第4章
その異変に気付いたのは、気象観測をしていたアッシュフォード中尉とマギーだった。
「いま、歪んだわよね」とマギー。
アッシュフォード中尉が頷く。
ちょうど、視界に入っていたポータルが、ただ透明な楕円がゆらめいているのではなく、真ん中からグニャリと蛇のように一瞬曲がったように見えた。
ちょうど地震が起きた時だった。地震計には確かに震度1程度のピークが現れていた。
その後、すぐにあの空飛ぶ謎の生物が飛来したため、現場は混乱し、その事を失念していたが、落ち着いてもう一度、気象観測機器の無事を確認している時に2人はそれを思い出した。
「少佐、お話したい事があります」アッシュフォード中尉が無線に向かって言った。
「分かった」そっちに向かうとメイヤード少佐。彼は今、地球側から送られてきた、小型輸送車両の整備をしていた。ちょうど日本の軽トラックサイズのミニトラックだ。メイヤードが特殊作戦用に設計した車両で、一分隊分の人員を輸送できる。電気自動車で、隠密作戦も想定された車両だった。バッテリーが切れそうなら、小型の発電機で充電する事ができる。住民救出用に20台が運ばれる予定で、いまそのうちの5台が到着して、稼働準備をしていた。
そのミニトラックで気象観測班のテントに向かった。
「中尉何かあったか?」とメイヤード少佐。
「気象に関してではないのですが…」
「ポータルが曲がったの!グニグニって」マギーは無邪気な子供のように言った。
「このチャートを見てください」と言ってアッシュフォード中尉は地震計のグラフを見せた。
「この少し大きなピークと同時にポータルが歪みました。それとポータルがゆらめいているのはおそらく、この連続する観測できるかできないかくらいのこの揺らぎが関係しているのではないかと思われます」
メイヤード少佐はポータルを見つめて考えた。「もしかしたら……。いや、ジョーンズ中尉の見解を聞く必要があるな」と呟いた。
発見された要救助者は30名だった。
奥の会議室で身を潜めていた。備蓄食料は100人分の2週間程度が用意されており、それで糊口を凌いでいた。
「他の住民は?」
「多分、体育館か近くのジュニアハイにいるかもしれない。皆慌てていたので…」
レンジャーの兵士が住民が隠れていた会議室で村長に質問していた。
会議室は電気が来ていないため暗く、高輝度LEDライトを天井に向けて、照明にしていた。白天井に光が反射し、間接照明のように部屋の中を照らした。そのおかげで、皆の顔を見ることができた。
兵士の姿を見て、皆は安堵した表情だ。ショットガンなどで武装した者もいたが、兵士を見た途端、助かったと安堵したのか、涙を流して銃を置いていたと言う。
デイヴィッドはヘルメットとガスマスクを外して会議室に入った。
「デイヴィッド!?」と驚きの声が聞こえたので、そちらを見た。母親を守るように抱きしめている父親がいた。「お前、いつ軍に戻ったんだ」久しぶりにあった一言目がそれだった。
デイヴィッドは苦笑いして、「つい昨日だよ」と答えた。「トリシャは?」と妹のことを訊いた。
「外で救助活動していたから、体育館にいると思う」と父親は答えた。
「とりあえず無事で良かったよ。ロイの家族は見たかい?」
「トリシャ達と一緒にいるはずだ」
とりあえず、日が暮れてきたので、明日皆をポータルまで移動させる事になったので、いままでの経緯を住人達に聞いてまわっていた。
デイヴィッドとアルファの隊長は村の保安官に話を訊いていた。
「なぜ、会議室に隠れるようにして居たのですか?」
「ヤツらが来たからだ」
「ヤツら?街中が荒れているのと何か関係が?」
「身長3メートルにもなる化け物だ。あいつらと戦って、皆生き残ったんだ。殺された者も沢山いる」
「その者達の遺体は?」
「分からない。死んでしまうと、まるで砂の粒子にでもなっていくようにバラバラになってどこかに消えてしまうんだ」
「そのヤツらはどのくらい居るんですか?」
「分からない。地面が揺れるたびにどこからかやってくるんだ」
「では、地震が頻繁に起きていると言う事ですか?」
「そうだ、前は揺れない日もあったが、だんだん増えてきている」
「地球側では地震は確認されていないよな?」アルファの隊長がデイヴィッドに言った。
「俺の知る限りでは」聞く相手間違ってるぞと思ったが、デイヴィッドはそう答えた。
「そのヤツらってのはどんな姿しているの?」デイヴィッドが訊いた。
「とにかくデカいんだ3メートルから4メートルくらいの身長があって斧と槍を持っている。牛のような馬のような山羊のような変な頭をしている。まるで、悪魔のような姿だ。鎧のような物を着ているが、ライフルで対抗できた。9mはほとんど効かない」
