早く帰ってほしかっただけ
王女。
その単語を聞いた瞬間。
俺は思った。
終わった。
完全に。
静かな人生、 もう無理かもしれない。
◇
「突然の訪問をお許しくださいませ」
金髪の少女――王女は、 優雅に頭を下げた。
いや絶対偉い人だ。
オーラが違う。
しかも後ろには護衛までいる。
怖。
父親と母親は完全に緊張していた。
「お、王女殿下がなぜこのような場所に……!」
「れ、レイ! 失礼のないようにね!?」
いや、 一番帰ってほしいと思ってるの俺だから。
王女はゆっくり俺を見る。
赤い瞳。
真っ直ぐな視線。
なんか圧がある。
疲れる。
「あなたがレイですのね」
「……ん」
「噂は聞いておりますわ」
やめて。
その流れ嫌い。
「“沈黙の英雄”」
本当にその名前広まってるんだ。
恥ずかしい。
かなり。
◇
王女はソファへ座った。
その瞬間。
ミシッ。
「……?」
ソファが軋む。
やめて。
嫌な予感。
だが今回は壊れなかった。
良かった。
本当に。
俺は少し安心した。
すると王女が口を開く。
「単刀直入に言いますわ」
「……?」
「王立学園へ来てくださいませ」
やだ。
即答したかった。
だが。
「あなたほどの方を、 地方に埋もれさせるわけにはいきません」
違う。
埋もれたい。
かなり。
しかし王女は真剣だった。
「王都では既に、 あなたの話題で持ちきりですの」
なんで。
「森の主を退けた件も聞きましたわ」
「……しらない」
本当に知らない。
なんか勝手に爆発してただけだ。
だが王女は目を細める。
「隠すのですね」
違う。
説明してる。
◇
その時だった。
グラッ。
「……?」
王女の持っていたティーカップが傾く。
危ない。
熱そう。
だが次の瞬間。
パシッ。
近くにあった布が偶然滑り、 カップを支えた。
さらに。
コロン。
落ちたスプーンが絶妙な位置で止まり、 紅茶が広がるのを防ぐ。
しーん。
沈黙。
俺は固まった。
……またか。
王女も固まっていた。
護衛たちも絶句している。
すると王女が、 ゆっくりこちらを見る。
「……今の」
「しらない」
先に言っておく。
知らない。
だが王女は、 なぜか感動したように呟いた。
「私に恥をかかせないよう、 瞬時に空間制御を……?」
違う。
偶然。
本当に偶然。
しかし護衛の一人が震えていた。
「なんという精密な魔力操作……」
だから違う。
魔力使ってない。
たぶん。
◇
「……やはり」
王女が静かに立ち上がる。
嫌な流れ。
「あなたは本物ですわ」
なにが。
俺は疲れた顔になる。
すると王女が微笑んだ。
「ますます興味が湧きました」
やめてほしい。
本当に。
「入学試験の日、 楽しみにしていますわ」
楽しみにしないで。
かなり。
そして王女は帰っていった。
……帰った。
やっと静かになる。
俺は心の底から安心した。
だが。
「レイ……!」
母親が感動で震えていた。
「王女殿下に認められるなんて……!」
父親も遠い目をしている。
「とうとう王家まで……」
違う。
何も始まってない。
俺は静かにソファへ倒れ込んだ。
疲れた。
本当に。




