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愛してる、だから、さようなら~竜の愛し子の私は、最愛の王太子を救うため悪役令嬢を演じ続けた~  作者: 硝子細工の森


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聖女の告白と、王太子の覚醒

 卒業パーティーの会場で婚約破棄を突きつけたアルフレートは、冷酷な笑みを残して去ったセレスティーヌの背中を、ただ茫然と見送っていた。


 会場には、悪役令嬢が去った事への安堵と、王太子の無念への同情が入り混じった奇妙な熱気が漂っている。


「……終わったのだ。これで、すべて」

 アルフレートが自分に言い聞かせるように呟いた。


 その時、隣にいたリリアーヌが、瞳に涙をためて叫んだ。


「終わってなどいません! 殿下、あなたはあの方の何を見ていたのですか!」

「……リリアーヌ?」

 驚くアルフレートの前に、リリアーヌはセレスティーヌから託された一通の封筒を叩きつけた。


「見てください……これを。これは、セレスティーヌ様がその身を削り、あえて『殿下に自分を憎ませるため』の偽りの証拠の在処を隠した場所と、私に後を託す最期のメッセージ。貴方をもう愛していないなどという嘘の日記の一部」

 差し出された紙は、所々が歪んだ文字で埋め尽くされている。


「……ですが、ご覧ください。この文字の震えを! 彼女がどれほどの絶望の淵に立ち、どれほどの血を吐く思いで、愛する方を裏切る言葉を紡いだか!

 彼女は……セレスティーヌ様は、貴方に恨まれ、忌み嫌われたまま、悪女として消えることだけを願っていたのです。」

 絞り出すような声が、静まり返った部屋に虚しく響く。


「でも……もう、私には耐えられません! 私が……この口が真実を叫ばなければ、彼女の魂は永遠に救われない……!

 セレスティーヌ様は、最期の瞬間まで……あの方は、最後まで貴方のことだけを……っ、うう……っ!」


 アルフレートが震える手でそれを見ると、そこには隠しきれないほどの涙の痕があった。

 そして、その封筒には、王家に伝わる古の禁書の一部――「竜の愛し子」の呪いについて記された一節が同封されていた。


「愛し子は、最も愛する者の魂を喰らう…… そんな、まさか、彼女は俺を救うために……」


「あの方は、あなたが死ぬくらいなら、自分が消えることを選んだのです! 殿下、今すぐ追いかけてください。月の光がこれほどまでに強いのでは……、あの方はもう……!」


 アルフレートの脳裏に、これまでのセレスティーヌの言動が走馬灯のように駆け巡る。


  毒だと言って飲ませた霊薬、荒らしたはずの薬草、冷たい言葉。


  そのすべてが、彼を生かすための必死な祈りだった。


「……俺は、なんて馬鹿なことを」

 アルフレートは正装のジャケットを脱ぎ捨て、腰の魔剣を強く握りしめた。



 王都の空は異様な静寂に包まれていた。


 あり得ないほど巨大な銀色の満月が浮かび、夜だというのに街は青白い光に浸食されている。


 セレスティーヌは、公爵邸の屋上庭園に立っていた。

 彼女の周囲では、何百、何千という聖霊が乱舞し、空気そのものが魔力の奔流で震えている。


「……ついに、この時が来たのね」


 背中の中心が熱い。

  皮膚を突き破って、何かが生まれようとしている。


 月の加護が最大限に高まり、彼女の魔力は王都の天候さえも狂わせ、季節外れの銀雪が舞い始めた。


 竜の愛し子としての本能が、彼女の精神を支配しようとする。


『魂を。愛する者の魂を喰らえ。そうすれば、お前は完全な神となれる。満たされ完成される』


「嫌……嫌よ……アルフレート様を……食べたくない……!」


 彼女は自分の喉に爪を立てた。

 しかし、月の加護が瞬時にその傷を再生させてしまう。死ぬことすら許されない。ただ、愛する者を喰らうまで、この激痛は終わらない。



 激痛に膝をついたその時、庭園の扉が乱暴に破られた。


「セレスティーヌ!!」


 聞き間違えるはずのない声。

 そこには、肩で息をし、剣を携えたアルフレートが立っていた。

 王太子の正装は乱れ、その瞳には炎のような決意が宿っている。


「……なぜ。なぜ、ここが分かったのですか」

 セレスティーヌは震える声で問いかけた。彼女は結界を張っていたはずだ。


「聖霊たちが教えてくれた。……お前が泣いていると。お前が、俺を求めていると!」


「嘘よ、私は……私はあなたなんて……!」


「もう嘘はやめろ! 婚約破棄のあの時、お前の瞳は死にたがっていた」

 アルフレートが歩み寄る。だが、彼女の周囲の魔圧はすでに人間が耐えられる限界を超えていた。

 彼の頬が鋭利な魔力の刃で切れ、血が流れる。


「来ないで! 死んでしまうわ、アルフレート様!……ぁ……っ、あぁぁ……!!」


 その時、セレスティーヌの背中から、噴出するように光が溢れ出した。


 それは肉肉しい皮膚を突き破る羽ではない。月光そのものを結晶化させたような、白銀に輝く骨組みと、透明な膜、広げられたその翼は、夜空の深淵である群青を透かし、まるで虚空に描かれた精緻な硝子細工のようだった。


 周囲に舞うのは、無数の淡い光の粒子。


 アルフレートはその光へと手を伸ばした。


 彼は知っていた。古の伝承を。

 愛し子が覚醒する時、愛する者がその命を捧げることで、竜は完全な神へと昇華することを。


「捧げてやるさ、俺の命はお前のためにある。……だから、一人で行こうとするな!」


「嫌……嫌よ! そんな事のために私はあなたを傷つけたのではないわ!」


 セレスティーヌの意識が白濁していく。

「愛してる」という感情が、竜としての本能――「喰らえ」という飢餓感に飲み込まれようとしていた。


「離れて……殿下、お願い……! 」

 セレスティーヌの目から溢れた涙が、銀の結晶となって夜空に散る。


「求めているなら、与えてやる。……俺を喰らえ、セレスティーヌ。そして一つになればいい!」


(いいえ、いいえ。さようなら、愛しい人。……あなたが死ぬくらいなら、私が消える)


 彼女は残された最後の力を振り絞り、自分に手を伸ばすアルフレートを、聖霊の力で遠くへ弾き飛ばした。


 セレスティーヌが、月を背にして飛翔する。


 瞬時にアルフレートは迷わず王家の秘宝天馬の魔石を発動させた。


 全身を魔力で焼かれるような激痛が走るが、彼はそれをこらえ、光の尾を引いて彼女が飛び去った群青の空へと舞い上がった。


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