289、雨とナンパ
逃げるアレクにもう少しで追いつきそう。ふふっ、待て待てー。足元はもうとっくにぬかるんでる。さすがのドラゴンブーツも滑っちゃいそうだぜ。
「あれ?」
急に雨が止んだ。いや違う。誰かが魔法を使ったのか。頭上に風壁を。
「これはこれは水も滴る美しき姫君。ですが滴り過ぎても美貌を損なうもの。つい邪魔をしてしまった私をお許しいただけますかな?」
馬車の窓からナンパかよ。貴族かと思ったら辻馬車じゃん。辻馬車って街道も通ってくれるもんなのね。チャーターした的な? こいつが好きに動かしてるところを見ると乗り合い馬車ではなさそうかな。
「好きで濡れてるの。気にしなくていいわよ。じゃあね?」
一瞬足を止めたアレクだったが、すぐに走り始めた。待て待てー。
「くっ、おい! 出せ!」
「へーい」
御者さんも大変だね。
「待て貴様! 姫の後を追ってどうするつもりだ!」
あらま、矛先が私に向いちゃったよ。
「特に考えてはないが、そこらで押し倒すのも悪くないな。」
でも雨の中で野外プレイってのはちょっと嫌だな。いくら何でもレベルが高すぎる。意外と燃えそうな気はするけどさ。
「うぬっ! 何と不埒なことを! ならばそれ以上行かせるわけにはいかん! 足を止めよ! さもなくば私が相手だ!」
あ、こいつマジだ。そこそこいい魔力持ってやがるし。仕方ないなぁ。
「すまんな。実はこれ恋人同士の悪い遊びなんだよ。だから首を突っ込まない方がいいぞ?」
リア充を見ると精神を焼き尽くされる奴だって世の中にはいるんだしさ。アレクを目の前にしていいとこ見せたいって気持ちは分からんでもないけど。
「おのれ世迷言を! 貴様のような不埒な者の言うことなど誰が信じるものか! 止まらぬというならこちらにも考えがあるぞ!」
「あのさぁ、俺とあの子の服装を見てから言えよ。どう見てもお揃いじゃん。分かる?」
分かれよな……
「貴様……それほどまで姫に懸想しているのか! おおかた姫の服を盗んだか、こっそり盗み見して同じものを作ったのであろう! 見下げ果てた男もいたものだな!」
なぜかこの手の男って人の話を聞かないよなぁ。こいつら系を惹き寄せるアレクの魅力が悪いとも言えるか……いやいやそんなわけないね。
「あのさぁ、この素材って何だと思う? 当てたらあの子とデートさせてやるぞ?」
土砂降りのせいで見えにくいとは思うけどね。会話をするのも実は大変なんだぞ?
「ふん! どこまでも世迷言を! そのような流行りのウエストコートの素材など! おおかたそこらの魔物革であろう! 姫の高貴なウエストコートとは大違いではないか!」
はい残念。節穴けってーい。
『アレク、戻ってきてくれる?』
せっかく雨の中のイチャイチャ追いかけっこを楽しんでたってのに。無粋な奴もいたもんだ。
おっ、来た来た。どわっ! 飛び込んできた。ずぶ濡れのアレクを抱きとめる。いつもより重いなぁ。でも濡れた顔がセクシー。
「こういうわけだ。俺達は相思相愛ってわけだからさ。せっかくアレクを気にかけてもらって悪いが先に行ってくれ。」
純粋に、雨に濡れた女の子を助けてやりたいって気持ちもほんの少しぐらいはあったと思うしね。完全なる下衆な軟派野郎ってこともないだろうさ。
「ひ、姫……もしや脅されているのか? はっ! しかも同じ服を着るよう強要されているのではないか!? そうだろう!? そうなんだろう!?」
気付けよ……ほら、御者さんだって気の毒そうな顔してこっち見てるし。雨の中ご苦労様だぜ……
「カース、この馬車に乗るわよ?」
「うん、いいよ。」
アレクは何を言い出すんだ? もちろんオッケーだけどさ。
『風壁』
『乾燥』
屋根を用意してから乾かした。完全ではないけどね。ほんの少しの湿り気は残ってるぐらいに。
