12話
「陽一くん?」
「は、はいっ?」
スペースの片づけをしていた俺は、ふいに後ろから強めの語気で名前を呼ばれて背筋がピンと伸びる。
「霊山さんのことを知っていたのなら、事前に言ってくれれば良かったじゃない」
「いや、俺もついさっき知ったばかりで」
む~、と唇を噛んでいる千代田さんに、乾いた笑いで答える。なんか、怒られているような感じがして、つい癖で首の後ろを掻きながら対応してしまった。
くそ、これも柳生のせいだ。明日大学に行ったら仕返ししてやる。
「そう。で、2人はどういう関係だったのかしら?」
ぐいっ、と顔を近づけてくるものだから、つい仰け反ってしまった。顔が近いと緊張しちゃうんだけど。
「そ、それはですね……」
これまで彼女がいなかったという事実から目を背けるために、以前付き合っていたという架空の記憶があります。とは言いだせまい。
「可愛い妹、みたいな?」
実の妹は全く可愛げがないからな。美雪ちゃんが本当の妹だったらどれだけよかったか。ただ、妹の様に思っていた子と同学年になってしまったと思うと情けない。
「じゃあ、私のことはどう思う?」
千代田さんは少し頬を紅潮させながら、息がかかるくらいの距離で問いかけてくる。
「た、頼りになるお姉さん……ですかね?」
なんで俺はさっきから疑問形なんだろう。
「同い年なのに?」
「まぁ……はい」
千代田さんは可愛くもあるのだけど、流石にそれを口に出すのは恥ずかしい。
「お姉さんか……悪くはないわね」
ふぅ、よかった。どうにか承認を得られたようだ。
「ちなみに、霊山さんとは子供の頃一緒に遊んでいたようだけれど、どんなことをしていたの?」
「え、なんでそんなことを……」
正直、記憶の彼方に行ってしまったものも多く、覚えているものも、千代田さんに言うのはこれも何だか恥ずかしい。
「そ、それはあれよ。除霊の依頼を受けるときは、人となりを知っておくのが重要だからよ!」
そうなのかな? 以前見たときは憑かれた人間の性格とか関係なく幽霊を物理で殴っているような感じだったが。それに、今回の対象は美雪ちゃんではなくお母さんなわけだし。
いや、問題なのは除霊の場に連れてくることだと言っていたし、そのお母さんとのやり取りについて聞き出したいのかもしれない。
「美雪ちゃんの家に遊びに行ったときは、優しいお母さんでしたよ。手作りのクッキーなんかを振る舞ってもらったこともあるし。ただいま思うと、過保護な感じもあった気がしますね。確かに中学生にもなった男子だと、あの感じで接せられるときついかも」
「聞きたいことはそうじゃなくて、いやそうなんだけど……。あーもう」
手で髪をクシャっとしながら、これまでからは想像できないテンパった様子だ。そんな中でも言葉を選ぼうとしていた千代田さんだったが、それよりも先に。
ぐぅ、と千代田さんの腹が声を上げた。
「……霊山さんのことは置いといて、ご飯に行きましょうか」
「はい」
今日は油そばかな。
お腹が空いて気が立っているのか、速足で歩く千代田さんの後を追っていくと、今日のチョイスは。
「台湾まぜそばよ」
惜しい。……しかし台湾まぜそばとは、俺は食べたことが無いな。店の外の看板にあるメニューの写真からジャンキーな感じはするが。
暖簾をくぐって、千代田さんと同じものを……特盛じゃなく大盛りならいけるか? 卵は苦手なので卵黄は抜いておこう。
食券を店員に渡し、千代田さんに注いでもらったお冷に口を付ける。
「はぁ、まさか陽一くんにあんな可愛い幼馴染がいたなんてね」
「まぁまぁ」
そう言って、少し減った千代田さんのグラスに今度は俺がお冷を注ぐ。上司に酌をするときの気分ってのはこんな感じだろうか。
「ちなみに千代田さんは俺のことをどう思ってるんです?」
「え!?」
なんか、わざとらしいな。
「それはもう、可愛い弟みたいなものよ」
俺の美雪ちゃんに対する認識と変わらないじゃないか。
でもこの短期間における評価としては、喜んでいいのかもしれない。
そうこうしているうちに、注文していたまぜそばがテーブルの上に置かれる。なんていうか、写真で見ていた時の印象よりでかいな。
「陽一くんは卵が食べられないのかしら?」
千代田さんのどんぶりの中で、ど真ん中に座しており黄色という視覚的にインパクトのあるそれは、俺のどんぶりにはない。
「アレルギーじゃないんですけどね。幼稚園の頃、外で弁当を食べていた時に、突風が吹いて卵焼きに砂が大量にかかって……何故かそのまま食べてしまってすごく嫌な思いをしたんですよ。それから卵が食べられないんです、気持ち悪くなっちゃって」
「卵を食べないと大きくなれないわよ?」
姉というか、お母さんだなこれじゃあ。
「卵をかけないと辛く感じるかもしれないわね」
「それなら大丈夫です、辛いのは好きなので」
千代田さんに倣って、どんぶりの底にある汁を全体に馴染ませるように混ぜていく。そうすると、確かに胡椒の匂いが漂ってくる。
「どれどれ」
人生初の台湾まぜそば、どんな味がするのやら。
息で冷ましながら麺を啜る。すると。
「っ! 美味い!」
これまで行ったラーメン屋もつけ麵屋も美味かったが、この台湾まぜそばというのは、それを超えてきた。汁に海苔やニラ、ネギ、肉、ニンニクが絡み合い、これでもかと食欲を刺激して来る。
「そうでしょう、そうでしょう」
無中に頬張っていた後に顔を上げると、店員さんもご満悦だが、それ以上に千代田さんが満面の笑みを浮かべていた。唇に海苔が付いているけど。
それでも可愛い。千代田さんが自慢げにしている表情が、一番可愛いかもしれない。そして台湾まぜそばが麺類で一番美味しいかもしれない。
俺は千代田さんの横顔をチラチラと見ながら、箸を進めていった。




