1話
「ようやくオリエンテーション終わったな! どうする陽一、カッフェでチャーでもしばきにいこかー?」
入学式、全体オリエンテーションが終わり、一旦今日の用事は終了。帰路につく中、隣からけったいな関西弁で話しかけているのは、中学からの同級生である桐島柳生だ。
俺は中学も高校も関東なのだが、柳生は小学校の頃1年ほど関西にいたらしく、クラスメイトに求められるがまま不完全な関西弁を使い続けていたのが抜けなくなったらしい。
「どの授業を取るか当たりもつけとかないとな。家でもいいけど」
170㎝である俺よりも柳生は拳一つ分ほど身長が高く、髪型は短い上にきりっとした目をしている。昔は女子と間違えられたことが多かった俺と並んでいると、傍から見ればさぞ男らしく映るだろう。大学デビューに合わせて薄く茶髪にしてネックレスも付け、陰キャ……ではなくインドア派の俺とは見た目こそ性格が合わなそうだが、そうでもない。
高校は部活も同じだったし、一緒にゲームもやるし、一年浪人して同じ大学・学科に進学したのだ。ポジティブすぎて鬱陶しいこともあるが、気の合う親友だ。
そして俺と同じく、これまで彼女などいたことがないはずだ。……いや、俺は小学校の時に同じクラスだったミユキちゃんがいたな、昼休み一緒に縄跳びや一輪車で遊んだことだってあったし。
「うおっ! 陽一、見てみい。すげえ数の人がおるで」
キャンパスの建物を眺めていた俺の肩をバンバンと叩いて、柳生は大学の門の先を指さす。その方向を見ると、キャンパスから駅に通ずる公園に、もの凄い人だかりができている。
「すごいでこりゃあ。コスプレかなんかか?」
公園には大学生が色々な格好をして、皆が大声で叫びながら入り乱れている。
「サークルの勧誘じゃないか? 新入生を入れるために必死なんだろう」
「なんか知ったような口振りやなぁ。そういや、陽一はどこに入るか決めてるん?」
人混みを見やると、テニスウェアを着ている集団や野球のユニフォームを身に纏っている集団などが、新入生らしき人を見つけては手当たり次第に声をかけている。
つまり、俺と柳生は格好の餌食と言うわけだ。
「どうしようかな。うちの学科は授業大変らしいし、バイト始めなきゃだし、入らなくてもいいかな。彼女が出来たら回らなくなっちゃうしなぁ」
なんかサークルの人間関係とか大変そうだ。面倒事は避けるに限る。
だがそんな俺とは違い、柳生は目を輝かせながら言う。
「そんなんもったいないで~? せっかくの大学生活なんやから、色んなことに挑戦せな。それに、サークルに入らんかったら陽一に彼女なんて簡単にできひんやろ」
「お前に言われたくねぇけど。で、そう言う柳生はどうするんだ?」
「そんなもん決まっとるがな。同人サークルや」
ふふん、と上機嫌に柳生はどや顔を披露する。確かに俺よりもアニメやら漫画が好きなのは知っていたが、作り手に回るとは思っていなかった。
「漫画描くの? 絵そんな上手かったっけ」
「それはこれから上手くなればええんや。それに、小説でもええしな」
笑顔で指をパチンと鳴らす柳生を見て、相変わらずポジティブだなぁ、と感心してしまう。
「入るところが決まってるんなら遠回りしてこうぜ。人混みはあんまり得意じゃないし」
「え~? せっかくやし、お祭り気分を楽しもうや」
そう言うと、柳生はガンガンその人混みへ突き進んでいく。仕方がないかと俺もその後に続くと、色々な方向から何を言っているか分からないほど早口で声をかけられ、一枚チラシを受け取ると、その上に重ねるように何枚ものチラシが積まれていく。
