魔王、田んぼで赤い亀と出会う
魔王は、鍬を振り下ろしていた。
先日から進めていた田の開墾作業は遅々として進まない。所詮一人で出来る範囲には限りがある。
いくら魔王とて、魔術で開墾することは土地に良くないことはわかっていた。しかし、こうも進まないとなると、魔術に頼りたくもなる。
「……やめよう」
考えを振り切るように首を振り、鍬を置いた。そのまま井戸へ向かう。遠くから風の音に混ざってなにかが聞こえる。低く響く、唸るような音。あまり聞いたことがないが、鳥にしては低すぎる音だった。変わった鳴き方をする種類もいると聞いたことがある。そういうものだろう。
滑車式の井戸の中にバケツを投げ入れ、ロープを引く。数度引けば、バケツには水が満杯になっていた。
バケツに手を入れそのまま擦り合わせる。爪の間に入った土を落とし、一度水を捨てた。
やけに鳥がうるさい日だ。思いながらもう一度バケツを投げ入れ水を汲む。手に水を掬い、口をつけた。
長時間の農作業によって乾いた喉が潤っていく。そのまま何度か水を口に運んだ。
一息ついたところで、耳障りな音があたりに響いていることに気づく。鳥だと思っていたがそうではない。重低音の、なにか得体の知れぬ音だ。
周りを見渡すと田の向こう、廃村のあたりになにか巨大な物体があることに気づいた。平屋のそれより高い屋根、赤い体、大きな牙を持つそれはうるさく叫びながらこちらへ向かってきている。その背後には灰色の煙が立ち込めていた。
とっさに手に魔力が巡り指先が熱を持つ。しかし相手がどのような魔術を使うかわからない以上、こちらもどう動くか決められない。
徐々に近づいてくるそれは、田の半分ほどまで来ていた。すると、一度大きく唸ったかと思うとすっかり鳴りを顰めてしまった。
すっかり静かになった田の上で対峙する赤い謎のもの。よく見ると体は前傾姿勢で四足歩行、亀のように甲羅を背負っているように見える。口はどうやら開いたままのようで長方形の歯が一本見えている。
観察を進めていると、突然甲羅が開いた。その継ぎ目からメガネが落ちてくる。
あれは……見覚えは、あるような気がした。
「ま、魔王様ー! ご無事でしたか!」
継ぎ目から顔を出したのは腹心である、側近だった。




