魔王、誰もいない国で農業を始める
魔王は、畑を耕していた。
城から見える村に、もう灯りはない。
崩れた家々の間を風だけが抜ける。
それでも春になれば、土は返さなければならなかった。
雪どけ水を含んだ土は、まだ重く沈んでいた。
鍬を持つ手が止まるが、すぐに振り下ろした。
土の割れる音がする。硬く締まった地面が少しずつ崩れていく。
何度か前後にゆすり、鍬を引き抜く。刃に張り付いた土が、乾いた音もなく落ちた。
鍬を持ち上げ、振り下ろす。鍬を持ち上げ、振り下ろす。
やがて、鍬先が何かに当たった。
鈍い感触だった。
魔王は動きを止める。少しだけ間を置き、鍬を引き抜いた。
掘り返された土の中から、白いものが見える。
それは、おそらく同胞の骨だった。
魔王は鍬を地面に立てかけ、ゆっくりと土を払った。
小さな白い棒は、汚れてはいたが、欠けもなく形を保っていた。
風が一度だけ吹き抜ける。
「……すまなかった」
誰に向けたものでもない声だった。
魔王はそのまま手をかざし、静かに魔力を流し込む。
骨は淡い光に包まれ、輪郭を失っていく。
細かな粒子となり、風に溶けるように空へと消えていった。
光が完全に消えたあと、魔王はしばらく動かなかった。
やがて静かに目を閉じ、数秒だけそのまま立ち尽くし、再び目を開く。
視線の先には、田が広がっていた。
水平線まで続く田だった。
かつての地形の境目も、村の名残も、その先にある森の影さえも、今は曖昧になっている。
ここから端まで、どれほどの時間がかかるだろうか。
一人で終わるものではないことだけは、分かっていた。
魔王は小さく息を吐いた。
そして鍬を握り直し、土から引き抜くように立ち上がる。
視線を落とし、田を見据える。
「……まずは、この田からだ」
魔王は再び鍬を振り下ろした。




