魔王、世界の変質を見る
側近は、トラクターから降りる際に足を踏み外した。
顔面からまだ耕されていない地面に叩きつけられた側近は鼻をさすりつつ、魔王へと向き直る。
「ご無事でなによりでございます! 側近、ただいま戻りました!」
膝をつき右手を胸に当てる。魔王国での礼だ。見慣れたそれを制し、魔王は問う。
この赤い亀はなにか、と。
「こちらですね? トラクターと申しまして」
側近の熱の入った説明を受けたところ、これは人間国の『カラクリ』と言うものらしい。魔石に込めた魔力を消費し、自動走行する代物だそうだ。
ぐるりとトラクターを見渡すと、後方になにやら鍬が輪になったようなものがついている。見ると、やや斜めに進んでいるがしっかりと土が耕されている。
「あっ、見ました? すごいんですよ人間国! 力がないからとこのようなカラクリを使って、いま産業革命の真っ只中!」
興奮冷めやらぬ側近は、エンジンだ、タイヤだと矢継ぎ早に説明してくれるが、理解が追いつかないまま聞いている。
「これで大丈夫ですよ、魔王様!」
勢いよく振り返った目が魔王を捉える。魔王は一つため息をついて、トラクター側に落ちたままのメガネを拾う。
「……一言くらい話させてくれないか、側近」
「あっ」
メガネについた土を服で軽く払い、魔術でメガネの状態をほんのわずかに巻き戻す。トラクターに落ちる前の、きらりと反射するレンズの出来上がりだ。
それを差し出しながら、魔王は口を開いた。
「……よく戻ったな」
トラクターによって作られた『道』が呼吸を始めている。
魔王には、その道が確かに“生きているように”見えた。