テニス、剣道、野球、テニス、鉄道、演劇、テニス、お笑い、テニス、理工キャンパスを押して本キャンパスに近づける会。
テニスサークル多すぎるだろ。そして最後のは一体何なんだ。
直接連絡先を交換してこようとする人を何とか断り、俺と柳生は開けた場所で腰を下ろす。
「あー……疲れた。やっぱり迂回するべきだっただろ」
「ええやん、あんな歓迎ムードなんて滅多に味わえんで。おもろいチラシも多いしな」
柳生は貰ったチラシを一魔一枚捲って見つめている。もう人に揉まれて皺くちゃだが、俺も何枚かを眺めてみた。
「相変わらずテニサーばっかだけど……同人サークルも何個かあるんじゃないの? どこに入るのかも決まってるのか?」
「決まっとるで。SNSで連絡も取ってるしな」
「現代っ子だなぁ」
「陽一もそうやろ」
チラシを読むのも飽きて、ベンチでくつろぎながら先ほどの人混みを眺めていると、そこからこちらへ向かって小走りで近づいて来る女子が映る。
「……なんだなんだ?」
その女子はまるで巫女のような装束を身に纏っており、近づいてくるなり俺のことを指さして、ぱっと笑顔を浮かべる。
「君!」
下が赤い袴で、上は白の巫女服。頭には大層な髪飾りを付けて、手にはお祓いで使うような篠を持ち、手首には数珠を付けている。見るからにコスプレだが、何故だか違和感がない。
そしてなにより……。
「え、どしたん? この奇麗な女性、陽一の知り合いか?」
美人だ。
身長は165cmくらいだろうか。やや釣り目だが大きな目をしており、艶やかな黒い瞳。そしてチャーミングな泣きぼくろに、小さく艶やかなピンク色をした唇。艶のある黒い髪をポニーテールにして、特にうなじが艶やかだ。
艶とか艶やかとかしか言ってないな俺。ちなみに声は透き通っていて、まるで晴れ渡る夏の海のように爽やかだ。
まぁとにかく語彙力が下がるほど魅力的で、このような女子を友達だと胸を張って言えれば柳生に対して優越感に浸れるだろうが、残念ながら初対面だ。小学校のミユキちゃんを超える衝撃かもしれない。
「お、俺に、何かご用でしょうか?」
ついどもってしまったが、仕方がないよ男の子だもの。
そんな俺のお年頃な心中を知ってか知らずか、女子は俺の手を取って顔を近づける。
まじまじと見つめられて、どこかこそばゆい思いをしつつも、自分もその女子の顔から目が離せない。そしてたっぷり5秒ほど見つめられた後、女子の顔がさらにぱっと明るくなった。
「やっぱりね。実は君に、私の除霊を手伝って欲しいの! 除霊サークルの立ち上げよ!」
「じょ、除霊?」
幽霊が見えるためその存在を否定することはないが、かといってその女子の言う事を鵜呑みには出来ない。霊感があると言う奴はいたが、俺ほどはっきりと幽霊が見える人間には会ったことがない。
もしかすると、カルト宗教的なやつだろうか。そう言えば、午前中のオリエンテーションでも注意を受けた。一人暮らしやバイトを始めた新入生を騙してカルトに誘い、被害を受けた人が少なくないとか。
もしかしてそれなのか? ついに春が来たかと心が湧いたのは思い違いだったのだろうか。……そりゃそうだ、そんな上手い話など転がっているわけがない。危なし危なし。
「お姉さん。俺は入らなくてええんすか?」
ただ柳生はそんな可能性など微塵も考えていないのか、良い顔をしてその女子に近づいていく。
テメェは同人サークルに入ると言っていただろうがよ、下がってろ。
「ん~」
しかし、その女子は舐め回すように柳生の身体を見た後。
「ごめんなさい」
女の子はまるで告白を断るように、深々と頭を下げる。対する柳生は、口をパクパクと開け閉めしながら、今まで見たことがないほどショックを受けている。
