4話
その時間から5分ほど遅れて姿を現したのは若い女性で、女子大生のようだった。そして今度も、幽霊はいないようだ。
「では、症状をお聞かせください」
千代田さんは先ほどの男性の時と同じようにカウンセリングを始める。どこか先ほどと打って変わり、やる気が削がれて見えるのは客が遅刻してきたのに加え、嫌な雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
前回の客と異なり、どうにも切羽詰まっているようには見えなかった。
「この前新しい彼氏と別れて~、私って男運がないじゃない?」
知らんがな。と言いたい気持ちをぐっと抑えて、ただ無言で話を聞き続ける。
「酷いのよ、デートで連れてかれる場所が~」
そこから10分以上、恋愛関連の愚痴を聞かされ続ける。そういうのは友達にすればいいのでは、とも思うが、あんまり友達も居ないのかもしれない。予約の時間に遅れて何も言わないし、他責思考が強いし、症状ではなく愚痴ばかりで他人の話を聞かなそうだし。
困っているのはそうなのかもしれないが、とても手を差し伸べようという気にはなれない。千代田さんはどうするのか、とチラッと横目で見ると、机の下から水晶のようなものを取り出した。
「……話は大体わかりました。では幽霊の姿を確認するので、こちらの水晶に手をかざしてください」
幽霊がいないのは分かっているはずだが、敢えて一手順挟む。恐らく「憑いていない」と告げるつもりなのだろう。客の女性はまだ話し足りないようだったが、渋々というように眉を顰めて手をかざす。
そして、暫く観察している体裁を見せた後に千代田さんが告げる。
「良かったですね。貴女に幽霊は取り憑いていません」
千代田さんも客の話に嫌気がさしていたのか、少し暗い声色だった。それが原因……ではないだろうが、客の女性は激昂して否定する。
「はぁ~? んなわけないでしょ! こんな運が悪いのなんて幽霊か何かの仕業に決まってんじゃん!」
性格のせいだろうなぁ、と言ってしまいたい。けど言ったら言ったで面倒なことになりそうだ。はらはらしながら、千代田さんを再び見つめる。
実際はどうか分からないが、表面上は落ち着き払った様子で客に相対しており、心の中で凄いなと呟く。
「一つアドバイスをするなら、自分を客観的に見れるようになった方が良いでしょう。そうすれば、変な虫も寄ってこなくなりますよ」
「なに、馬鹿にしてんの!? 除霊してくれるって言うから来たのに、こんなの詐欺じゃん! 訴えてやるから!」
ぎゃーぎゃーと喚く客に対し、千代田さんは覚悟を決めたように真っ直ぐとした目で見据える。
「仕方ないわ。そんなに私の言葉が信じられぬようであれば、見せてあげましょう。本物の霊というものを」
千代田さんが水晶に手をかざすと、先の客で見た光の珠が千代田さんの身体から放出していく。前よりもくっきりと見え、それが一か所に集まっていき何かを形成していく。
「あ……、ああ……」
今回は客にもそれが見えているのか、これまでの威勢はどこへやら、驚愕の表情で椅子を後ろに引いて距離をとる。
そして、その光の珠はまさしく幽霊の形となった。
「これが幽霊よ、貴女の傍には居ないでしょう。今回は相談料だけの2千円、その分のアドバイスを心に受け止めて……」
だが、その客はパニックが頂点に達したのか、背を向けて逃げ出していった。
「あ、ちょっと待ちなさい! まだお代が……!」
まずい、と考えた時には自分の身体が動き出していた。
客の女性の足は速くなく、直ぐに追いついて進行方向に立ち塞がる。
「お代、2千円をお支払いください」
まるで親の仇かのように睨み付けられるが、どうやら観念したのか財布の中から千円札を2枚取り出し、床に叩きつけて去っていく。
「はぁ……」
後ろ姿が見えなくなるのを待って、床に落ちた皺くちゃの千円札を拾い上げて元のブースへ戻っていく。
「一応、回収しましたけど……これで良かったですか?」
「う、うん。ありがとう、助かったわ。ふふっ、とても格好良かった」
千代田さんはほっと胸をなでおろして、顔を紅潮させながらお金を受け取る。
……まぁ、この表情を見れただけでも、勇気を出した甲斐はあったのかもしれない。
しかし、まさか自分があんなに素早く動けるとは思えなかった。幽霊を見た直後だというのに。いや、あれは本当に幽霊なのだろうか。
「千代田さん、さっき見せてくれた幽霊って、本物ですか?」
「そうよ。といっても普通の幽霊じゃなくて、守護霊みたいなものだけれどね。あと、水晶は特に何の意味もないわ」
何がどう違うのかはよく分からないが、どうやら悪意を振りまくような存在ではないらしい。いつもの幽霊と違って嫌悪や恐怖などは一切感じなかった。
「でも格好良かったのは千代田さんの方ですよ。俺じゃあんなに落ち着き払って応対できないですもん」
「まあね! ……でも、一人じゃ無理かな。傍に貴方がいたから出来たのよ」
「じゃあ、この仕事に俺を誘ったのは……」
「ええ。除霊を頼みに来る客は、実際に幽霊が憑いているか否かは関係なくて、ああいう情緒が乱れた人が一定数来るのよ。霊が見える人じゃないと信用して手伝いをしてくれないだろうし」
客の対応時間で言えば一人目の半分以下だったが、疲労は逆に2人目の方が大きかったのか、項垂れるように千代田さんは机に突っ伏した。
「なんか、大変ですね……」
俺が守らなくては、なんて大層なことを言う気はないが、逃げ出すことは完全に出来なくなってしまったようだ。
「ごめんごめん、なんか気落ちしちゃったみたい。陽一くんの初出勤なのにね」
がばっ、と顔を上げ、千代田さんは受け取った2千円を振りながら、切り替えて笑顔を作る。
「今日はもう予約もないし、待ってる客もいないし、早いけど上がっちゃおっか。先輩である私が、ここら辺の美味しい食事を教えてあげるわ。当然奢りよ、何か食べたいものある?」
とん、と胸を叩いて千代田さんは威勢を張った。
正直疲れてはいるが……千代田さんと一緒に食事ができるなんて機会は逃せまい。