「そいつらを倒したってこと?その死体も消えた?」
「そうだ」
メイヤード少佐達から謎の飛行生物が消えた事は無線で聞いていたが、まさか人間も死んだら消えるし、そんな巨体すらも消えてしまうのかとデイヴィッドは信じられなかった。
「じゃあ、そいつらに遭遇できないと言う事は、ほとんどそいつらは倒したって事か」と隊長。
「他にも彼らみたいに隠れ潜んでる住民がいる可能性がありますね」
「とりあえず、地震のあと怪物の襲撃が予想されると本部に伝えよう」
「こちらCP。了解した。地震とともに何かしらの襲撃があると言う事だな。皆に周知する」指揮官は無線でそう答えた。
無線で村に展開して捜索している隊員達にそれが伝えられた。
トラックほどの大きさの、UAVが完成し、夜間でも上空からの監視ができるようになっていた。2機のUAVには各種センサーカメラが取り付けられており、熱源と動体をAIで検知するようになっている。MQ9を一回り小型化したような作りだ。
UAVオペレターは、村の外周を右回りに回る飛行と、10km周囲を左回りに回る飛行を設定し、警戒体制をとっている。パイロット2名と分析官2名体制でパソコンと睨めっこしている。近くの建物にUAV制御用の大きなアンテナが建てられていた。
「UAVのプロペラ音が住民達に聞こえるように、抵抗度で飛行してくれ、気づいて外に出て来る者がいるかもしれない。ジョーンズ中尉の話では、東の機械部品工場に従業員含め500人くらい居るかもしれないということだ。そっちも確認してくれ」
「了解です」とオペレータ。
その夜、想定通り地震があった。昼間の地震より大きな地震だった。
「地上に熱源多数!」UAVセンサーオペレータが叫んだ。「西南より侵入。人間ではありません」
「レコンがいるあたりだな。隠れて極力戦闘は避けるように伝えろ」
「了解です」
「空にも多数の熱源、同じく南西より侵入した模様」
「武装していないUAVは回避しながらできるだけ状況を観察しろ」
「拠点防衛のため戦闘準備。あちらが攻撃して来るまで攻撃はするな」
空から飛翔してきたのは、昼間と同じ翼竜のような奇妙な生き物だった。
あっという間にポータル拠点に到着し急降下を始めた。それを攻撃と認識し一斉にミニガンが火を噴いた。
コンピューター制御されているので、昼間と同じように的確に撃ち落として行く。
「CP二足歩行の怪物がそちらに向かっている。住民の情報通り、斧や槍で武装している。盾と剣のようなものを持っている奴もいる」偵察に出ているスカウトから無線が入った。「何かを探しているようだ」
「了解」
「今のうちに、ここと、ここに伏兵を配置しろ」指揮官が地図を指していった。
怪物は南から進行してしてきていた。十字砲火を浴びせられるように企図した配置だ。
「念の為に30ミリも用意しておけ」
拠点まで数百mの位置まで怪物達が近付いてきた。100体はいるだろう。
おそらく金属の鎧と兜をつけている。その巨体は3mから4mはあり、その手に持っている斧や槍も通常人間が考えられるものより大きい。
その兜の意匠は、牛のように見えるもの、馬のように見えるもの、見たことのない生き物の顔など色々だ。
兜の形状からそれを被っている顔もそれに近いものだろうと推測される。
それらはゆっくりと行軍するように近づいてくる。
左右には何かの紋章を描いた旗を持った怪物がいた。4つ首の何かの怪物のような絵柄だった。
「あれって、ミノタウルスってやつじゃあ…」誰かが言った。
「攻撃の兆候があるまで発砲するな」指揮官が言った。
ゆっくりと着実に怪物は近付いて来る。
怪物のその息遣いまでも聞こえると思えるような距離まで近付いた時、その怪物の異様に恐れをなした兵が発砲してしまった。
一瞬、時が止まったように怪物も含め皆が固まる。
銃弾が牛頭の兜を被った一匹の喉元に綺麗にヒットし、その怪物はその巨体からは想像できないくらあっけなく倒れた。赤い血が溢れ、地面を濡らしてゆく。
仲間を倒された異形が怒りに震えながら、斧を振り上げ、雄叫びをあげて拠点に走ってくた。
その巨体のせいか、地鳴りのような地響きが辺りを覆う。
「30ミリ斉射!」指揮官が言った。
轟音があたりに響く。
数十秒。
怪物は皆倒れた。
あっけなかった。
あたりは静まりかえっている。
会敵からから制圧まで、あまりにも一瞬であったため、呆然としている兵士もいる。
「周辺警戒!」指揮官のその声に我に返り、皆が銃を構え直した。
