第3章
「これってさ、昔、似たような映画があったよね」兵士の一人が言った。
「テレビシリーズにもなったやつだろ?」と同僚兵士。
「ではそれにあやかって、GODSPEED!」小隊長が言った。
目の前に異空間への扉がある。これをポータルと呼称することになった。
ゆるいスロープが設けられ、色々な機器を荷車に載せてそれを引っ張る牛と共に、レンジャー小隊が前進した。
次々と、異空間へと消えていく兵士たち。
それを後方で科学者チームの10名が見守る。
ここまでは牛の曳く荷車に乗って移動した。
左右を守るようにレンジャーの二分隊が徒歩で随行し、守られながらの移動だった。
ポータル周辺には先行したレンジャーが各種機材を整えて、待機していた。
ここまでの道のりには、迷わないように、左右にサイリウムランプが設置されていた。
霧のせいで白暗い空間で、青色のサイリウムが列をなしている光景はあの世へと誘われる亡者にでもなった気分だった。
乗ってきた牛車は、そこに置かれ、デイヴィッド達がポータルに入った後は、随行したレンジャーが基地まで乗って帰ることになっていた。
レンジャーの最後尾が突入した後、「さて、そろそろ行こうか」とメイヤード少佐が言った。やはり完全装備の姿の方がよく似合う。
武装しているのは、デイヴィッドを含め軍所属の者だけだ。民間科学者は一見してそれと分かるように、青色の迷彩服を着用していた。必要な観測機器はすでにレンジャーが荷車に載せて既に異空間へと運ばれている。
「アシュフォード大尉、先行しろ」とメイヤード少佐が命令した。
「イエス、コロネル」と応じてアシュフォード大尉が先にポータルをくぐった。
続いて、シン中尉、フセイン中尉、ライオネル、ミランダ、ドナルド、イ、マギーと続く。
「どうぞお先に」メイヤード少佐はそう言って、デイヴィッドを促した。
デイヴィッドは頷いて、歩を進めた。
ポータルの手前で立ち止まり、その表面をじっと見つめた。
今、目にしてる光景が本当に脳で認識されているのか怪しい。
実際は全く別の光景が広がっているのかもしれない。脳の処理が追いつかず金属の磨かれた表面のように見えてるのだろうと思うが、その表面はわずかにゆらゆらと粒子が動揺しているようにも見える。
もし、これがアインシュタイン=ローゼン・ブリッジが顕現している姿なら物理学者としてこの瞬間を目に焼き付けていたい。つぶさに観察したいという欲求があったが、家族や村の住人の捜索救助が優先されると自分に言い聞かせて、デイヴィッドはポータルをくぐった。
それは一瞬だった。
水の中に顔を突っ込んだ時のような感覚だった。一瞬の抵抗があったが、その後は隣の部屋に入るようにすんなりと通過できた。
そしてすぐに、目の前に懐かしい村の景色が広がった。
が、映像で見た通り、壁が壊れ、窓ガラスが割れた建物が多い。映像では分からなかったが、弾痕の様なものも見受けれた。まるで、暴動か何かの跡のようだ。
先に到着していたレンジャー達が忙しなく作業している。
科学者チームがデイヴィッドを見つめていた。フセイン中尉が近づいてきて、「こちらへ」と促し「気分は悪くないか」など一通り質問していた。デイヴィッドは村の景色を見渡しながら上の空で頷いた。
後から直ぐにメイヤード少佐も姿を現した。
こちらのポータルは無色透明で陽炎のように揺らめいていた。
なぜあれだけ時間が経っているのに、村人達はポータルをくぐらなかったのだろうと疑問に思っていたが、これであれば、パニックの中で村人はなかなか気づかなかっただろうと納得した。
空を見上げるとオーロラのような物が村周辺を覆っているのが分かった。
ただ、それが何を意味しているのかは分からない。
デイヴィッドはガスマスクを外して空気を吸った。懐かしい故郷の空気を感じられるかと思ったが、なんだか焦げたような臭いと、何かが腐ったような異臭がかすかに立ち込めていた。考えたくはなかったが、どこかに死体があるのかもしれない。
車などは路肩に停めてあり、焦げたものや、屋根が潰れているものがあるが交通事故を起こした風ではない。
それに、周辺のどの建物からも村人が顔を出すことはなかった。
「デイヴィッド大尉」メイヤード少佐に呼ばれた。そこにレンジャーの指揮官と少佐が荷物を入れていたトランクをテーブルにして紙の地図を眺めていた。
「GPSの電波など飛んでいないから地図システムが使えないのだが、現在地はどのあたりだろうか?」レンジャー指揮官。
