Reappear 後編
「お兄さん、魔法使い?」
リチャードのローブが引っ張られて、足止めを食らう。
引っ張られたローブの先には患者衣の少年がいた。
そしてリチャードを憧れの眼差しに捉えていた。
「……行きましょうリチャードくん」
ロイヤーは先を急ごうとする。
「いや、ちょっとだけの間この子の話を聞くよ」
「事件は?」
「絶対長くはしないから、お願い」
リチャードは顔の前で両手を合わせる。
ロイヤーは「ハァ……」と大きくため息をついた。
「まったく君という人は……私は先に王立討伐院病院に向かいます。必ず追いついてくださいね」
「ありがとう、ロイヤーくん」
そういうと、ロイヤーは病院を後にする。
「それで、僕はどうしたの?」
「魔法見せて!魔法!」
「魔法か……こんな病院の中じゃ危ないから、見せられないかな」
「ええー」
「ごめんね。でも、魔法は遊び道具じゃないし、見せるために使うものでもないんだ」
「そっかぁ……」
「君はそんなに魔法が見てみたいの?」
「うん!僕、大きくなったら魔法使いになりたいんだ!」
「きっとなれるよ」
「えへへ」
男の子は頭を掻いて少し照れる。
「ねえ!魔法ってどうやったら上手くなるの?」
「上手くなる?」
「うん!お兄さん、魔法使いなんでしょ?」
「それはそうだけど……上手くなる……か……」
リチャードは魔法を扱うのが上手いとは思ったことがなかったので、彼に対する言葉に詰まる。
自分の過去の討伐を順番に思い出して、そして一つの結論に辿り着く。
「そうだなぁ、ドラゴンと仲良くすることかなぁ」
「ドラゴンと?でも、ドラゴンを倒すんでしょ?」
「そうなんだよ、そうなんだけどさ。倒した後はお互いに仲直りするんだ」
「仲直り……」
「そう、どんな人とも、どんなドラゴンともね」
「なんかかっこよくない。でも、楽しそう」
「そう思えるなら、君はいい魔法使いになるよ」
男の子は再び照れる。
「それじゃあ俺も仕事があるんだ。そろそろ行くね」
「お兄さん行っちゃうの?」
「ごめんね、忙しいんだ」
「お兄さんも、みんなと一緒?」
「みんなと一緒?」
男の子はじわじわと顔が曇ってくる。
「どういうことか、聞いてもいい?」
「魔法使いの人、みんな怪我してここに来るから、僕、いっぱいお話したんだ。退院したら魔法見せてくれるって言ってた。だけどみんな帰ってこない」
「その人たちの名前は?」
「リックお兄ちゃん、ジョニーお兄ちゃん、マリーお姉ちゃん、トーマスお兄ちゃん、ジョージおじさん、ホセおじちゃん、イブラヒムお兄ちゃん──」
彼の口からはリチャードの知らない魔法使いたちの名前が次から次へと出てくる。
それだけの名前をこんな子どもが覚えていること、そしてそれだけ多くの魔法使いが約束も果たせていないままということが有り得るのだろうか。
リチャードは不可解に感じた。
その時、後ろから足音が病院内に響く。
「おや、こんなところに居たのかい。全く、勝手に部屋を出ちゃいけないよ」
さっきの赤い紐の医者だ。
医者は優しい顔と声で男の子を迎えに来たが、その迎えが来た男の子の顔は凍りついたようだった。
「部屋に戻ろう」
「嫌だ……」
「相変わらず悪い子だね」
そういうと、医者は男の子の手首を掴んだ。
「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
男の子は抵抗するが、大人の男性には微かな力でしかなかった。
すぐに抱き抱えられてしまい、暴れても暴れても、ガッチリと抱き抱えられた彼の腕からは逃げられない。
「嫌だ!嫌だ!助けて!お兄さん!!!」
「コラコラ、病院なんだから静かにしていないとダメだろう?」
「嫌──!」
彼の口元を成人男性の大きな手が覆って、たちまち声が響かなくなる。
医者は男の子の口を抑えながら担いだように抱えると、病院の奥へと向かおうとする。
「待ってください」
だが、医者は聞く耳を持たない。
となれば、キュッキュッと音を鳴り、医者は突然掴みかかられる──リチャードの手が、彼の肩を掴んでいた。
「なにをする、この部外者が!」
医者の腕力という軛から解かれ、男の子はリチャードの足元へ逃げ隠れる。
「おかしいでしょ、いくらなんでも患者に対する扱いじゃない。あなた、本当に医者ですか?」
「無礼なやつだ。まあいい、その子供を渡せ」
だが、男の子はリチャードのローブの裾を握ったまま離さない。
「なぜ来ない?」
「行くわけないだろ、あんな怖い思いをさせて」
「はぁ……実力行使しかない……か……」
医者は青い魔法石を取り出すと、それを手の平の中で光らせる。
「来る……!逃げるよ!」
リチャードは男の子を抱き抱えると、すぐさま医者から逃げるように走り出した。
「逃がすと思うなよ……」
魔法石に力を込めると、その先にエネルギー球が生成されて、病院の廊下内を青い稲妻が横向きに降り落ちていく。
そして、轟音が追いつかないような速度でリチャードを襲った。
リチャードはなぜだか分からないが、反射的に男の子を投げていた。
刹那、男の子を手放すと当時に雷がリチャードに命中する。
「……!」
身体中の血液が雷光に当てられて、その一瞬にして沸騰するような厳しい一撃だった。
「お兄さん!」
「逃げ……て……早く……」
「無駄な抵抗だ、全く愚かな魔法使いだ」
医者はもう一度、雷の魔法を撃つつもりだ。
青い雷エネルギーが魔法石の先に充填されていく。
もうすぐにでもあれが来る。
絶体絶命──と思った次の瞬間、空気が弾けたような乾いた音が病院の廊下に再来した。
その頃にはもう雷光は音を置き去りにしてリチャードに命中する。
──はずだった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息切れと空気の焦がされた音が聞こえて、リチャードは起き上がる。
リチャードと医者の間に誰かいる。
その人影を見れば、リチャードは目を丸くした。
さっきの男の子だ。
さっき逃がしたはずの男の子が、身体の一部をドラゴンのそれに変えて雷を弾いていた。
「……は?」
呆気にとられるのも無理はない。
目の前で突然男の子の体の一部がドラゴン化していたのだから。
もしかして、プロと同じ種なのか?
