Great people make mistakes 後編
リチャードが物陰から出てくると、ヴァージルがリチャードの存在に気づいて顔を向ける。
しかし、その表情はあまりに強い炎光のせいで視界が陰になっていて見えない。
一方のリチャードの顔つきはさっきまでとは打って変わって堂々としている。これから二人が決闘のような殺し合いをすることを如実に物語っていた。
リチャードが杖を構える。
ダレンと気持ちは一つ。
いざとなったら他の魔法石を使う準備は出来ているが、初撃は一番信頼できる彼だ。
面と向かってお互いの動きを伺い、刹那──炎が大きく揺らいだ。
「黒煙!」
それが彼らの開戦の合図。
息ぴったりに黒煙が撒かれ、リチャードは即座に黒煙と反対方向に退避する。
そして狙い済ましたように──黒煙が炎に触れる。瞬間的にあたりが衝撃を伴った灼光に包まれて、爆風と圧倒的な熱波や轟音が大ホールを満たした。
リチャードが目を開ける──その時、爆炎の向こうからヴァージルが飛び出してくる。
リチャードは慌てつつも、身体が反応してくれて即座に避けることができた。
さっきまでリチャードがいた位置をヴァージルの斬撃が空を切り、その斬撃をなぞるように炎が駆け抜ける。
斬撃には明確な殺意がこもっている。
あわよくば説得できないものかと思ったリチャードは、その希望を切り裂かれたような気になる。
ヴァージルさんにはそんな気持ちでは勝てるはずもない。
覚悟しよう。もしかしたら自分が死ぬこと、そして死んだとしてもヴァージルさんを止めるということを。
リチャードは本気でヴァージルに挑む。
「黒煙!」
リチャードは黒煙を撒き、この灼熱な大ホールで次々爆破を起こした。
一方のヴァージルもさすがというような攻撃を見せている。
リチャードは粉塵爆発を起こしてヴァージルを攻撃していくが、徹底して逃げのスタンスを取っている。
それに対してヴァージルは瞬発的に飛び出してリチャードをじわじわと壁際へ追い詰めていた。
不利な屋内戦でありながら、ヴァージルはその場での最善手を選べる実力があった。
ただし、オリバーには懸念があり、今その瞬間にその正体に気がつく。
リチャードは先からずっと左手の甲を口元に当てている。
そしてさっきその左手が光ったのを見て、リチャードが指輪をつけていることと、その指輪に口を当てていることに気がついたのだ。
「……まずいな」
オリバーが口走る。
このままでは一酸化炭素中毒が発生することに気がついた。
そうはさせまいとオリバーが手を打とうと思えば、どこからかカタカタと音がする。
「有害煙×停電」
そして次の瞬間──橙色に染まる大ホールが、消灯した。
「なっ……!」
リチャードは困惑する。
あたりが急に暗くなったので、周りが見えない。
だが次の瞬間に目の前に一筋の火がともる。
「……!」
気づいた時には──遅い。
リチャードは押し倒される。そして馬乗りになったヴァージルが炎を纏った剣を、今にもリチャードに突き刺さんとしていた。
「リチャードくん!」
「お兄さん!」
二人が叫んで、ロイヤーは剣先に風を起こしたが、熱風が渦巻いて自分への負荷も強く使い物にならない。
救援も来ないとなれば、勝負とリチャードの命運は決した。
だが、不思議とリチャードの顔は歪まなかった。
悔いが無いわけじゃない。死が怖い訳じゃない。正義だと思っていた自分が負けるのも嫌だ。
だが──正々堂々、真っ向勝負で戦ってくれたことに対する敬意に近い感情だった。
リチャードに許された行動は、もう貫かれるために胸を差し出すしかなかった。
──しかし、刃がリチャードを貫くことはなかった。
剣はすぐそこまで来ているのに、その剣がリチャードにトドメを刺そうとしない。
暗がりの中灯る剣の光で、薄らとだがようやくヴァージルの顔が見える。
リチャードはそこで息を飲んだ。
「ヴァージルさん……?」
剣を握る手が震えている。
リチャードが彼の頬を撫でれば、汗なのかとても湿っている。
「なにすんだよ……殺すぞ……」
ヴァージルが悪態をつく。聞き慣れた悪態にもどこか安心感がある。しかし、その悪態が普段と違うのは、なんだか震えた声だったこと。
「ヴァージルさん……俺は……」
「うるせぇ!何も言うな!」
ヴァージルはまた悪態をついた。しかし、リチャードは命運を受け入れるような穏やかな笑顔で言い残す。
「……あなたが先輩で、嬉しかった」
「何も言うなっつってんだろ!」
そういうとヴァージルは剣を握る手により一層の力を込めて、振りかぶる。
だが、リチャードに突き立てることは叶わない。