「思ったより村の中心から外れていますね。向こうのポータルが中心地にあったので、同じだろうと思っていましたが……」デイヴィッドは地図をなぞりながら、自分の記憶と現在の景色を照らし合わせて、一点をさした。「ここです、村の南東5kmの地点。
商業地区の道路の真ん中です」
「やはりそうか」とレンジャー指揮官。村の中心地でないことには気づいていたようだ。「現在UAVを組み立て中だ。終わり次第、上空から偵察しよう」と指揮官はメイヤード少佐に言った。メイヤードは頷いた。
「現在全く住民を見つけられていないのだが、もし彼らが避難するとしたらどこに向かう?」指揮官はデイヴィッドに訊いた。
「おそらく、村庁舎でしょう。5階建ての村で一番高い建物で災害時の避難所にもなるよう村民用の体育館併設されています。近くに小中学校と保安官事務所、映画館もあり、堅牢な建物が多いので、避難するならこの辺りでしょう」デイヴィッドは地図の北東の地点を指差した。「ちょうどこの道を15kmほど行ったあたりです」
「よし、二分隊向かわせよう。同行できるか?」
「いつ?」
「3時間後」
デイヴィッドはメイヤード少佐を見た。
メイヤード少佐は頷き返した。
「了解」とデイヴィッドは答えた。
「レンジャーの体力試験の記録保持者で英雄の君が戻ってきてくれてうれいいよ」と言って指揮官は笑顔でデイヴィッドの肩を叩いた。
デイヴィッドは苦笑いを返すだけだった。
「では捜索計画は君に任せるよ」とメイヤード少佐はレンジャー指揮官に言った。
「とりあえず、ポータル周辺に防御陣地を作って、この範囲の建物屋上に銃座と監視員を配置しよう」とレンジャー指揮官。
「UAVが終わったら、観測機器の組み立てもお願いする」とメイヤード少佐。
「了解。工兵達が嬉々として動いてくれているから心配ないでしょう」
「ジョーンズ大尉、3時間後またここにきてくれ。あ、それと、そこのトランクを持っていってくれ」とデイヴィッドに言った。
「なんです?」
「無線機と携帯食料」
「ウア」デイヴィッドは返事して、取っ手と車輪付きの旅行トランクをミリタリー用にゴツくしたようなヤツを引っ張って、ニヤつくメイヤードの後をついていった。確かに傍からいたら、完全武装の兵士が旅行用トランクを引っ張っているようで、奇妙な姿だろう。
メイヤード少佐とデイヴィッドは、科学班が待機している建物に向かった。
その建物は、薬屋だった建物だった。中はぐちゃぐちゃになっていて、薬もスナックも床に散らばっていた。
デイヴィッドとメイヤード少佐が到着した時、ちょうどシン中尉とフセイン中尉がモップで床を掃除しているところだった。
「皆、集まってくれ」とメイヤード少佐が言った。
皆が揃っていることを確認すると、それぞれに無線機と携帯食料を渡していった。
その間、デイヴィッドは店内を物色し、ドリンクの棚に無事なソフトドリンクのペットボトルを見つけた。デイヴィッドはソーダを取り出して飲んだ。温いせいか余計に甘さを感じた。日本の緑茶ペットボトルが恋しいと思いながら、こっちを見ていたイにソーダのペットボトルを一つ投げてやった。
イは喜んでそれを飲んだ。
「今後の対応を説明する」とメイヤード少佐
「アシュフォード大尉とマギー博士は、観測機器の設置を工兵に指示してもらいたい。機器の設置が終わりしだい観測を開始。シン中尉、ミランダ博士、ドナルド博士はコンピュータ機器の設置と気象データの解析。フセイン中尉とイは捜索員の健康管理そして住民が救助された時に備え医療設備の設置。それとイにはK9の健康管理もお願いしたい」
皆がそれぞれに了解と答える。
「デイヴィッドは捜索救助隊に同行。それぞれの状況が整いしだい、また集まって協議しよう。とりあえず、この建物が我々の待機場所兼宿泊地になるので、清掃の続きをしよう」
皆がそれぞれに清掃道具を持って清掃を始めた。
2分隊20名と2人と2匹そしてデイヴィッドの捜索救助班が、準備を進めていた。
若手のレンジャーがデイヴィッドを見てヒソヒソ話をしている。
デイヴィッドはそれに気を止める風もなく、久しぶりの安全装備の重量にすでに肩が痛くなってきていた。これが嫌で辞めたのにな…と思いながら銃の作動を確認する。
K9のジャーマンシェパード2匹がすごく興味ありそうにデイヴィッド見ている。
本人は好きでも嫌いでもないが、何故か子供と動物には好かれるたちだった。
「大尉。バックパック確認します」と言ってレンジャーアルファの曹長が近寄ってきた。
「頼む」とデイヴィッド。
