第8章
雷や地鳴りが響き渡り、大きくぐらぐら揺れた今までの地震とは違い、小刻みな揺れが続いていた。
ふと空を見え上げると、オーロラのようや遮蔽物はさらに歪み、そこでスパークが起きていた。オーロラのような遮蔽物にところどころ穴が開いているのが分かった。
この世界の空が見える。
青が強く感じる。
穴の空いたところから、空気が流れ込み、その部分に薄くモヤが漂う。
気圧差が違うのだろうかとデイヴィッドは周囲の空を観察する。いつの間にか、空を飛んでいた怪物はいなくなっていた。おそらく、全て撃退できたのだろう。
その他の怪物達は、遠巻きにこちらを包囲し、威嚇の咆哮を上げながらこちらの様子を伺っている。
我々が、ポータルに消えていくのが分かって、いずれいなくなるのだろうとこちらを観察しているのだろう。怪物達の戦い方は、いつも整然としていた。おそらく指揮系統がきちんと機能しているのだと思う。
そのためこちらとの戦闘は、かなり偶発的なものだったと思われる。
もしかしたら本当は戦う必要もなかったかもしれない。
そんなことは今更考えても仕方ない。
おそらく、ポータルが消えるのと同時に、村を覆っているベールは全て消えてしまうのだろう。今この瞬間も地球から転移させられたこの村と転移先の世界が一つになろうとしているのだと思う。
地震もこの村を覆っていたベールが地下にもあり、それが薄れてこの世界の地盤と衝突するために起こっていたものだと推察される。
トントンと肩を叩かれて、デイヴィッドは思考を切らして、振り返るとメイヤード少佐がそこにいた。
「まだいたんですか?」
「ギリギリまで粘ろうと思ってな」とメイヤード少佐。
その隣にレイチェルがいた。
「気づいていると思いますが、もうすぐ、ポータルは消えますよ」
「ああ、こっちの空間がこの世界と同期しようとしているんだろ?」
「実験は切り上げて早く地球へ戻ったほうがいい」
「君らの撤退するタイミングで行くさ。そのため確認に来たんだ」
「もう10分もすれば、全ての部隊が撤収するでしょう。その後B、Cチョーク最後にAチョークの順番で撤退します」
「15、20分と言ったところか」
「そうです」
「分かった。いつでも行けるように準備しよう」と言ってメイヤード少佐とアッシュフォード大尉はポータルの近くに設置した機器のところに戻っていった。
「今のうちに武器弾薬補充しておけ、怪物達がいつ動いてもおかしくないからな」とデイヴィッドは命令して、一息入れるために水筒の水を飲んだ。
空のベールがかなり薄くなって、向こうの空がはっきりと見え始めていた。
続く地震で倒壊した建物も多く、瓦礫のおかげで隠れるには困らないが、足元が悪く、ポータルまで一直線に走るというわけにはいかなかった。ルートを事前に確認しつつ、敵を警戒する。
もし、次に地震が起きて地割れでも起きたら、一気に撤退は難しくなるだろう。
いかんいかん、こういうのをフラグって言うんだよなとデイヴィッドは思いながら、全然動こうとしない敵の隊列を伺う。
冷静に観察すると、なんとも異種混交のファンタジーな軍隊だろう。
小柄な豚ともなんとも形容し難い盾を構えた怪物最前列。
中型の牛か馬か、その後に大型の怪物、そして超大型の怪物と並んでいる。それぞれに役目があるようで、それぞれが携える武器も槍だったり弓だったり、見たことのない謎の武器だったり。もし、彼らが本気でこちらに侵攻していたら、あっという間に制圧されていたのではないかと思うほどの武器と兵数である。
おそらく、彼らも慎重にこちらの動勢を伺いながら、軍を投入していたのだろうと思う。そのおかげで、こちらが武力で圧倒し、対応することができた。
それにあのベールの性で数を送り込めなかったのかもしれない。
完全に敵に包囲されてしまったようだ。
100m前後で、全ての道路に怪物達が陣取っている。
ここで戦端を開けば、ものの数分で決着はついてしまうだろう。
「指揮所撤退完了」
ポータルの手前で防衛している部隊から無線が入った。
「レンジャー小隊、警戒しつつ後退、ポータル手前で集合」とデイヴィッドが命令した。
そういて後退を始めた瞬間、またも大きな地震が起きた。
地面が割れ
建物が倒壊し
電柱や街灯もバタバタと倒れてゆく。
「各自安全確保!」と無線に叫ぶデイヴィッド。
怪物達も地面に伏したり、立っていなれなくて転倒したりしている。
中には倒壊する建物の瓦礫の下敷きになっている者もいた。
デイヴィッドも倒れながら、ポータルの方を見た。
観測機器のデータボックスを服や布でぐるぐる巻きにしたものをポータルに投げ込む、メイヤード少佐の姿が見えた。
そのすぐ後に、ポータルのモヤが消えた。
地震はなおも続いている。
断層割れのように、地面が上下にずれているところもある。
マンホールの蓋が飛んだ。
それがタイタンの頭に突き刺さった。地震の地鳴りと共に、タイタンが倒れる音が響いた。
気がつくと、村を覆っていたオーロラのベールは消えていた。
地面が滑るような感覚が続いている。
建物のガラスは全て砕け、その破片が降り注ぐ。
デイヴィッド悪態をつきながら、匍匐でポータルがあった場所まで進んで行った。
他の兵士も似たような行動をとっている。
最後に一段と大きな揺れと共に大量の土煙が上がった。
まるで砂漠の嵐の中に入ったようだ。
打って変わって突然の静寂が訪れる。
はっと我に帰って「状況確認!怪我人はいないか?」とデイヴィッドが叫んだ。
