14話
そして、1週間後の月曜日。今日は美雪ちゃんの家に行く日だ。
それまでの1週間も、中々に波乱万丈でまぁまぁ楽しくはあった。
例えば大学での友達は増えた。類は友を呼ぶというか、目新しさはないので割愛するが。
あとは大学の数学が難しくて柳生が授業中に天を仰いで教員に注意されたとか、授業中に橋本がソシャゲのガチャで爆死してトイレに行ったきり戻ってこなかったとか、放課後に3人で服を買いに行ったはずなのに、いつの間にかアニメショップに流れ着いていたりとか。
どうでもいいな。問題は今日だ。
「や~ごめん、待たせたわね陽一くん」
キャンパス内にある共有スペースで待っていると、千代田さんが現れる。今日も今日とて美しい。今日はニットを着ているせいか胸が強調されており、目のやり場に困ってしまう。
あと美雪ちゃんは授業の関係でもう少しかかるだろうか。そして。
「いや~、全然待ってまへん。ちょーど今来たばかりです」
何故か柳生もいる。なんでやねん。
「柳生は置いといて、美雪ちゃんの家に俺が一緒に付いて行くのが懸念として残ってますけど、大丈夫なんですかね?」
「それはもう大丈夫よ。霊山さんが来たら準備を始めるわ」
「ほんま待ち遠しいで。霊山さんがVtuberやったのはホンマ驚いたわ。陽一もそうやろ?」
「ま、まぁそうだな」
翌日は寝不足で授業中に睡魔との戦いに苦戦したよ本当に。
「サインとか貰っとこうかな。絶対大成すると思うんよな」
「迷惑だからやめておけ。あと、橋本にはあんま喋らない方が良いぞ、この話」
俺が諫めていると、千代田さんもその話に乗っかってくる。
「Vtuberってどういうことするのかしら? ゲームとか?」
「霊山さんやら、多くはそうなんすけど。他にも色んな人がおりますね。勉学系とか、歌い手とか、旅や食事のレポとか」
「あら良いわね。私も食レポと除霊で一旗揚げてみようかしら」
千代田さんなら本当に人気が出そうで怖い。除霊がネットでどう受け止められるかは疑問だが。
「あっ、いたいた。すみません、遅くなっちゃって」
そんな雑談を交わしているところに、急いできたのか、息が早くなった美雪ちゃんが到着する。
「それで、さっき言っていた準備ってのは何なんですか?」
「それはね~」
千代田さんがにやっと笑うと、空に俺の肩が掴まれて動けなくなる。
「なに? 柳生、お前どうしたの、いきなり」
「おもろいことが始まるらしいで? まぁ動かんときや」
おもろいこと? 柳生が言うと嫌な予感しかしないのだが。
そして、俺が拘束されるや否や、千代田さんと美雪ちゃんは持ってきた荷物からガサゴソと何かを取り出して。
「男の子が入れないというのなら、女の子になっちゃえばいいのよ」
なんだそのマリーアントワネットの言ってない名言のパロディは。
千代田さんが取り出したのは、白いワンピースに女性もののセーターだった。
つまり……着ろと。そういうお達しなのか。
「ちゃんとウィッグもあるわよ」
この服とカツラで女の子に成り切れと。確かに俺の顔は中性的だし、声も男にしては高めの方だ。千代田さんとは身長もそこまで離れていないし、骨格もごついわけではないので着れるだろう。だがそれだけじゃ……。
「陽一さん、ごめんなさい」
美雪ちゃんが持っているのは化粧品だった。化粧品のポーチで口元を隠しながら、上目遣いで頬を赤らめているのは可愛いんだけど、なんでどこか嬉しそうなんだ。
とにかく用意周到というか……。
「あとこれもあるで~」
そして一番嬉しそう、というか楽しんでいるのが柳生だ。その手に持っている剃刀で何をする気だ。剃るのか、すね毛を。
「怖がらんでも、優しくするさかい安心してや」
「お前に剃られるくらいなら自分でするわい」
トイレですね毛と腕毛に別れを告げ、千代田さんから借りたワンピースを着る。柔軟剤の香りだろうか、なんかすごく良い匂いがして、背徳感が……。
と言っている場合ではない、夕方になり人が減ってきているとはいえ、男子トイレでこんな格好をしていると変な噂が学内に流れかねない。借りたユニセックスのコートを着て元の場所に戻る。
「さて、最後の仕上げよ」
さらにテンションを上げた千代田さんと、顔が紅潮している美雪ちゃんが、俺の顔に色々な道具を用いて化粧品を塗りたくっていく。
なんだかくすぐったくて……変な気持ちになってくる。
「ウェヒッ、ウェヒヒヒ」
「笑い方キモいで陽一」
仕方ないだろ! くすぐったいけど表情を変えるわけにはいかないんだから!
