291、雨模様と人間模様
それから五分もしないうちに御者が戻ってきた。
「すいやせんお客さん。どうもあっちぁ車軸が折れちまったみたいで。どうにもなりやせんや。そこで申し訳ないんですが、あっちの客を乗せてやっちゃいただけやせんか?」
あらま。それなら仕方ないね。世の中助け合いだからね。
「いいよ。何人だい?」
「そ、それが四人なんで……」
うーん無理。そりゃあぎちぎちに詰めれば入るだろうよ。でも嫌だね。せっかくアレクと二人きりの密室だってのに。
「そりゃ無理だな。仕方ないからちょっと待ってな。どの馬車?」
「へ、へいこちらで……」
「ちょっと待っててね。」
「ええ、私はどっちでもいいわ。カースに任せるわね。」
アレクは寛大だなぁ。
『風壁』
屋根を用意してっと……
うーん、地面は相当ぬかるんでるね。このせいで車軸に変な負担がかかって折れたとか? でも大雨が降ることもこれだけ泥濘むことも想定内だろうになぁ。単なる経年劣化とかかな?
おっ、あれか。私達が乗ってる馬車より大きいじゃん。というかこいつら……自分らが乗ってる馬車の調子が悪いってのに降りないのかよ。いくら大雨だからってさ。乗ってても解決しないぞ?
『浮身』
まっ、いいけどね。面倒な説教なんかする気はない。私達側の御者に免じてボルドラに着くまでの間ぐらいは助けてやるよ。
「ほれ、車体は浮かせておいた。あれなら車軸が折れてても引っ張れるだろ。」
「お、おお……なんという……ありがとうごぜえます! おっ、おいドム! 出てこい!もう大丈夫だぞ!」
「へっ……?」
車体の下から男が出てきた。頑張って応急処置でもしようとしたんだろうね。泥水にまみれちゃってさ。偉いね。
『風壁』
『浄化』
『乾燥』
偉いからきれいきれいしてやった。
「もう出発していいぞ。折れた部品の回収は忘れるなよ?」
「はへっ? へっ、へい!」
「よかったなあドム! こちらのお客さんが助けてくだすったんだあ! よおくお礼を言うんだぞ!」
「へっ! へい! あ、ありがとうごぜえますだ! な、何と言ったらいいか……ありがとうごぜえます!」
うんうん。それだよそれ。心のこもった一言。そんなの大好きだね。助けてよかったなぁ。
「おい! まだか! さっさとしろ!」
「いつまで待たせる気だ! 早く出さんか!」
「へ、へい……そ、そんじゃ旦那ぁ、ほんとに助かりやした。これにてごめんなすって……」
「おう。あまり急いで行くなよ?」
荷台がかなり軽くなったからね。ペースが三倍上がってもおかしくない。でも雨の日だからね。急ぐとまた事故るぜ?
「お客さん……ドムを助けていただきありがとうございやした。本当に……」
「困った時はお互い様だからな。気にするな。」
でもあの乗客にはムカついた。あいつらともボルドラで出くわすんだろうか。
「……という感じだったんだよ。やれやれだよね。」
「お客様気分てやつかしら。当事者意識がないのね。自分達が乗ってる馬車なのに。それでも助けてあげたカースは素敵ね。見た目は魔王、心は貴族ね!」
ちょっと何言ってるか分からないけど、嬉しいね。
「もうすぐボルドラでさぁ」
おっ、ようやくか。曇ってるから時間がよく分からないんだよな。でも夕暮れまでに着いてよかったね。
「じゃあ入ったら領主邸に向かってちょうだい。」
「へいっ!」
城門はアレクがいるからフリーパス。いつの間にやらコーちゃんとカムイも帰ってきたし。
街の中へと入った。さすがにアレクサンドリアと比べると小さな街だが、建物のおしゃれ具合や大きさはセーラムより少しだけ上だろうか。
街の様子に変化は見えない。ロキサーヌ達がうまくやってるってことだろう。
「もうすぐ領主邸ですが……どうしやす?」
あぁ、本来なら御者が門の前で口上を述べるところだが、こいつは私達のことを知らないもんな。
「構わないわ。正門前に騎士がいればこちらに寄越しなさい。」
「へ、へい……」
普通は門番の騎士が二、三人はいるはずだが……一人しかいないじゃん。人手不足か?
「何者だ?」
騎士は面倒くさそうな顔を隠しもせず馬車の扉を開けた。
「私はアレクサンドル家のアレクサンドリーネ。アンジェリーヌお姉様に会いに来たの。来てるわよね?」
「ア、アレクサン……はっ、ははぁ!」
さすがアレク。真実しか言ってない。やっぱ上級貴族オーラは無敵だな。あっさりと正門が開いた。さて、三女アンジェリーヌに化けたロキサーヌはどうしてるかな?