土埃に覆われた兵士達が次々と起き上がる。
「チョークA問題なし」
「チョークB問題なし」
…
残っていた隊から次々と報告が来る。
全ての返事を待たず「周辺警戒!」とデイヴィッドは叫んだ。
まだ怪物達に囲まれた状況であることには変わりない。
土埃が晴れないため、怪物達の様子は窺い知れない。
怪物達が何か会話しているような声が聞こえていた。おそらく、冷静に対応しろ的な命令とそれに従う 怪物達の会話だろうとは思う。こちらに攻撃してくる者がいるかもしれないと思っていたがそうでもなかった。
「UAVを確認できるか?」デイヴィッドは近くいた兵士に聞いた。
兵士は、ポータル近くの司令部が置いていった機器の方を見た。先ほどの地震で機器はバラバラに散らばっている。次にアンテナを設置していた、建物を見て、建物は倒壊を免れているがアンテナは傾いていた。
「機器が散乱しています。制御端末を探します」
デイヴィッドは彼のヘルメットを軽く叩いて「頼む」と言った。
兵士は、UAVの制御端末を探しに走っていった。
しばらくして、その兵士がラップトップパソコンを持って戻ってきた。
「操縦はできませんが、これで状況は確認できます」と言ってデイヴィッドにラップトップパソコンを渡した。「操縦用の端末も探してきます」と言って兵士は戻っていった。
デイヴィッドは頷いて、ラップトップパソコンを見た。
UAVは継続して自立飛行をしていた。
熱源探知で敵味方の動体把握をしている。
完全に通りは怪物に制圧されている状況だ。
おそらくポータルは消えてしまったのだろう。
また取り残されたか、とデイヴィッドは口に出さず、胸の内で悪態をついた。
土埃が霧のようにたちこめなかなか晴れないでいた。
怪物達の声だけでなく、今までに聞いたことのないような、何かの獣のような唸り声も周りから聞こえてくる。
30分くらい立ったろうか、次第に土埃は薄れ、怪物達の輪郭がうっすらと見え始めた。
デイヴィッドはとりあえず味方の配置状況がUAVのデータと間違いがないか、周囲を見た。30名ほどの兵士が遮蔽物に隠れているのが確認できた。
「メイヤード少佐無事ですか?」と無線に問うた。
「無事だ」と無線から返答が返ってきた。
「おそらく貴方がここに残る上級士官です。命令を」とデイヴィッド。
「私は戦闘に疎い、指揮は君任せる」
「了解。残兵諸君。私が指揮を取る。下命あるまで攻撃は禁止する」とデイヴィッドいった。
無線のスイッチをクリックしたり、遮蔽物から手をあげたり、了解の反応はそれぞれだ。
「警戒続行」とデイヴィッド。
土煙が晴れ始め、怪物達の様子が少しずつわかってきた。
倒壊した建物の下敷きになったり、ガラスの破片や、建物外壁の破片にさらされて、多くが怪我をしているようだ。
時折、抑揚のある唸り声のような物が響き、怪物達はそれに従っているようだ。
怪我や意識のないもの達をそのままに怪物達が整列し始めていた。
「敵が整列し終えるまでに、予備弾薬の確認を急げ」各分隊長が叫んだ。
積み上げていた資材は地震のせいでバラバラになっている。
予備弾倉もそこら辺に散らばっている。
デイヴィッドは銃の残弾数を確認し、近くに落ちていた弾倉をいくつか拾って、プレートキャリアにつけてあるポーチに押し込んだ。
そして、あたりを見まわし、ポータルがあった場所にへたり込むメイヤード少佐の元に歩み寄った。
その横でアッシュフォード大尉も首を垂れていた。
デイヴィッドは、コンコンとアッシュフォード大尉のヘルメットを軽く叩いて「大丈夫か?」と優しく聞いた。
アッシュフォード大尉はデイヴィッドを見上げて、ニコッと笑って頷くだけだった。
「敵は地震で多大な被害を受けているようですが、改めて、包囲を固めようとしています。数は圧倒的に向こうが優位です」とデイヴィッドはメイヤード少佐に言った。
メイヤード少佐は頷きながら「ここは彼らのテリトリー、我々は本来部外者だ、不用意に戦端を開いたの我々だ。可能であれば降伏をした方がいいだろう」
「同意します」とデイヴィッド。
「全員、元ポータル拠点に集まれ」デイヴィッドは無線で命令した。
総勢、35名が集まった。
レンジャー20名
科学チーム2名
工兵10名
衛生兵9名
メイヤード少佐と話をしてそれぞれにリーダーを決めた。
「敵は体勢を整え直し、こちらへの侵攻準備をしている。我々は撤退する場所を失い、継戦能力も著しく衰えている。ここにおいて、我々は降伏を相手方に申し出たいと思う。意見は?」とメイヤード少佐。
皆、メイヤード少佐とデイヴィッドを見つめているだけだ。
意見は無いようだ。
戦闘と地震で疲弊して思考力が格段に落ちているのは確かだろう。
「相手方は、知的生命であるとしても、言葉は通じない。また、今までのこちらの一方的な攻撃に対し、かなり頭に来ていると思う。そのため降伏の申し出が受け入れられるとは、限らない。いつ戦闘になってもいいように準備を整えておけ」
皆が無言で頷いた。
デイヴィッドは、それぞれに待機位置を指定し、「散開」と命令した。
「UAVはまだ飛んでいるか?」メイヤード少佐がデイヴィッドに聞いた。
デイヴィッドは工兵に準備させた、テーブルにメイヤード少佐を案内した。
「この端末で確認できます。飛行可能時間はあと30分程度です」
端末の画面には、包囲体勢を立て直しつつある怪物達の状況が映し出されていた。
「さて、どう交渉のきっかけを作るべきか…」とメイヤード少佐は呟いた。




