騰してるあれを納品できれば私は一気に大商人に近付ける、今後の取り引きも約束すると……」
めちゃくちゃだろ。普通そんな契約するかぁ? まあ自信があったんだろうけどさ。相手にしてみればこいつが納品してもしなくても得じゃん。むしろこいつの奥さんが目当てってケースも考えられる。そういやヒイズルにもいたなぁ。ヒチベの奥さん狙いで領主を動かして店ごと潰したような悪徳商人がさ。クラヤだったっけ?
「ちなみに何を納品する予定だったのかしら?」
「南の大陸産、最高級のケイダスコットンだよ……私の叔父がとある船の船員をしていてね……その伝手でケイダスコットンやコーヒーなどを仕入れることができていたんだが……」
あらー……事情は知らないが確か今はケイダスコットンがローランドに入ってきてないんだよな? 南の大陸がゴタついてるとかってさ。
どの程度の伝手かは知らないが入ってきてないものは仕入れられないだろ。商人のくせに情報を集めてないのか? それとも、それでも勝てると踏んだんだろうか。市場に出回ってない在庫がまだまだあるとかさ。
「だから……起死回生を狙うには王都で高く売れるアレクサンドル領のワインを狙うしかなかったんだ! そして勝ちは見えた……だからこそ! 魔王様に依頼があるのです!」
今度は魔王様ときたか。
「聞くだけ聞くよ。」
長い前振りだったなぁ。




