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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
第2章 Dirty works in London
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Deviate

 会社からほど近い研究所。

 民間が保有する最高クラスの対ドラゴン兵器にしてドラゴンを最も知る男。

 その叡智に二人は踏み入れる。

 自動ドアを開けるが、受け付け室には誰もいない。

 なんなら電気も所々ついていない。

 国の威信を背負う男の研究室としては粗末な表の設備に見える。

「人気が無いですね」

「そうだね。ねえ、見覚えはある?」

 リチャードは男の子に問いかけた。

「わかんない。僕、気づいた時には病院だったから……」

「……そうなんだ」

 三人はそういいながら前へと進んだ。

 常に杖を構え、どこから敵が来てもいいように辺りを見回しながら。

 しかし、二人の予想に反して中は静かだ。

 というより、人がいるはずの研究所がこれほどまでに静かなのは余りに不気味である。

 奥へ進んで行くと研究所の行き止まりにたどり着いた。

「え?」

 一本道で両脇に部屋がそれぞれついているだけ。

 研究所、それも人体実験の疑いがあることを踏まえると、かなり小規模な印象を受けた。

「ハズレ……ですかね」

「その可能性はあるけど……なら、なんでここに患者を送る理由が……」

「部屋の中にも探りを入れてみましょう」

 二人は奥から順に部屋を見てみるが、不審なところは見当たらない。

 ただ手がかり無く時間が過ぎる。

「中々上手く行きませんね、リチャードくん」

「そうだね、やっぱりハズレなのかなぁ」

「僕は諦めてもいいと思っていますよ。確かに雰囲気は怪しいですが、どっちかと言うと捨てられたと考えています」

「確かに…」

「そうなった場合は、他の場所を洗わないといけないですね……また一からやり直しです」

「でもさ、ここに辿り着けたってだけで意味はあるよ」

「そうですね」

 二人は納得して進んだ通路を戻ろうとした。

 その時、リチャードを妙な違和感が襲う。

 何となくだが嫌な予感がした。

 足が止まる。男の子の方を見る。

「ねぇ」

「ヒッ!」

 少し声をかけただけだったが男の子はかなりビビっている。なにかに怯えているのは明白だし、それもこんな怯え方は普通じゃない。

 まるで命の危機を思い出したかのような怖がり方だ。

「どうしたの?もしかして、なにか思い出した?」

「この音……怖いぃ……」

「音?」

 確かに雰囲気のある場所だが、これから戻るタイミングでこんなに怖がる理由がある──だろうか──

「どうしたんです?」

「シッ、ちょっとだけ静かにしてて」

 不審に思ったロイヤーをリチャードが静止して、辺りが一気に静まり返る。

 ただし、微かに聞こえる一つの音を除いて。

 低く唸るような音。明らかな機械音だ。

 大都市で生きる彼らにとって、その音は身近な場面でよく耳にする日常的な生活音の一つ。

「エレ……ベーター……?」

 リチャードは音のする方へ歩を進めた。

 見たところ袋小路の最奥。そこには何もないはずだ。だが、壁に手をついてなぞってみる。

 すると少し薄汚い壁が禿げて、その先には金属質の両開きのドアが現れた。

 それはまるでペンキの塗られた壁を擦ったように。

「これは……魔術!」

「そうだよ。なんで思い出せなかったんだ……この研究所は魔術でカモフラージュされてる。そうだ!あの時、俺が行った倉庫がない!」

 ロイヤーがエレベーター前に足を運ぶ。

「かなり精巧な魔術ですね。中々見破れない」

「この魔術の熟練ぶりは……やっぱり……」

「いや、まだ確定ではありません」

「そうだね」

「とりあえずこのエレベーターで下りた先に答えはあるのでしょう」

 その時──ベルの音が鳴る。

 エレベーターが上がってきて、扉が開いたのだ。

 中には誰も載っていないが、まるで魔術が解かれたことをトリガーにして登ってきたような薄気味悪さ、不気味さがあった。

 二人は顔を見合せた。

 そして頷いて、エレベーターに乗り込んだ。

「の……乗るの?」

 男の子は半ベソになりながら露骨に嫌がった。

「大丈夫。俺がついてるよ」

 それでもリチャードが手を差し伸べると、心が落ち着いて乗る決心が着く。


 低く唸る機械音に身を委ねると、エレベーターは勝手に地下三階へと向かった。

「え!?」

 ロイヤーが他の階を何回押しても反応がない。

 まるで最初から地下三階とあの一階しかないように、地下三階へ直行した。

 扉が開いた。

 その先の景色は、酷く殺風景な打ち付けのコンクリート。

 既視感がある。あの日の倉庫に向かう時に通った道。

「リチャードくん。ここからは、要注意ですよ」

「ああ、ロイヤーくん」

 二人は杖を構えた。

 そして中腰で周りを警戒しながらゆっくりと確実にクリアリングしながら進む。

 男の子はリチャードの腰にしがみつく。

 心なしか、今までで一番しっかりと掴まれている。

 そのくらいこの場所が怖いのだろう。

 かく言うリチャードも、そして恐らくロイヤーも心臓が飛び出そうな程に怖い。

 それでも彼らが進むのをやめないのは、恐怖心より市民の安全を守るという魔法使いの心が勝った証拠だ。

 そして、クリアリングが遂に引っかかる。

 通路の奥から一人の男が出てきた。

「やあ、君はヴァージルのバディの……リチャードくんだったね。そして、噂は聞いているよ。同じ会社の魔法使いなのに、今が初めましてかな?ロイヤー・ウィリアムハートくん」

