白薔薇の誓い
学園への入学を翌月に控えた、春の嵐が遠くで予感される穏やかな午後。
公爵家の広大な敷地内にある、普段は人の出入りが制限されている、白薔薇の温室で、二人は二人きりの時間を過ごしていた。
貴族としての責務、王位継承者としての重圧。それらが彼らの肩に本格的にのしかかる前の、最後の子供としての安らぎだった。
十五歳になったセレスティーヌは、かつての泣き虫だった面影を、気高く結い上げた髪と、完璧な淑女の立ち居振る舞いの下に隠していた。
しかし、この温室の、甘い花の香りが充満する密室の中では、その鎧も少しだけ緩んでしまう。
「……アル様、学園に入れば、もうこうして簡単にはお会いできなくなりますわね」
彼女は、咲き誇る白薔薇の棘をそっとなぞった。
指先が微かに震えているのは、これから始まる学園生活への不安ではなく、王太子として多くの令嬢たちに囲まれるであろうアルフレートへの焦燥だった。
「何を言うんだ、レスティ。僕の側近候補は君の兄上だし、放課後の図書室や、週末の舞踏会……。会う口実なんて、僕がいくらでも作るよ」
アルフレートは、少年の幼さを脱ぎ捨て、騎士のような精悍さを帯び始めた顔で微笑んだ。
彼の瞳には、相変わらずセレスティーヌだけが映っている。
温室に差し込む陽光が、セレスティーヌの銀色の髪を透かし、淡く発光しているように見えた。その美しさに、アルフレートは吸い寄せられるように一歩踏み出した。
「レスティ。僕は、学園へ行っても、その先、王になっても……。君を、誰にも譲るつもりはないよ」
「アル様……」
セレスティーヌが息を呑んだ瞬間、彼の手が彼女の頬を優しく包み込んだ。
触れ合った唇は、春の陽光よりも暖かく、熟した果実のように甘く、そして壊れ物を扱うように優しかった。
その時、セレスティーヌの胸の奥で小さな予感が脈打つ。しかし、その予兆を彼の熱に無理やり封じ込めた。
唇を離したアルフレートは、少しだけ顔を赤らめながら、彼女の額に自分の額を合わせた。
「これが僕の誓いだ。レスティ、君がどんな困難にぶつかっても、僕がいる。だから、何も怖がらないでいい。約束だよ。これからも、ずっと一緒だ」
「……。はい。わたくしも、約束いたしますわ。アル様。何があっても、あなたとなら怖くない」
セレスティーヌの微笑みは、この世の何よりも清らかだった。
「嬉しい。レスティがそう言ってくれるだけで、僕は世界で一番強い男になれる気がする」
アルフレートは幸せそうに笑い、彼女の指にあの日森で拾った石を加工した指輪を嵌めた。
◇
温室の外では、今は見えない不穏な月が、昇る時間を静かに待っている。
二人が交わした優しい誓いは、後に婚約破棄という名の最も残酷な形となって、アルフレートの胸を貫くことになる。
しかし今、この一瞬の永遠の中で、二人はただ、春の光に包まれた幸福な恋人同士でしかなかった。