去年、入試に落ちたのが判明した時だってこんな動揺はしていなかった。ざまあない。
……しかし実際のところ、何故俺だけなのだろうか。
確かに見た目だと、柳生に比べて俺の方が弱々しいかもしれないが。もしかすると、カルトじゃなければマルチだろうか。
「あ、あのー。どうして俺だけ誘ってもらえるんです?」
「えっとね~」
その女子は、どうしたものかと少し悩んだ様子を見せた後、薄くリップが煌めく唇を俺の耳元へ寄せて囁いた。
「君、幽霊が見えるでしょ? だからよ」
「ひゃあ!?」
耳に電流が走ったかのように熱を帯びる。もしかすると俺は耳が弱点なのかもしれない。帰ったらASMRでも買って聞いてみようかな。
「あら、見た目通りに可愛い声ね」
耳元を抑える俺に、からかいも混じりつつ微笑む。ここで貴女の方が可愛いですよ、なんて言えればこれまでの人生も違ったのかもしれないが、気の利いた返しなどは出来やせず、ただ息を落ち着かせるよう唾を飲み込んだ。いや言ったらドン引きされてたかな。
ただよく考えてみれば、幽霊が見えるなどと大っぴらにしないようにという気遣いだろうか。こんな良い人を悪徳カルトだマルチだなどと、なんて俺はみじめな人間なんだ。
いや、それほどこの女子には魅惑的な妖艶さがあるということにしておこう。
「だ、大丈夫ですよ。こいつも俺が幽霊を見えることは知ってるんで。でも、何故それが分かったんですか?」
「あら、そうなのね。分かったのはオーラよ、オーラ。こう見えて寺生まれだもの。簡単よ」
寺生まれってそうなの?
「しかし、除霊ってのはどうやって?」
「ちょっとした儀式で幽霊を追い払うのよ。寺育ちだもの」
寺でどういう教育されたの?
ただ、興味こそあるが、幽霊はいかんせん恐怖の対象だ。その姿や声は、まるで全身に虫が這いずり回っているような嫌悪感に、魂を吸い取られるのではと恐怖感を覚える。
花粉症と霊感のどちらかを無くしてやろうと神に言われれば、二つ返事で後者を選ぶだろう。目の前の女子と仲良くなるチャンスを逃がすのはかなり勿体ない気もするが、流石に幽霊と頻繁にエンカウントするような大学生活は送りたくない。
俺が断る勇気を絞り出そうと呼吸を整えていると、その前に柳生が代弁するように口を開いた。
「大丈夫なん? 陽一は幽霊が怖いんやろ。修学旅行のときなんか……」
「は?」
上等だこの野郎。
「問題ないんだが? もう大学生なんだが? 幽霊が怖いだなんてそんな、ガキじゃあるまいし」
……しまった。つい売り言葉に買い言葉で放ってしまった。
だが発言を取り消すことを妨げるように、それを聞いていた女子が嬉しそうに満面の笑みをこちらに向けている。
「良かったわ! そう言えば自己紹介がまだだったわね。私の名前は千代田 春奈。ここ稲穂大学医科学科の2年生よ」
医科学科、と言えばこの大学でも最も頭のいい学科だ。入試の偏差値も、俺や柳生が入ったところと比べると結構違ったはず。才色兼備とはこの事か。
「あっ、その……」
「オレは桐島柳生です。こっちは赤城陽一で、工学科の新入生です。よろしくおなしゃす!」
しどろもどろになっている俺は口を挟む余地さえなく、とんとん拍子で話が進み、流れのままに千代田さんと連絡先を交換する。
「へー、君はあの同人サークルに入る予定なのね。私の友人もそこにいるから、宜しく伝えておくわ」
「是非頼んます、おおきにや」
俺を差し置いて談笑に花を咲かせる柳生を横目に、俺は期待と不安が混じってよく分からない感情に押しつぶされそうだった。