「お久しぶりです」

「お初にお目にかかります」

 その男は、現役の民間所属では最もドラゴンを退治した伝説の魔法使い。そして、僅か三年でこの世界で最も偉大な魔法学研究者となった学者。

 オリバー・T・フォールドその人だった。

「いやぁ、わざわざこんなところに来るなんて、最近の若い子は行動力があるね」

 二人の険しい顔付きに反し、オリバーは泰然自若としていて掴みどころがない。

「あなたは……ここで何をしているんですか?」

 ロイヤーが尋ねた。

「君たちから赴いておいてそれは、中々おかしな質問だね。私の研究所なのだから、当然私の研究だ」

「どんな研究をしているのです?」

「気になるかい?」

「……いいえ」

「気になるのだね。着いてきたまえ」

 まるで心が見透かされているようだった。

 オリバーは二人が辛うじて自覚する程度の僅かな好奇心を感じ取った。

 するつもりのない後戻りの仕方も忘れていた。


 オリバーが奥へ進むと、三つ扉があった。

 左側、右側、そして奥の突き当たり。

「真ん中がメインディッシュだ。オードブルは好きに選びなさい」

「ならば……右」

「いい答えだ」

 ロイヤーが答え、オリバーがその回答を褒める。

 そして右手側の扉を開き、中に入るように手でジェスチャーした。

 その指示に従って、二人は右の部屋に入る。

 部屋の中は紙でいっぱいだった。

 机の上に収まりきらず床にも膨大な量の紙が所狭しと落ちていて、壁一面にも画鋲やテープで張り付けられている。

 紙は一枚一枚にびっしりと文字が書かれていて、それがこの部屋にある紙全てに書かれていると思うと、十年以上の研究のようにも思える膨大なものだと感じる。

「凄い……現役の頃からやっていたんですか?」

「ハハハ、まだ現役のつもりなのだがね……やはりここ二年は博士としての性格が強いか。まあいい、この研究を始めたのは四年前。ヴァージルが独り立ちして、この会社のドラゴン討伐に私が必要なくなりつつあった時くらいからだ。人は歳をとる。老いる。その中で、肉体が現役の魔法使いとどう渡り合うか真剣に考えたのが始まりだった」

 散らかった机の上から、まるでそこにあることがわかっているかのように紙を手に取って、二人に見せる。

 そこには当時の彼が衰えて、やがて自分がドラゴンを狩れなくなることに対する多くの葛藤を抱えていたことが分かる。

「これが、研究の原点……」

「そうだね。私は最強になっていくヴァージルが羨ましかった。あんなに仲のいい大ドラゴンと人間は見たことがない。私はこの魔法石たちを殺したんだ。その罪悪感からどうしても、あそこまで深入りできなかった」

 オリバーは少しガッカリしながらそう言う。

 それは本物の才能の前にして自分に才能がないと思い知らされ、自分を下げる人間のそれだった。

「だが、この研究のお陰で私は新しい立場を得た。魔法使いが魔法学を研究をするのは珍しかったのでね。多くの企業が私に出資してくれたんだ。魔法使いとしては老いぼれでも、使い古された魔法使いの看板はまだまだバリバリだった」

 そういうとオリバーは、再び見通したように壁に貼られている紙を画鋲から解放して三人に見せてくる。

 そこにはズラリとスポンサーの名前が並んでいた。

 そこに名前の乗っている企業はロンドン市民の十人に聞けば十人が、百人に聞けば百人が知っているような有名企業ばかり。

 それだけの発言力を持っていたということを改めて実感させられる。

「研究を続けているうちに、衰えが最も影響するのは思考を行動に移すまでのラグタイムだと気がついた。このくらいの老いぼれは考えはすぐに浮かぶが、それをやるのには若い機敏さが必要なんだ。この数瞬がどれだけ身を救うかは、魔法使いなら知っているだろう?」

「当然」

「もちろんです」

「そこで私が最初に試したのが、魔法石や杖に魔術をかけること。これが成功して、少しばかり早くなった。だが、それでも足りなかった。まだまだ遅い。そしてなんとなく、この辺が魔術の限界なことも分かった」

 オリバーの表情は研究が思いどおりに行かないことを話しているはずなのにどんどん明るくなっていった。

 それが不気味に感じてくる。

「しかしこの研究の意味はそこが肝ではない。それまで魔法石に魔術をかけるのに効果はないと言われていた。だが、適切にかければ意味がある。それはね──」

 メガネが光を浴びて反射し、目元の様子が分からなくなる。

 ただ老いたその顔が満面の笑みであることは、話しぶりからでも分かるし、見てみたららしくないほどの笑みをしていた。

「適切な施しをすれば、今までの不可能を可能にしうるということだ」

 彼の笑みが限界を超えた。


 第二十一話【完】

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