「遺体を確認しろ」
レンジャーチャーリー班が怪物の骸が重なる路地に前進し、その生死を確認して回る。
「制圧確認。生存なし」と無線で返ってきた。
「チャーリーは、遺骸の写真記録を撮れ。UAVで他勢力は確認できないか?」
「他熱源なし」とセンサーオペレータ。
「警戒解除、それぞれの安全確認を行い休憩しろ」指揮官はそう言って、メイヤード少佐に「あれはなんだと思う?」と訊いた。
「分からんよ。ただ、悪魔などの類でないことは確かだろう、殺せるんだから。消えなうちにイに確認させる」とメイヤード少佐は言った。
大きな揺れに、村庁舎では明かりを消して、今までの恐怖を思い出してか、皆が息を殺していた。
遠くで、機関砲らしき撃発音が聞こえた。
拠点で戦闘が行われているのだろう。だがそれは、あっという間に聞こえなくなり、あたりは静寂に包まれた。
皆が最悪の事態を予測した。
「CP、こちら捜索班。状況は?」アルファの隊長が無線に問うた。
「敵性勢力と交戦。制圧完了」と短く返ってきた。
「問題ありません事態は収束しました」
皆が安堵したのが暗い中でもわかった。
「電気つけろ」隊長が言った。「皆さんは、しばらく眠ってください。明日の朝、救護班が来るので、それまでは我々が、周辺を警戒します」
その言葉に、住民皆の顔がほころび、涙を流す者もいた。ありがとうと何度も呟く者もいた。
「では、皆さんおやすみ」と言ってアルファの隊長は部屋をでた。廊下に出ると彼は「ブラボーは再度休息に入れ。03:00時にアルファと交代」無線で伝えた。
「ブラボー了解」と1階のロビーを警戒していたブラボーの隊長が返事した。
アルファの隊員達は屋上と庁舎外の遮蔽物に隠れ周辺を警戒していた。
外は街灯はついていないが、村を覆うオーロラのような物のおかげで仄かに明るかった。ただ、その揺らめきのせいで星空は見えない。
昼と夜があるのは確実で、あのオーロラのようなベールの外に世界があるのは確かなようだ。そして、普段はそのオーロラのような物は通り過ぎることができず、地震があるときに一瞬だけ、通り抜けることができるのだと推測される。
デイヴィッドは1人、村庁舎前の道路に立ち、夜空を見上げていた。
物理現象は地球と変わらない。投げたものは地面落ちるし、高いところから低い所へ物が転がることも 間違いない。重力加速度もほぼ同じ。光の直進性は同じように見えるが…おそらく空間の歪みは存在するが、認知することも計測する事もできないほど微々たるものであろうから無視しても構わないだろう。あの空を飛ぶ謎の生き物の飛行方法からして、物理的に地球と変わらないように見える。
これがこの空間だけの事なのか、あのベールの向こうでは、何かしらの違いがあるのか。
報告では山脈らしき物が見えるという事だった。それであるなら、造山運動も変わりないという事だろう。
日本のラノベや異世界ものでは、魔法の世界が広がっていたりするのだろうが、それこそ、物理現象どころか宇宙そのものが違う場所でない限り、そんなことはあり得ないだろう。もしかしたら、自分が専門の量子物理がマクロの世界にまでその影響を顕現させているならあり得なくもないかもしれないが。それこそSFになってしまうが、超文明があってウイルスサイズのマイクロマシンなんかが空気中にうじゃうじゃいるような世界だったら、魔法みたいなことできるかもしれない。
まあ、怪物達はそんなそぶりも見せていないし、彼らが持っていた武器を見ればそれはほぼないだろう。
ただ言えるのは、もし我々がアインシュタイン・ローゼンブリッジを越えて宇宙のどこかの星に辿りつたのであれば、宇宙には地球以外に生命が存在したと言うことだけは確かだ。それが意思疎通できるものであるかは分からないが生命は確実いた。
それだけでも世界を変える大きな二ユースだ。
それにワームホールが実在して、このように活用できる可能性があることを示していることが知れ渡ったら、世界はこれを実現するための技術開発に邁進し、その様相を大きく変えるかもしれない。それこそ宇宙旅行なんてものが身直になって、週末には火星でバカンスなんて時代も来るのかもしれない。
可能な限り色々な観測データを持ち帰り、それを分析することで、世界がより良いものに変わっていけば良いが…。
「中尉、食事を」兵士の1人がそう言ってレーションの袋を渡した。
「ありがとうと」と言って袋を受け取りふとメニューを見た。「ああ、俺の嫌いなヤツだ」とりあえずプレートキャリアの肩帯に差し込み、また空を見上げた。