「まさかレジェンドと一緒に仕事ができるとは思いませんでしたよ」すごいキラキラした目で見てくる。
「前から、気になってたんだけどそのレジェンドってなに?覚えがないんだけど」
「隊長達が話していたんです」その隊長達を見る。2人ともニヤニヤしている。「イラクで、単身、戦闘に巻き込まれた住民を救助に行ったとか。しかも全員無事に。それで勲章もらったんでしょ?」
「かなり誇張されているな。わざわざ単身で行った訳じゃなく、作戦中に砂嵐で迷子になったんだよ。で、小さい集落を見つけて、そこに避難したら住民に殺されそうになった」
「え?」
「で、どうにか宥めて現在地を確認したら、爆撃予定地点だったんだよ。だから慌てて住民を避難させたんだ。すんでのところでフレンドリーファイアに巻き込まれるところだった。情報部の奴らが敵性勢力拠点を間違えたせいで飛んだ目にあったよ。もう少しで無垢の住民を死なせるところだった。原隊に戻ったら迷子になったことをこっ酷く叱られるし……で上はそれをもみ消すために、俺に勲章くれたんだ。」
「流石に地元で迷子にはならないよな?」レンジャーアルファ分隊の隊長。ブラボー分隊の分隊長も笑って「おかえりデイヴィッド」と言った。
2人ともイラクでの戦友だった。
道路を挟んで左右を1分隊ずつで、周辺警戒をしながら、村庁舎に向かっていた。
なぜか先頭を単独でデイヴィッドが進んでいる。
身体が覚えているようで、アサルトライフルを構える姿は様になっている。
まるで住民の気配がない。ペットの犬や猫なども見かけない。
まるで、ゴーストタウンになったようだ。
そういえば、風が吹いていないなと気づき空を見るデイヴィッド。
鳥も飛んでいない。
空にはオーロラのような現象が見られるが、それがどうしてなのかは分からない。
そもそも、ここはどこなのだか分かっていないのだから当たり前だが、これがこの世界の通常の気象現象なのか不明である。
住人は無事だろうかという心配に、銃のグリックを握る力が強くなる。
先行しすぎないように途中途中で、後方を確認する。
まあ、現役の連中が俺についてこられないなんてあり得ないなと苦笑いしながら、捜索を続ける。いちいち、それぞれの建物をクリアリングしながら進むことはない。目的は村庁舎に到達することであるから、5kmごとに小休止しながら前進した。
車両が早く届かないかなあと思いながら、歩いていると、小さく地震のように地面が揺れた。「震度1くらいか」とデイヴィッドは呟いた。日本で慣れっこになっていたため、震度の強さがなんとなく分かるまでになっていた。
2分隊の前進を止めて、周りを警戒するよう合図する。
皆が一席に小銃を構え緊張が走る。
「どうした?」無線でアルファ分隊長が訊いた。
「ちょっとした地震だ。別世界だから一応警戒したほうがいい」とデイヴィッド
「ウア」とアルファ分隊長が答えて、デルタ分隊長と目配せする。
しばらく静寂が続く。
すると金切り声のような悲鳴とも鳴き声もつかない音が響いた。
無線のスイッチをクリックする音が聞こえた。
警戒を強めろという合図だ。
K9にハンドラーが吠えないよう、微動だにしないよう指示していた。
風を切る音ともに、大きな影が猛スピードで過ぎて行く。
デイヴィッドは上空を見上げた。なんだか大きな鳥のような物が過ぎていったことはわかったが、それがなんなのかは分からなかった。ネイティブアメリカンの伝説のサンダーバードかと思ったが、あまりにも早過ぎた。後方のポータル拠点あたりから銃撃の音が響いてくる。
「CP何があった?」とアルファ分隊長
「謎の飛翔生物と交戦。どこからか突然、飛来してきた。すでに撃退終了。他にもいるかもしれないので、捜索は気をつけるように」と指揮所から応答があった。
レンジャーが撃ち落とした謎の生物をイが観察していた。
簡易の防護服を着て、マスクとゴーグルそしてゴム手袋をしている。
「こんな生き物見たことがない」とイが言った。
目の前に横たわる全長3メートルほどの生き物の死体は、まるで翼竜のような被膜を持ちそれが細長い腕から伸びて脚までつながっている。頭は細長くそれを特徴付ける長い吻からは小さく鋭いギザギザの歯が見える。目の縁を覆うように小さい棘の列が並び、その頭部に飾り羽根のような細長い触手のようなものがついていた。胴体は頭の半分くらいの大きさで毛に覆われている、足は極端に短い、両太ももから伸びた皮膜が尾のような突起につながっていた。