そもそも、男の子はドラゴンなのか、なぜ病院にいて、医者に回収されかけていたのか。
それに医者のあの対応やドラゴンの示した強い拒否反応も気になる。疑問は尽きない。
「フフフ……ハハッ……アーッハッハッハ!素晴らしい!ようやく真の姿を解放できるようになったのか!」
医者が高笑いする。この状態が想定挙動のようだ。
「真の姿……」
「おい、お主」
突然、男の子がリチャードに話しかけてくる。
リチャードは身構えた。
この相手はドラゴンなのだから、魔法使いの彼がドラゴンを警戒するのも無理はない。
「下がっていろ、邪魔だ」
あまりの雰囲気に呑まれ、リチャードは数歩分後退った。
そうすれば男の子──いや、ドラゴンは再び医者の方へ向き直る。
今一瞬こちらを振り返っただけでも、白人のはずの彼の肌が黒っぽく変色し、瞳も美しいほどに緑味のかかった青っぽく変化していた。
男の子は右手の人差し指を医者に向け、銃を打つようポーズを見せる。
するとあのエネルギー球が指先に生成され始める。
「いいだろう、どちらが速いかを教えてやる」
医者も魔法石の先に再びエネルギー球を生成する。
そしてお互いに空気を弾けさせて、青光りが辺りを包んだ。
青光りが止むと、廊下ではズタボロになった医者と、こちらもかなり消耗したドラゴンが佇んでいた。
二人の睨み合いは途切れない。
あれほど大きな爆発を起こしたというのに、二人はもう一発打たんと言わんばかりの表情だ。
だが、それは叶わない。
突然ドラゴンの手が引かれる。
「逃げよう!」
「お主、何をする!」
「お医者さんを見てて!」
「……!」
ドラゴンは目で医者を制した。
この子を逃がすまいとするはずの医者だが、立ち尽くしたまま動かない。
しばらくすると気が抜けたように崩れ倒れる。
先の一撃で彼は体力を大きく消費していたようだった。
しかし残り僅かな体力が彼の唇を動かした。
医者を見ていろと指示されていたドラゴンは、その唇の動きから医者の悪あがきを読み取る──
二人は病院を脱出した。
ロイヤーの待つ討伐院病院に向けて、リチャードは後ろにこのドラゴンを乗せて空を飛んでいた。
気がつけばドラゴンとしての姿から、元の男の子に姿が戻っていた。
ほうきの上では、ただ風を切る音だけがする。
「ねえ、話聞かせてよ。君が何者で、あの病院で何が起きたのかを」
二人の間の静寂を破ったのはリチャードだった。
後ろにいる彼を見てあげることはできなかった。
もちろんそれはほうきの操作があるからだが、なんとなく彼の顔を見ていると、彼の精神の深淵に触れようかという質問をしようという気にもならなかったからだ。
「分からない。僕はずっと病院にいた。特別だから、病気の治りが遅いって……」
「もしかしたら、そうなのかもね」
リチャードは名言は避けた。
数瞬の間を置いて、男の子はリチャードに尋ねる。
不安を聞いてもいいと、少しだけ不安が和らいだ。
「お兄さん、僕……ドラゴンなの?」
「……分からない」
「人間なの?」
「分からない」
「僕は……殺される?」
「ごめんね……俺には、まだ分からないことが多いんだ」
そこから二人は一言も交わすことなく討伐院病院に到着した。
「リチャードくん、遅かったじゃ……酷い怪我……何かあったんですか?」
「詳しいことは分からないけど、あの病院は普通じゃない」
「そうですか……」
その時ロイヤーはリチャードの足元に隠れる一人の男の子が目につく。
「リチャードくん、その子は?」
「この子は……ドラゴンかもしれないし、人かもしれない。それも分からない」
「あなたのところのドラゴンと同じ種ですか?」
「分からない。それより、そっちは?」
「こっちも当たりでした。この病院から多くの魔法使いが"ある施設"に転院していたんです」
「ある施設?」
「それは、僕らの想定していた三つの病院じゃなかった。研究所です。しかも、ピカデリーからほど近い」
ロイヤーがリチャードに住所を伝え、三人は研究所へ向かった。
ピカデリーの社屋の近くということもあり、到着にはそう時間を要さなかった。
「ここが、真犯人の居場所」
ロイヤーは突撃の体勢をとる。
だが、リチャードは身体中の筋肉が強ばった。
なぜならその研究所の主に見覚えがある。
「ロイヤーくん……何かの間違いじゃないの?」
「ここです、私立ウィザードパワー研究所。間違いありません」
「でもここって──」
リチャードは一つ息を飲む。
「フォールド博士の研究所だ……」
第二十話【完】




