292、ボルドラの役者達
馬車寄せに停車。この屋敷は生意気に馬車寄せがあるんだよな。これなら雨の日の乗り降りでも濡れないわけね。いいなこれ。
「ほれ。お前もお疲れだったな。取っときな。」
金貨を一枚プレゼント。運賃はさっきのあいつが前払いしていたらしいからな。これはチップなのだ。もちろん口止め料も含む。
「こ、こりゃどうも……そんじゃあっしはこれで……」
「ああ。後のことは心配しなくていいぞ。お前は何も見ていない。だから消されることもないんだからさ。」
「も、もちろんでさ……」
実際のところ御者がよそで今回のことを喋ったとしても、私達にダメージなんてないんだよな。そもそもあいつの方から吹っかけた決闘だしね。私はそれに応じてやっただけ。何も文句を言われる筋合いなどないのだ。おまけに証人はアレクだし。
「いらっしゃいませ。当家にどのようなご用件でしょうか」
馬車寄せに現れたのはメイドさんか。当家と言ったってことは三女が連れてる方ではなく、普通にこの家で働いてる方だな。
「私はアレクサンドル家のアレクサンドリーネ。こちらにアンジェリーヌお姉様が来てらっしゃるわね? 会いに来たの。案内してちょうだい。」
「お待ちください」
そういやここのメイドって常駐じゃなくて夜には帰るとかって言ってたな。それにしては肝が座ってるんじゃない? アレクの上級貴族オーラを目の前にして冷静に対応できてるし。
おお、いきなり扉が開いたかと思えば……三女、じゃなくて三女アンジェリーヌに化けたロキサーヌか。
「んまあぁ! アレックス! 久しぶりだわ! よく来てくれたわね! 疲れたでしょう? 疲れたわよね! ならまずはお風呂ね! お風呂にするわね! こっちよ! いらっしゃい!」
「お姉様こそお元気そうで何よりですわ。ではお邪魔いたします。」
自分ちじゃないくせに我が物顔で振る舞うところが三女らしいんだろうな。ロキサーヌもやるじゃん。演技派だね。
「そこのお前、こちらの男はガストンのところに連れていきなさい。報告させることがあるの。」
「かしこまりました」
メイドの名前を覚えてないふりも三女っぽいんだろうな。ロキサーヌは一瞬だけ私に申し訳なさそうな目を向けた。心配しなくても分かってるって。お前らは風呂で、私は偽ガストンに化けたあいつと情報交換をしろってんだろ? お互い邪魔の入らない場所でさ。
「アレックス! 行くわよ! こうして会うのはいつぶりかしらね! 懐かしいわあ!」
たぶん初対面だぜ。知ってるんだろうけど。
「旦那様はこちらでございます」
「今は何をされておいでなんだい?」
「通常業務でございます」
そりゃそうだろうけど。詳しくは知らないんだろ?
「こちらでございます。では私はこれにて」
愛想がないねぇ。通いのメイドってのはこんなもんなんだろうか。いや、それはマーリンもか。大違いだね。
「失礼します。お久しぶりですガストンさん。カースですよ。」
ガストンじゃない上に偽ガストンですらないけどさ。
「まっ、魔王殿! ようこそ参られた! ささ、どうぞお入りくだされ!」
フランティア騎士団の魔法部隊、フェイン・ド・リリアスって言ったかな。ロキサーヌといい仲なんだよね。よし、メイドがいなくなったから演技終了。
「大した用はないんだけどさ。アレクサンドリアで色々あったもんで一応知らせておこうと思ってね。」
本当はボルドラの料理を食べにきたんだけどさ。
「アレクサンドリアで? モーガン様も行かれていると思いますが……」
「後日モーガンさんからもあれこれ聞けると思うよ。まずはこちらから話しておくわ。」
色々あったもんなぁ。
「というわけ。残念ながらガストンには逃げられたけど、アレクサンドル家の贋金作りはほぼ確定。むしろガストンがアレクサンドル家を動かしてたらしくてさ。もうめちゃくちゃさ。」
「なんと……まさかそのようなことになっていたとは……そこに魔王殿まで大暴れとは。災難でしたな」
私の知ったことじゃないけどね。ベゼルのじいちゃんを傷つけた奴らが悪いんだしね。
「そっちはどうだった? 偽ガストンや三女の証言とかさ。」
「ええ、どうも三女アンジェリーヌは偽ガストンことレソースに惚れ込んだらしいのです。むろんガストン本人と思い込んだままで」
あらま……えらく能天気だな。悪い男が好きとか? それにしても貴族のくせに節穴だなぁ。男を見る目なしかよ。
「贋金については何か知ってた?」
「いえ、レソースの役目はガストンに代わってボルドラを治めることぐらいのようです。ただ、治めるってよりは遊んでただけですね。それこそ連日パーティー三昧で」
あー、盗賊でしかなかった奴が身代わりとはいえ領主にまでなったんだもんなぁ。そりゃあ舞い上がるだろうね。おまけに何の間違いか雲の上の大貴族の令嬢が自分に惚れてるんだから。そりゃ毎日パーティーするわな。
「三女の方はとうとうガストンが偽物だと気付かなかったわけか。」
「そのようで。ガストン本人としてもあいつらが派手にやってるものですから、いい目眩しになったんじゃないでしょうか」
そんなもんかな。確かに領主はガストンだと思われていたみたいだし。ボルドラにいるというアリバイにはなるかな。アリバイなんか作って意味があるかどうかはともかく。
「いずれにしてもボルドラ領は領主不在になるわけか。今後どうするかはモーガンさんと相談かな。」
「ええ。もはや我々が関知するところではありませんからね。ただの魔法部隊でしかない私には荷が勝ちすぎてますよ……」
そりゃそうだ。私だって仮初とは言え、領主のふりや今後の領地の運営なんて考えたくもない。領民の命を預かる立場ってのはプレッシャーがきついんだろうなぁ。まともな領主であればあるほど。
ムカついたら領民だろうが気にせず焼き尽くすような腐れ貴族になんかなれるはずもないし、領民を的にして魔法を撃ち込んで喜ぶような領主にもなりたくない。やっぱ冒険者が一番だよなぁ。
貴族はつらいね。