見た目、コウモリの体に無理に翼竜の頭をつけたような姿だ。
「解剖してみたいな」
「地球側へ持って帰りますか?」と軍看護士
「どんな、病原菌を持っているか分からない。レベル4の格納容器が持って来られればだが、それが無理ならどこか一箇所に固めて焼却したほうが良い」イは考えて、「とりあえずどこか邪魔にならない一箇所に集めよう。作業する者は皆、防護服を着るように。あと血で汚染された周辺の消毒をしてくれ。汚染地区と被汚染地区を作って、この死骸を管理。もし保管容器がこちらに持って来られないようであれば焼却するので、定置場所は慎重に設定するように」
「了解、指揮官に伝えます」
「銃座班、奴らどこから飛んできたか分かるか?」レンジャー指揮官が無線で訊いた。
「オーロラの向こうです」と無線から返ってきた。「観察していたのですが、ゆらめくオーロラの向こうに山脈のようなものが見えます。その手前に森も。おそらくその森から飛んできたのではないかと思われます」
「映像を送ってくれ」
無線のクリック一回。了解の合図だ。
周囲の建物屋上に設置した銃座からのカメラ映像が、パソコンに送られてきた。
確かに赤色だか赤紫色だかのオーロラのベールの向こうに山脈のようなものが見える。ただし、ゆらめい ている為とオーロラの色が濃いためはっきりとした映像ではない。
おそらくあの外は別の世界なのだろう。
捜索救助とは別に、この村の端を確認に向かわせた分隊は、今のところ無事に前進しているようが、まだ端に到着したという知らせはない。
あれは、おそらくこの世界特有の生き物なのだろうが、なぜ今まで姿を見せなかったのだろうという疑問が湧いた。
いや姿を現していたのか、もしかしたら住民はこの世界の生き物と交戦したため、破壊されている建物などが多いのではないか。そして住民達は身を守るたまどこかに避難しているのだろう。だが、交戦したのなら死体などの痕跡が残るはずだがどこに?
「コマンダー、見てください」
指揮所を防衛している兵士の声に反応し、レンジャー指揮官は、彼が指差す先を見た。
「なんだこれは?」
件の生物のちぎれた腕が、赤色の粒子になって崩壊している。
それはあっという間に完全に痕跡を消した。
なるほどこう言う事かと今まで疑問に思っていたことの一部が解決したが、なぜその様な事が起きるのかが分からない。
「移動させようとした、生物の死骸が跡形もなく消えました」と慌てた声で、無線から聞こえてきた。
「血痕すら消えています」
目の前で起きる異常現象にイは呆然としていた。こんな形で、生物が消滅するなどあり得ない。この世界特有なのか…。思考を巡らすが出た一言は「消毒する必要無くなったな」だった。ただし、ウイルスや菌などの痕跡が衣服などに付着している可能性があるので、彼は全身の消毒を兵士たちに指示した。
村庁舎の窓ガラスは割れ、壁の一部が損壊しているようだった。
デイヴィッドは、2分隊に前進するように手で合図した。
それに従って、アルファ、ブラボーが前進し、村庁舎入り口の左右でそれぞれ一列に並び、分隊長の指示を待つ。
「こちらは、ユナイテッドステイツアーミーレンジャーだ。誰か中にいるか」先頭の兵士の1人が叫んだ。「今から中に入る。我々は君たちを救助に来た。攻撃の意思はない」
その兵士が、後ろの分隊長を見る。
「ゴー」と分隊長がジェスチャーと口パクで言った。
その合図で、左右のレンジャー兵士が、流れるように村庁舎へ入っていく。
その姿を道路向かいの建物の影にK9とハンドラーと一緒に見ていたデイヴィッドは流石だなとと思いながら、「いくぞ」とK9とハンドラーに指示した。
銃を構え周囲を警戒しながら、デイヴィッドが前進する。その後にK9とハンドラーがついてくる。
すでに、レンジャー分隊がクリアリング行っているので止まらずそのまま村庁舎へ突入した。
建物内は電気はついていない。
小銃の先についているライトを点けて、周囲を見る。
レンジャーはすでにカウンターを過ぎて奥の部屋に向かっていた。
上階はブラボー分隊がクリアリングしている。
ハンドラー2人にレンジャーアルファとブラボーについて行くように、デイヴィッドは指示した。
K9とハンドラーがデイヴィッドから離れていく。
デイヴィッドは受付フロアに1人残り「CP、こちら捜索救助班、村庁舎に入った」と無線連絡した。
「了解」と簡単な返事が返ってきた。
K9が吠えた。
もう一度、レンジャーが名乗る声が聞こえた。
「CP、要救助者発見」と無線から聞こえてきた