「お邪魔するわね。」
「邪魔するぜ。」
「おお……姫、ようこそ! だが貴様まで招いた覚えはない! さっさと降りぬか!」
そもそもアレクだって招いてないだろ。
「いいわよ。出して。」
「へいっ!」
御者さんたら。アレクの指示に喜んで従ってるよ。やっぱ上級貴族のオーラは隠せないもんだよな。
「私はアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル。公爵家ではなく分家の方よ。あなたは?」
アレクったら一方的に話し始めちゃったよ。だってそもそもこいつが人の話を聞いてないんだからさ。
「なっ、アレクサンドル家ですと……!? わ、私はアレクサンドル騎士団魔法部隊のイクサル・ド・ロンと申します。分家とはいえアレクサンドル家に連なる姫がなぜこのようなことを……」
「誰だって時には雨に打たれてみたくなることぐらいあるじゃない? あなたこそ何を呑気に馬車なんかに乗ってるの?」
なんとまあ。アレクサンドル騎士団かよ。領都アレクサンドリアの状況を知らないんだろうなぁ。
「呑気ですと? 聞き捨てなりませんな。私はこれでも任務の途中なのですぞ?」
任務の途中にナンパなんかしてんじゃねぇよ……
「あなたがアレクサンドリアを出発したのはいつ?」
「三日前です。それが何か?」
やっぱ知らないんじゃん。しかも領都から三日も前って、どんだけのんびり移動してんだよ。歩きの私達より遅いじゃん。
「大したことじゃないわ。一つ忠告をするなら、帰った方がいいわよ。今アレクサンドリアは大変なことになってるから。あなたの任務が何かは知らないけど、あっちでは一人でも人手が欲しいはずよ? 魔法部隊ならなおさらね。」
そりゃそうだ。こいつが仕事できるタイプなのかはともかく。居ないよりはマシだろ。
「何ですと? 一体何事が起こったのですか?」
むしろまだ噂が流れてないことに驚きだわ。さっきの街でも途中の村でも物流の影響は感じたが領都での惨事が知られてない感じだったもんな。
「アレクサンドル騎士団は魔王の怒りに触れてしまったの。それで一部が破壊されたわ。ところで、私と一緒にいることから彼の名に心当たりはないかしら? もっとも、私のことなんか知らないと言われたらそれまでだけれど。」
王都やフランティアの人間ならアレクのことを知っててもおかしくはないけど、アレクサンドリアの者だと知らないんだろうなぁ。さっきだってアレクサンドリーネって名前より家名の方に驚いてたし。
「まおう? それより申し訳ないが、アレクサンドル家は分家が多いもので……どちらの方なので?」
やっぱ知らないのね。魔王についてはスルーかよ。やっぱこいつ呑気だわ。
「フランティア辺境伯領はクタナツの男爵家。父はアドリアン・ド・アレクサンドルよ。で、どう? まだ彼の正体に気付かないのかしら。」
フランティアにアレクサンドル家の分家は二つあるんだよな。領都の伯爵家とクタナツの男爵家。クタナツって名前でぴんと来ないもんかねぇ? さっき魔王を話題に出したのに。
「このような不埒な男など! ん? クタナツ……男爵家……騎士長殿か!」
おっ、さすがにアレクパパのことは知ってるのね。偉い。
「ということは姫は……氷の女神殿か! 豪奢な金髪が煌めく才色兼備の魔法使いだと聞いております! そうでしたか! あなたがかの女神でしたか! ううむ……なんという美しさ! 噂の方が控えめですな!」
おお。知ってんじゃん。アレクサンドリーネって名前では分からなかったくせに。
「ご存知でしたのね。だったら私の伴侶たるこちらの彼についても当然ご存知ですわよね?」
おっ、言葉遣いが変わった。丁寧なのに威圧感マシマシ。さあどうだ? 知ってるか?




