Great people make mistakes 前編
「適切な施し……?」
「ああ、この書類に目を通してくれれば大まかな説明は書いてあるが、見てもらった方が早いかな。ついてきたまえ」
するとオリバーはドアを開き別の部屋へと案内される。
部屋を出て正面の部屋──すなわち左の部屋の扉を開けて、オリバーが待っていた。
三人が入った先には凄惨な光景が広がっていた。
人が寝れるほどの台とそれを取り囲むように見た事のないような巨大な器具が所狭しと並んでいる。
漠然とここが作業室であることはわかった。
改めて手元のプリント類を確認する。
『魔法石の人体移植実験及び実用化計画』
そのタイトルには倫理観をかなぐり捨てている傲慢さを覚えつつも、どこか学問や実生活の発展に大きく貢献していると主張するような誇らしげな雰囲気を感じる。
それと同時にこの焼けた鉄のような匂いの正体にも気づくだろう。
部屋に入ると、赤い魔法石から声がした。
「痛い!痛い!頭が……痛いよぉ!」
一瞬意識を込めてみるとフィラが頭を抱えて痛いと叫んでいた。
ゼノもフィラを片手で抱き寄せていたが、彼もまた頭を抑えて辛そうだった。
「どうしたの?そんなに辛いなら出よう」
「お構いなく……ほら、フィラ。もう少しの我慢だ」
「う、うん……」
「いい子だ」
ゼノがフィラの背中をさすると、彼女は気持ちが楽になったようで、痛みに歪んだ表情も少し和らぐ。
意識を戻すとオリバーが再びこの部屋の生い立ちを語り始めていた。
「私は科学者であったが、信念を持っていたかった。だから最初の実験体は自分にしたんだ。そして実験は……成功した」
博士がカッターで服を裂いて胸元を見せると、胸元には縦に縫合跡が残っていた。
「彼と私は一心同体だ。心身共に魔法石との距離が近ければラグを消せる。この研究で魔法の発動のラグは限りなく小さくなった。私も若手時代のように魔法が撃てる。ただ、最も大きかったのは副作用だ」
「副作用?」
「私も驚いたが、私の精神が魔法石に移る代わりに魔法石が心臓を動かすようになるんだ。魔法石が死ぬと私も死ぬが、魔法石が死なない限りは私も死なない。意思は生きる」
胸元の手術跡をなぞりながら、オリバーはしみじみと語った。
心臓に移植した石のような心臓が拍動し、それが自分の高揚する感情だと触覚で分かる。
「狂ってる……」
ロイヤーが理解を拒む。
オリバーはリチャードを向くと、語りかけるように話しかけてきた。
「では問おう、リチャードくん。魔法石になったドラゴンは生きているのか?」
「……俺の中では、ドラゴンは生きている」
「そうか、いい答えだ。では、魔法石になった人は生きていると言えるか?」
「……」
ドラゴンに置き換えたら──生きている。
ただし人間は魔法石を生成などしない。
肉体を持つ生命としての人間の面影はそこにない。
リチャードはその場で答えを出せなかった。いや違う、白黒つける答えを出すメリットが微塵もないのだ。
「いい答えだ。君のような優しい魔法使いは、否定も肯定もしないと思ったよ」
オリバーは彼のなにも言えない判断を肯定した。
またも、リチャードの考えを読んだように。
「悪くないものだよ、魔法石になるというのも。なにより、誰よりも信頼している者に心を預けられるのだから」
「違う。魔法石は"ドラゴン"の象徴だ」
リチャードが反論する。
「フフフ、そん言い方をしないでくれよ。まるで私がドラゴンのようではないか」
その反論にオリバーは邪悪な笑みを浮かべた。
咄嗟にロイヤーが杖をオリバーに向ける。
杖先では風が渦巻いている。彼は臨戦態勢に入っていた。
「ロイヤーくん!」
ロイヤーの風を操る杖は、旋風を刃のように振る舞わせる。
喉元に剣を突きつけられているのと同義と言えるのに、オリバーは動じない。
むしろ薄ら笑みを浮かべている。
「おっと、ジョークのつもりだったんだがね」
「答えろ……あなたはドラゴンなのか?」
「人だよ。ドラゴンなら魔法石を移植する必要は無いだろう」
「……!あなたは……ドラゴンよりも卑しい最低最悪な人だな」
ロイヤーが吐き捨てる。
尊敬がそっくりそのまま軽蔑へと変わっていた。
二人は目を合わせたまま動かない。
「まったく、まだオードブルの途中だと言うのにね。仕方ない、メインディッシュへ案内しよう」
オリバーは扉を開けて外に出る。
