3話
「あのー、予約していた佐藤と言う者ですが……」
「どーもどーも! お待ちしておりました。お座りください」
千代田さんは除霊師という役職には似つかない元気たっぷりの挨拶をかます。対する客の男性は真逆で、おどおどしながら溜息を吐き、用意されたパイプ椅子に腰を下ろす。
幽霊に取り憑かれた人間は生気を吸い取られているのか、基本的にやつれた様子で目の下にクマが出来ている。この男性も、それには当てはまっているのだが……俺の目には幽霊など映らなかった。
まぁ、普通の人には幽霊など見えないのだから、除霊といっても幽霊が憑いていない人も来るのだろう。幽霊に対面せず済んだことにほっと胸をなでおろしたが、千代田さんはどう対応するのだろうか。
「ではまず、症状をお聞かせくださいね」
と、まるでお医者さんのようにカウンセリングを始める。幽霊が憑いていないことに気づいているのか、はたまた特に気にしていないのか、男性の言葉に対しうんうんと相槌を打ちながら耳を傾け続けている。
だが話の内容の深刻さから、千代田さんも真剣な眼差しへと変貌していった。そのギャップに、少しドキッとしてしまう。しっぱなしと言えばそうだけど。
「……なるほど。それはさぞかし辛かったでしょう」
男性曰く、ここの所仕事のミスが頻発し、人間関係の悪化、そして家庭内不和や子供の大学費用の捻出、更には体調不良も相まって負のスパイラルから抜け出せないとのことであった。会社の同僚から話を聞き、藁にもすがる思いで除霊の予約を取ったらしい。
俺は結婚も就職もまだなのでそのしんどさは想像するしかないが、どうにも胸が詰まるような思いだ。
しかし幽霊は憑いておらず、医科学科と言ってもまだ学生の身である千代田さんはそんな人に対し、どうするのだろうか。そんな人とは思えないが、もし騙してお金を取ろうとするのであれば、その時は……。
「では、これから除霊を始めます。深呼吸をして、心を落ち着かせて」
そんな悪い予感が当たったのか、千代田さんは幽霊が「憑いている」として除霊の作業を始めようとする。失望の念を持ってその除霊とやらを見つめていたが、徐々にそれは変わっていった。
「天よ、力を与え給え。悪辣なる霊を払い、近寄らせぬための力を。正しき導きにより黄泉へと還らせ給え」
気概のある声で口上を読み上げ、額に汗を浮かべながら儀式の舞いを踊る姿は真剣そのもので、とても人を騙すような行為とは思えなかった。
そして千代田さんの身体から、小さな光の珠が浮かび上がっていく。
……俺だけに見えているのだろうか。
その光の珠は徐々に千代田さんの手から移動して、男性の体を覆い体内に沁み込んでいっているように見えるが、かといって除霊を受けている男性には驚いている様子もない。
「ふぅ。これで除霊はおしまいです。お疲れさまでした」
「……なんだか、体が熱くなってエネルギーが漲っている感じです」
その光の珠の影響なのか、依頼者の男性はどこか顔色が良くなっている様子で、体調の変化を実感しているのか嬉しそうに千代田さんへ感謝の言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます! 何だか若返ったような気分です! なんとお礼を述べれば良いか……。お代はおいくらでしょうか?」
「そうですね、相談料、除霊込みで1万2千円となります」
男性はお得だとでも言わんばかりに、財布からお札を取り出し、また頭を下げてからブースを去ろうと立ち上がる。
そこに、千代田さんが待ったをかけた。
「まだ終わっておりません。少々お待ちくださいな」
そう言って、懐から小さな紙を取り出して机に置いた。
「これは……名刺ですか。精神科医……?」
「幽霊に取り憑かれた場合、先ほどお伺いしたように身体・精神の不調が症状として現れます。根本原因を取り除いたとはいえ、身体の方は兎も角、精神の方は直ぐには治りません。新たな幽霊に取り憑かれぬように予防も兼ねた儀式は行いましたが、効果は薄れていくもの。そのままでは幽霊が再び寄ってくるかもしれません。それは私の知り合いの精神科医でして、是非受診することをお勧めします」
「ご丁寧にケアまでいただけるとは。本当にありがとうございます」
男性は再び深くお辞儀をしてから、どこか背筋が伸びた姿勢で帰って行った。
訪れてから40分くらいだろうか、千代田さんは少し疲れたように椅子の背もたれに体を深く預け、大きく息を吐き出す。
「何だかお客さんも気分が晴れたようで良かったですね」
「そうね。あんな人ばっかりだと良いんだけどね」
「……でも、あの人って幽霊取り憑いてなかったですよね?」
「ええ、その通りよ。来客の内、8割くらいはそもそも幽霊なんて憑いてないの」
少し言葉を濁すかと思ったが、千代田さんはあっけからんと言い放つ。
「え、じゃあ騙し……」
「優しい嘘と言って頂戴」
頬をぷくっと膨らませて、わざとらしく怒ったように返してくる。
「わざわざ除霊を依頼して『憑いてませんよ』なんて言ったってなにも改善しないじゃない。体調や精神面が悪くなっているのは事実なんだから。さっきも言ったでしょ? やってる感が重要なのよ。プラシーボ効果ってやつね」
ただのビタミン剤でも風邪薬として渡されて飲むと、症状が良くなることがある、ってやつだったか。病も気からというけど……。
「じゃあ、あの光の珠みたいなのは?」
「幽霊を寄せ付けないための儀式で、気力も少し回復するのよ。ま、玄関に塩を撒くようなものね。一週間くらいは効果が続くんじゃないかしら」
……。どう考えれば良いのか。悪いことをしているようではないし、安心はしたけれど。
「ちなみに精神科医の人も本当の知り合いよ。陽一くんほどじゃないけど霊感がある人でね。医者だけど霊的なモノに理解があるから、互いにお客さんを紹介し合ってるの」
妙なところでリアリストだ。
「でも、俺がこの仕事で役立つことなんてあるんですかね?」
「まぁ、色々なお客が来るから。それに、助手がいるだけでもプラシーボ効果は増すからね」
千代田さんは初めて見せる寂しげな表情を少し浮かべたが、直ぐにそれを払拭するように笑顔へと変える。
「なるほど……」
少し休憩した後、2人目のお客さんが来る19時を迎えた。