振りかぶったものの、剣を投げて暗がりの中でリチャードを抱いて泣いていた。
「これが、伝統あるピカデリーのエースの姿か?」
オリバーは少し唖然とした。
暗がりでも、そこにいる全員がヴァージルが泣いていることを悟った。
大人とは思えないような大きな泣き声。
自分の行いに取り返せない罪悪感を抱いていたのは、他でもない自分だった。
罪悪感やある種の安堵。その他諸々の複雑な感情がこの号泣に詰まっていた。
「殺さないんですか?」
「殺せるわけねぇだろ!俺たちは"バディ"だ!」
ヴァージルのリチャードを抱きしめる力がより一層強くなる。
「い……痛いですって、ヴァージルさん」
「あっ、悪ぃ……」
ヴァージルが反射的にリチャードを離す。
そして、リチャードとヴァージルは立ち上がる。大ホールに明かりが灯る。明かりの灯った壇上では、オリバーが拍手をしながら二人を称えていた。
「いやいや、実にドラマチックで感動的ではないか。ヴァージル、君は最高傑作に相応しいよ」
オリバーはヴァージルがリチャードの殺害に失敗していながら、それにすらも興味深いという目線で見ている。
「先生……やっぱりこんなのは間違ってる。こんなやり方でドラゴンに勝っても、報われないんじゃ──」
「では君は、魔法石を人類で初めて運用した頃の話を知っているのか?何百年も前、今みたいにドラゴンを使役するのも容易ではなかった時代。それこそドラゴンよりも魔法使いの暴発が命を奪った時代を」
言葉には貫禄があった。
ヴァージルですら魔法使いとしての歴史は八年。
対するオリバーはもう四十年も見えてきているくらいの年月差がある。
時の重さが彼の言葉の根拠だった。
「それは……」
ヴァージルは言葉に詰まる。恩師の言葉には中々反論できない。
「それと同じだ。過去の失敗が便利な今を作ったように、現代の失敗が未来を作る。いつか君たちが私のように衰えても、生涯魔法使いとして最前線を張れるように、全盛期を過ぎた私たちはその命を賭して君たちにドラゴンと戦いながら寿命を迎えてほしい!」
「そんな未来、求めてない!」
「リチャード……」
語気を強くして語るオリバーの話を、リチャードは遮って否定した。
この日初めてオリバーは表情を曇らせた。
リチャードは一直線にオリバーを見上げる。
「求めてない……だと?」
「そうだ。そんなの間違ってるに決まってる。誰かの為に誰かが犠牲になる世界なんて……」
「じゃあ君は家畜についてどう思うんだ?」
「必要なのは正論じゃない!その人がどんな生き方をして、どう死にたいかだ!たとえその通りじゃなくても、そんな風に人生を送りたいかを思って行動することが大事なんだ!」
リチャードは断言する。
「中々夢想的なことを言うんだね、君。気に入ったよ、君の夢の耐久性を試してみたくなった」
そういうと、オリバーは巨大な杖を取り出す。
その姿を見てヴァージルが息を飲んだ。
リチャードも凝視してその不思議な形状の杖を見つめる。
優にオリバーの上背を超えていて、先には宝石の着いた円盤が三重になって備え付けられている。
「なんだ……あれ……」
リチャードがそう口走った瞬間にヴァージルの口からその正体が明かされる。
「墓標の杖……」
「え?」
「先生の一番の武器だ。あの杖先についてる宝石……その全部が別々の魔法石だ……」
リチャードはそう聞くと意識を杖先に向ける。
「殺す!」
「逆らうことは許さない!」
「我が主の為に!」
杖先からはまるで呪詛を吐くように魔法石がこちらへと敵意を向けている。
「研究漬けだったからな。この子たちも人と戦えるのが嬉しいのかもしれないね」
そういうとオリバーは杖先をリチャードたちへと向ける。
「閃光×雨天」
オリバーが呪文を唱えると瞬間的に大ホールを目を開けないほどの限りない白が埋めた。
そして、全員の目がようやく現実に戻ると、自分の体──いや、床含めた大ホールの低い場所が全体的にびしょ濡れになっている。
そうすればオリバーは次の呪文を唱えた。
「寒空×落雷」
次の瞬間、さっきまであれほどの熱気に包まれていた大ホールが一気に寒冷化する。
身体中に水を浴びていた全員は一気に体温を下げてしまうが、そこに追い打ちをかけるように雷が降ってくる。
濡れた彼らの身体を効果的に雷が貫く。
これはさすがに魔除のローブを着用していてもキツイ。
リチャードが片膝をつく。
「どうした?君の理想は所詮夢幻か?」
オリバーは壇上から見下すようにして杖を構えている。
その様になっている杖の構えが、彼の積み重ねた何十年というドラゴン討伐の重みを語っていた。
第二十二話【完】