残っているのはメインディッシュと称された奥の部屋のみ。
オリバーは奥の部屋の扉を開いた。
奥には螺旋階段が続いている。
オリバーの後に続くように螺旋階段へ踏み入れると、カツン──カツン──と鉄製の螺旋階段が音を立てた。
そして下った先にはまたも扉。
「ここに客人を招くのは、君たちで二度目だ」
そう意味深な言葉を吐きながら、オリバー扉を開く。
扉の先には広大な空間が広がっていて奥には壇があるなど、その佇まいはまさに大ホール。
そして、その大ホールの中心に誰かいる。
その人物はリチャードがよく知っている人物でもあるので、彼の人影を見た瞬間に声が出る。
「ヴァージルさん!」
憧れであり、バディ。
そんなヴァージルが病室ではなくこんなところにいる。
彼と出会えてリチャードは喜んだ反面、ロイヤーは不審に思った。
なぜこんなところにいるのか。
そして──気づく。
「待ってくださいリチャードくん!様子がおかしい!」
刹那、薄暗い大ホールが灯色に染まる。
目の前を斬撃が通り抜け、遅れながらその場が焼き尽くされた。
この業火はロンドン市民なら忘れもしない。
あの五年前の惨劇、大火の大ドラゴンの襲来をその脳裏に呼び起こさせる。
ヴァージルと三人の間の火の海は、まるで決別のように激しく燃え盛った。
「ヴァー……ジル……さん……」
リチャードは目の前の現実を受け入れられない。
あれだけ高潔で、誇り高き男だ。
まさかあの邪悪な笑みの男に屈したりなどしないだろう。
もしかしたら、その胸には既に宝石が埋め込まれているかもしれない。
そう考えれば益々リチャードは現実から目を背けたくなった。
「ねえ、ヴァージルさん……なんで、剣を抜いているんですか?」
ヴァージルは答えない。
「ねぇ……どうして!」
「リチャードくん!」
「なんで!!!」
「リチャードくん!危ない!!!」
ロイヤーが無理やりにでもリチャードの腕を引いた。
するとさっきまでリチャードのいた場所が、一瞬で夕焼けのようなオレンジ色に変色する。
まるで、その一体が太陽になったように爆炎を上げた。
二人は物陰で息を切らす。
男の子も自分が見たことないような大火に怯えていた。
「ハァ……ハァ……リ、リチャードくん……君は何を考えて──」
「なんで……どうして……」
リチャードは仰向けになりながら、左腕で目元を隠していた。
しかしその頬には大火の光を反射する一筋が伝う。
ロイヤーはリチャードを叱ろうとした。
明らかにヴァージルとしての自我を失っているのは分かっている。
だからこそ冷静な対応をしなくてはならない。
それが魔法使いとしての使命。
ただリチャードのその姿を見て、彼が今どれだけ大きな存在を失い、敵対してしまったのかに気づかされた。
そう思うとロイヤーは、彼を責めることなど出来ようがなかった。
「フッフッフ、やはり素晴らしいよ。さすがは私を追い抜いた魔法使い、そして……私の"最高傑作"だ」
大ホールにはリチャードのすすり泣く声と炎が燃え盛って弾ける音、そしてオリバーの笑い声が響く。
リチャードはそんな絶望的な現実を前に、孤独さえ感じて立ち直れそうになかった。
その時──
「諦めるのか?」
声が聞こえる。低くも明朗な声。
声の主のいる杖先に手を当てると、外気とはまた違う熱さが伝わってくる。
「ここで戦うことを辞めるのか?それでも私と勝負した決闘者か!」
ダレンが熱い叱咤を投げかけた。
「無理だ。ヴァージルさんに勝つなんて……俺みたいなダメなやつとは違う」
「本当にか?」
「実力が違いすぎる」
「実力だけが全てか?」
「全てさ。勝てるはずがない。俺一人じゃ」
「お前は一人か?」
そう問いかけられると、リチャードは目元の腕をどかす。
腰を起き上がらせる。
ロイヤーや男の子が自分を見つめているし、アルやシャト、ベル、そしてゼノとフィラもそこにいる。
「一人で勝たなくていい。そもそも、お前をダメだと思ったことなど一度もない」
ダレンの魔法石がより一層熱を帯びる。
「あの日、逃げ惑いながらも私にトドメをさした時の君は、格上相手に何を思ったんだ」
リチャードはようやく思い出した。
自分が魔法使いとして戦う理由──街を守る為なら例え格上相手でも挑む覚悟、勇気を。
「そうか……今の僕には、みんながいる!」
心に火が宿る。
その炎はかの大火の大ドラゴンの火にすら挑むような力強い炎だった。




