296、ルミフルブ川を渡れ
頭は下げているが私が差し出した金貨を受け取ろうともしない。参ったな。
「分かった。余計なことをしたらしい。だが、いいのか? このまま俺が行ってしまったら、あいつら暴れると思うが。」
「へえ、それもこれもあっしの身から出た錆ってもんで。仕方ありやせん。ですが魔王の旦那様にかけていただいたご温情は決して忘れるもんじゃありやせん。あっしごときに、本当にありがとうございやした」
うーん……こいつがそう言うならそれでいいけど……個人的にはスッキリしないよなぁ。どうも目的地は同じく王都みたいだし。あっちで再会した時にこいつが大怪我なんかしてたら嫌だぞ。
『鉄塊』
『点火』
『金操』
「これ、燻製肉のお礼ってことで。価値はないけど魔王から貰ったと言うのは自由だからさ。」
「お、おお……ありがとうございやす! 魔王の旦那様から……大事にしやすとも!」
ヒイズルでも何人かにプレゼントしたコインだ。片面はコーちゃん、もう片面はカムイをデザインしてある。ただの鉄製だけど、見る者が見れば私が作ったと分かるはずなんだよね。たぶん……
「それからこれ。あいつの財布。俺を説得して取り返したってことにしときな。少しは違うだろ。じゃあ、元気でな。俺らも王都に行くから道中かあっちで会うかもな。」
「おお……なんとご寛大な……へいっ! ありがたくいただきやす! 魔王の旦那様! またお会いできる日を楽しみにしておりやす!」
いやー驚いたね。あんなに職業意識の強い御者がいるなんてね。御者とは名ばかりのモグリ荷馬車や峠あたりで盗賊に豹変する奴らもいるってのにさ。真っ当な奴が損をする世の中にはなって欲しくないもんだねぇ。燻製肉をもう二本ほどくれたし。
「待たせたね。行こっか。」
「待ってないわよ。カースがやることっていつだって素敵だもの。演劇を見るより楽しい時間だったわ。」
「はは、そう? それならよかったよ。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
もぉー二人とも目ざといんだから。今貰ったばかりの燻製肉をもう寄越せってか。仕方ないなぁ。
『風斬』
半分ずつな。私とアレクも半分ずつ食べるし。
「うふっ。歩きながら燻製肉を食べるなんて不思議な気分だわ。」
「アレクには似合わないはずなのに、それでもかわいいよ。」
右手を私の左腕に回して、左手で燻製肉を持つ。そして小さな口で一生懸命噛みつく姿は官能的ですらあるね。歩きながら噛み噛みしてるだけだってのに。
「もうっ、カースったら。でもこれ本当に美味しいわね。単なる保存食とバカにできないものだわ。」
「だよね。美味しいね。」
鴨の燻製か。見直したね。我が故郷クタナツには悪いが味が違いすぎるもんね。あっちはゴブリン肉って噂があるほどマズいんだよなぁ。でも野垂れ死に予防にみんな買うけどさ。もちろん私も買っていた。原料は謎なんだよなぁ……
そこからは平和な道中だった。色んな馬車とすれ違ったり、走る冒険者に追い抜かれたり。たまには街道も歩いてみるもんだな。
少しばかり残念なのは空気が暑苦しいことだ。気温はそこまで高くないのに湿気のせいだな。もし私達の装備が普通のだったら今頃汗びっしょりになってるところだ。そんで暑い暑いと文句を言いまくってるんだろうな。
ちなみに『微風』と『乾燥』を使って冷たく乾いた風を吹かせている。だって私もアレクも顔はどうしようもないんだもん。
自動防御だと湿度が外と変わらないしね。もっとも、せっかく街道を歩いてるんだから外の空気を感じたいってことはある。
太陽が高い。そろそろ昼だ。ボルドラは東西にそこまで広くないはず、そろそろ着くと思うんだが……
ちなみに、ここまでの道中で車輪が泥濘みにはまって動けなくなった馬車を三台見た。そのうち二台は乗客と御者が協力してリカバリーしていた。残る一台はそれでも動かないらしく私が『浮身』を使ってやった。どうやら荷物が重過ぎたらしい。やっぱみんな積めるだけ積もうとするのね。後先考えろってんだ。たぶん個人個人の魔力庫や魔力鞄も限界まで詰めてるんだろうな。気持ちは分からんでもないが……
おっ、見えた。ルミフルブ川。この川を越えると王都なんだよな。初めてボルドラに来た時は南からこの川沿いに北上したんだったな。
上から見たから知ってるんだよね。この川に橋はない。代わりに渡し船があるんだったか。大型の馬車も多いからそれに応じて大型の渡し船もあるとかさ。そのはずなんだけど……えらく混雑してるな?




