5話
つい流れで千代田さんと2人きり、食事に行くことになってしまった。
流石にレストランみたいなところは緊張するし、ここは手軽に食べられるような店にしようかな。
「じゃあ……麺類のお店で」
「おっけー! 早速行こっか」
片付けと着替えを済ませた後外に出て、千代田さんはお腹を空かせていたのか上機嫌で近くのラーメン屋を目指す。
「ここ! 私の行きつけのお店よ。他にもたくさんあるけどね」
店の看板には、でかでかと「濃厚」「家系」という文字が飾られている。店のドアは閉まっているが、嗅ぐだけで満腹になってしまうのではというほどに濃厚な豚骨の臭いが漂ってくる。
もう少しあっさり目のところを想像していたんだけど、対極な店が現れたな。
「濃厚ラーメンを無料の大盛り+ライス。硬め濃いめ普通が私のおススメね」
「呪文か何かですか。最後の普通ってのは一体……?」
「油よ、油。味的には多めがいいのだけれど、女の子だからね」
照れくさそうに千代田さんは顔を赤らめているが、問題はそこだけなのだろうか。
店内にはカウンターしかなかったため、横隣りに座ると、千代田さんから微かに甘い香りがした。ラーメンの匂いと混ざって、何とも言えない匂いを形成しているが。
「いやー、とにかくお疲れ様。はい乾杯」
お冷を入れたグラスをカチンと鳴らし、のどを潤す。
「そう言えば千代田さんはいつからこの仕事をしているんですか?」
「んー、子供の頃から両親の手伝いを少ししてたけど、本格的に始めたのは去年の夏ごろね」
「両親がやっているってことは、大学卒業しても続けるんですか?」
「できればそうしたいけど、本業でやるには稼ぎが不安なのよねー。お父さんも副業で、半ば慈善事業みたいな感じだから」
まぁ確かに、学生のバイトとしてなら問題ないが、これ一本で生計を立てるには心もとない気もする。
「ただ、霊能力を持って生まれたからには、それを駆使して人助けするのが持っているものの義務よね」
千代田さんは何もかもを優しく包み込むように両手を広げ、慈悲の声色で話す。
「……でもお金は取るんですね」
「そりゃそうよ、お金を取るから責任が生まれるの。それに、有料でも今日みたいな厄介な客が来るのに、タダにしたらどんな客層になるか分かったもんじゃないわ。どちらの立場に立っても、タダより怖いものはない、ってね」
そんなもんか、と俺は深く考えずにちびちびと水を口に含む。
「それでどう? 幽霊の事怖がっていたけど、問題なかったかしら?」
「こ、怖くはないですよ? 嫌な気分になるだけで、怖くはないですから」
「ふーん。私は陽一くんが居てくれると、とっても心強いんだけどなぁ」
にやにやとしながら、千代田さんは上目遣いで覗いてくる。とても可愛くてずるい。
「ま、まぁ。実際に幽霊が憑いてる客が来ないとなんとも……」
「それもそうね」
取り合えず回答は保留とすることに成功し、心の中で安堵の溜息を吐く。
そりゃあ千代田さんと一緒に入れるのは嬉しいけども、仕方ないじゃない怖いんだもの。いや、怖いんじゃなく苦手なだけだ。
「あっ、来た来た。冷めないうちに食べましょ」
千代田さんは舌なめずりをしながら、両手を合わせて「いただきまーす」と発すると、慣れた手つきで卓上のおろしにんにくをスープの中に投入していく。
「ガッツリ入れますね」
「ニンニクの無い家系ラーメンなんて、ケーキの無いクリスマスみたいなものよ。ほらこうやって、蓮華の上に海苔と白米を重ねて、白米を海苔で包むでしょ。スープにドボンと一回浸せば、家系ラーメンおにぎりの完成よ!」
嬉々としてオリジナルの食べ方を披露している千代田さんを見ていると、なんだかとても安心した。女子と2人きりで話すのが緊張するなんて考えていた自分が馬鹿みたいだ。
確かに一人で幽霊に対峙するのは怖い……わけではなく嫌かもしれないが、千代田さんとならそんなことも無いかもしれない。
「それでね、大学の食堂のおススメメニューは鯖の塩焼き定食で……」
大学の施設や授業の話をしながら、楽しい時間が過ぎていく。
「ふ~、食った食った。ご馳走様」
大盛りにライスを付けると、流石に満腹になる。腹を摩りながら、そういえば千代田さんも同じ量頼んだんだよな、と隣を見てみると。
ゴク、ゴク、とどんぶりを両手で持ち上げてスープを飲み干さんと天を仰いでいる。
「ひ、ひえっ」
「……っ、ふー」
恐れ慄いている俺を知ってか知らずか、千代田さんは空になったどんぶりを静かに机へ置く。
「ラーメンのスープを飲むと水が飲みたくなるし、水を飲むとラーメンのスープが欲しくなるのよね。これってサウナと水風呂を往復して整うのと似たようなものかしら」
「健康、大丈夫なんですかそれ……」
「健康診断は全然問題ないわよ。このために油を少なめにしているしね」
「それ若いから何とかなってるだけですよ」
そもそも油は少なめじゃなくて普通だし、油より塩分の方がやばいんじゃなかろうか。
「ちゃんとエチケットだってしっかりしてるわ。はいこれ」
そう言ってバカでかいブレスケアの容器を取り出すと、手渡しで何粒かくれる。
「ありがとうございます……」
「やっぱり一人で食べるより美味しく感じるわ。何故か最近大学の女友達を誘っても付いて来てくれないし」
そらそうよ。
桐島の関西弁が移ったのか、心の中でそう叫びながら愛想笑いを浮かべる。
……やっぱり、この人も怖いかもしれない。




