6話
「大学の授業は大変そうだな。協力して単位を取ろうではないか、1本の矢は簡単に折れるが、3本束ねれば容易には折れないのだ」
除霊の仕事から二日後。柳生が同人サークルで仲良くなった橋本という妙な言葉遣いをする男と俺も仲良くなり、3人でよくつるむようになっていた。
「せやなぁ。同じ授業取るようにしたし、みんなで力合わせて頑張らなアカンな」
みな他力本願寺で単位を取ろうという魂胆であり誉められたものではないのだが、『協力して』というお題目を付けると爽やかな響きになる。これが絆というものだ。
「兎にも角にも腹ごしらえだな。学食も混むから早く行かないと」
「GWを過ぎると幾分空くらしいで?」
「なんで?」
「理由は聞いてへんなぁ。外食する人が増えるんやろか?」
確かに大学の周りはラーメンにつけ麵に油そばなど、大学生が好む麺類を筆頭に、食事処が所狭しと乱立している。バイトで金が出来れば、そういう所に足を運ぶのも悪くない。だが、橋本曰くそれだけではないらしい。
「拙者が聞いたのは、そもそも大学に来る人が減るとな」
「そうなのか。……橋本と一緒に居れるのもGWまでか。寂しくなるな」
「拙者がそんな意思よわよわ人間に見えるか?」
「お世辞にも強そうとは言えないな」
眼鏡をクイッ、と上げて格好つけているが、そのぽっちゃり体型を見るとどうしても思ってしまう。偏見だと言わるかもしれないが、食堂に来ているのに連日カップ麺と菓子パンを昼食にしているのだから仕方ない。
食券購入の列から外れてお湯を注ぎに向かう橋本を見て、なんだか切なくなってくる。
「日替わり定食だってワンコインだし、栄養的なコスパは絶対学食の方が良いだろ。どうしてあんな飯を……」
「色々とグッズを買うために節約してるんやて。バイトもあまり入れとうない言うてるし、まぁハシモンの考えなんやろ」
そういやバッグにたくさんアニメか何かの缶バッチを付けていたな。俺もアニメはよく見るが、大学にそのグッズを大量に持ってくる勇気は素直に感服する。
「先に席を確保してくれるから助かりはするけどな」
千代田さんおすすめの塩サバ定食をトレイに載せ、俺と柳生は橋本の待つテーブルに向かう。
ズズズズズッ! と大きな音を立てて麵を啜る橋本を尻目に、俺も鯖に齧り付く。確かに値段の割に旨い。
「そういや同人サークルの方はどうなんだ? 新歓とか行ったのか?」
「モチのロンやで~。カラオケ行ってな、アニソンの大合唱や。次の人が履歴見たらビビるやろなぁ」
「拙者もあの会は楽しかったな。このために大学の入学のために努力したのだと強く感じたのだ」
大学に入る目的がカラオケとは、やっぱりGWでお別れか。推薦入学の奴はこんなもんだろう。
「ハシモン、女子がいるからて緊張して全然歌ってへんかったやん」
「は? 先輩を立てて遠慮しただけだゼ。そんな、拙者が緊張するわけ、ないだろう」
「アハハ、言い訳が陽一そっくりやなぁ」
楽しく食事をしていた手がピタッと止まる。俺がこいつと似てる?