ある意味では至福の、ある意味では拷問のような時間が過ぎ、最後にはウィッグを付けられコートを脱いで完成。……料理か俺は。
「私の見立て通り、いいじゃない!」
「陽一さん、すっっごく可愛いです!」
女性陣二人からは絶賛されているが、流石にお世辞だろうと柳生の方を見るが。
「結構ええんとちゃう? 陽一だと知ってるからアレやけど」
知らなかったらどうなんだよ気持ち悪いな。
「ほい、鏡」
柳生から差し出されたものを見て、俺は素っ頓狂な声を上げる。
「可愛い!?」
鏡……ってことは俺だよな。
初めて見る美人が映っているが、催眠にでもかけられたのだろうか。いや確かに催眠にはかかりやすい性質だと最近知ったけど。無意識に上目遣いになっちゃったし、なんなら内股にもなっちゃった。
「柳生……」
「なんや?」
「俺もう今日からのおかずはこれで良いかもしれない。永久機関が完成しちゃったよこれ」
「頭パニクって下ネタ出てもうてるやん。それに、かけられた魔法は今日限りやで」
「風呂スキップすればワンチャンあるか?」
「醜い延命措置やな」
素材というよりは千代田さんのテクニックとかが凄いんだろうけど、まさかここまで化けるとは。美雪ちゃんの家に女性として行くどころか、ミスコンテストだって狙えるかもしれない。喋らなければ。
しかし、なんだろう。羞恥心もそうだが、どこか罪悪感がある気がする。俺は体も心も男で、別に女装が趣味というわけでもない。にも拘らず、こうやって女性としての振る舞いをするというのは、周囲を騙しているという事ではないか?
まるで巨人ファンなのに阪神の帽子を被っているようなものだ。そしてこれから、甲子園に乗り込もうとしている。許されていいのだろうか?
だが賽はもう投げられたわけで、こうなったらばれないように全力を尽くすしかないが……。
「柳生氏、こんなところで奇遇だな。拙者はこれからゲーセンに赴こうと思うのだが、一緒に……ってうぉ! と隣にいる女性はどちら様……?」
最悪なタイミングで最悪な奴が来た。いや、逆に良いのかもしれない。橋本の眼を誤魔化せるかはいい指標になるだろう。
「ああ、こっちの方は前食堂で会った千代田さんや。陽一のサークルの先輩やな。で、あっちは同じ学科で同じサークルのハシモン」
「よろしくね~、ハシモンくん」
「……は、はいっ!」
柳生に紹介され互いに挨拶を交わしてるのだが、橋本は頭に血が上っているのか顔を赤くして声を上ずらせる。お前の頬染めは別に見たくない。
「で、こっちが建築科で同じ学年の霊山さんや」
「よろしくね。友達が増えて嬉しいです」
「こっ、こちらこそ! 夜露死苦ぅぉ願いします!」
なんかイントネーション違ったな。橋本は頑張って痩せてるように見せかけているのか、背筋を出来る限り伸ばしている。気持ちは分からんでもないが。
「んで、この座っとるのが……」
柳生が俺のことを紹介しようとすると橋本の目線もこちらへ向くのだが、先程までと打って変わってスンとした面持ちになる。
「橋本です、よろしく」
そう言って、握手を交わそうと手を差し出す。これは……。
「なんや、ハシモン気付いとったんか。それが陽一やってこと」
「……。えぇ!? これ陽一氏!?」
これって言うな。というか、俺とは気付いてなかったんかい。じゃあ何で千代田さんや美雪ちゃんと対応があんな違ったんだ。もしかして、可愛くない、ってコト?
じゃあさっき俺が鏡で見た美人は、ただの自意識過剰だってのか。まぁ、橋本に興奮されても困るけれども。
だが橋本は驚愕の表情を見せたものの、直ぐに平静を装って俺に話しかけてくる。
「よ、陽一氏。そういう……趣味があったとは」
「そういう訳じゃない。説明が面倒だけど」
「いやいい、皆まで言うな。何を隠そう拙者も昔はな……」
そのまま隠しておけ、墓場まで。
そんな俺の思いを汲み取ったのか、柳生が割って入る。
「陽一の事、女性には見えへんかった?」
「いや、普通の人間が見たなら、十分女性に映るだろう。だが拙者のサーチアイは騙せないのだ」
「そないな能力持っとるんやなぁハシモンは」
「しかし匂いはいつもと違うな。陽一氏、これはいつたい?」
あまり顔を近づけるな、化粧が崩れる。
「……千代田さんから服を借りたし、香水も付けてもらったからじゃないか?」
しっしっ、と手で振り払おうとするが、俺の言葉を聞いた橋本は、手をがっちりと掴むと、誰にも聞こえないように耳打ちする。
「恥を忍んで頼むが、それで拙者に抱き付いてくれないか」
「やめろお! 耳に息をかけるな! あとそんな気持ち悪い頼みなんて聞けるか!」
違う意味でもぞくぞくしたわ。もう帰ってくれ。
「あ、そろそろ時間ですね」
渡りに船か、というタイミングで美雪ちゃんが救いの手を指しのべてくれる。君は天使だ。
柳生に橋本を押し付け、逃げるように大学を出る。
よし、乗り込もうとしよう。幽霊がいるという美雪ちゃんの家に。