「おいおい、冗談が過ぎるだろ柳生。こんな推薦野郎と一緒にされると困るんだが」
「ほぉう、浪人生は年上のはずだが余裕がないな。推薦がずるいと思うならば高校の授業やテストをしっかりとしてれば良かったのではないか? ん?」
「なんだとぉ……」
同じく浪人している柳生は俺の味方をしてくれると思ったが、まるでコントでも見てるかのように腹を抱えて笑っている。コイツ……。
「あら、陽一くん。楽しそうじゃない」
一触即発、といったところで背後から聞き覚えのある声が響く。後ろを振り返ると、そこには席を探している最中の千代田さんが立っていた。
「あ、千代田さん。いや、楽しくはないですよ。こいつが……」
「喧嘩するほど、ってやつでしょ。柳生くんもこないだぶりね」
柳生がぺこぺこと会釈するのに対し、橋本は口をあんぐりと開けて千代田さんを見つめていた。
「じゃあ陽一くん、今日もあの場所でね」
千代田さんはウインクしながらそう言い残して去っていく。後ろ姿にときめいていると、橋本が体を乗り出して俺の身体を強く揺さぶってきた。
「き、貴様ぁ! 今まで彼女がいないと言っていたのに、どういう関係なのだ今の麗しい人とは!」
声がでけぇよバカ。でもま、仕方ないか。両手を前に出し、橋本に落ち着けよと宥める。
「2人でサークルというかバイトというか……。内容は秘密なんだけどな。悪いな、なんか」
「裏切り者ぉ! 何故貴様だけあんな奇麗な方と……! リア充は滅べばよし!」
おいおい、そんなに揺らすなよ。飯が食べづらい、どころではなくお茶が零れた。
優雅に机を拭きながら俺が優越感に浸っていると、今度は橋本の後ろから凛とした声が響く。
「悪かったわね、橋本くん。先輩が春奈じゃなく私で」
俺が顔を上げると、そこには眼つきの鋭いロングストレ―トの髪をした女性が仁王立ちしていた。次に目線を下げると、橋本が青ざめた表情で硬直していた。
「あ、麗華さんお疲れ様ですぅ~」
空気が読めないのか柳生は軽く挨拶をする。麗華と呼ばれた女性は、柳生に対しては柔和な表情で返すものの、こめかみには青筋が立っていた。
同人サークルに居ると言っていた千代田さんの友人はこの人だろうか。
「いや、違うのです。麗華様と比較をして羨ましがったわけではなくてですな……」
「様付けとかされても困るのだけれど」
「あっ、すびばせん……」
蛇に睨まれた蛙のように、しおらしくなっていく橋本を見ると流石に可愛そうに思えてくる。千代田さんの優しさに甘えて、俺は調子に乗ってしまっていたんだろう。
「いや麗華さん、信じてくだせえ。『二人きり』というのが羨ましいのであってですな、決して胸の大小とかでは……。あれっ、まずった?」
同情した俺が馬鹿だった。こいつ、よくこの態度で推薦取れたな。なにか買収してたりしない?
「じゃあ私とも二人きりになりましょ」
麗華さんは目を更に細めながら橋本の襟をつかみ、ずるずると引き摺っていく。なんだ、羨ましいじゃあないか。かつあげに遭ったいじめられっ子みたいになってるけど。
「ああ、桐島と……赤城くんだったかな。今日はここで、また今度ね」
「「イエスマム」」
俺たちに対しては爽やかに別れを告げ、麗華さんは橋本と共に去っていく。
「……同人サークルには素晴らしい先輩がいるんだな」
俺が隣にいた柳生に声をかけると、まるで赤べこのように感情のないまま何度も頷く。流石の柳生も今の光景には恐怖心を覚えたのだろう。
「陽一もたまには遊びに来るとええで」
「いつかな。行けたら行くよ」
まぁ、傍から見ていれば楽しそうではあるが。
姿が小さくなっていく橋本に対し手を振り見送り、俺は塩サバ定食に箸を伸ばす。だが、柳生はそれを止めるように、どこか神妙な顔をして俺の方を見る。
「どうした? 俺の顔になんか付いてるか?」
「そういやな、幽霊の事で今思い出したことがあるんやけど」
柳生は顔を近づけ、小声で話す。
「同人サークルにおる別の友人がな、学科内で『家族に幽霊が取り憑いた』って人がおるらしいねん。結構困っとるみたいで、なんとか千代田さんに繋いで助けてもらえんかな」
「と言っても家族となると、幽霊が本当に憑いてるかは見ても分からないしな。一応千代田さんには伝えておくけど。あと有料になるのは覚悟しといてもらえれば」
「そかそか。じゃあ頼むな。お金の話は依頼人に俺が伝えとくわ」
———この件から思いもよらず大変な事件に巻き込まれるなど露知らず、俺は定食を平らげるのだった。




