Their left footprints
そうして、二人は数日の間ドラゴンについての聞き込みや捜査を行う。
だが──
「ごめん。俺は何も知らん」
「そんなことがあったの?」
「早く倒してちょうだいね」
などと、中々上手くいかない。
度々「あの奥の森でそれっぽいのを見たぞ」と、有力に思える情報を得て探索に向かうが、やはり決定的な証拠の獲得や、なによりドラゴンとの邂逅は果たせていないままだった。
「リチャードくん……本当に居たんですか?そのドラゴンは……」
ロイヤーがついに弱音を零した。
やはりいくらなんでもドラゴンの決定的な証拠が見当たらない。
そんな焦りから、彼はドラゴンの実在すらも疑っていた。
「でも、証言はあるんだ。きっといるよ」
「群れたドラゴンの羽音がたまたまそう聞こえたのではないですか?」
「でも、討伐報告は上がってないじゃないか」
「別の管轄の魔法使いが討伐したのかもしれません」
「そうは言っても、もし倒してなかったらどうするんだよ」
「僕たちの力不足でしょう」
「だったら諦めたくない。力不足で人に被害を出したくない」
「それはそうですが……」
リチャードも内心、存在を完全に信じられてはいなかった。
これだけ探しているのに、羽ばたき音はあの日以来聞けていない。
居たとしてもどこか別の場所に行ったのではないかとも考えた。
それでもリチャードの答えは決まっていた。
「俺は諦めたくないし、諦めないよ。でもロイヤーくんはヴァージルさんが居ない今、会社で一番強い魔法使いだ。君が他のドラゴンを倒しに行くなら、俺は止めたくないし、そんな権利もないと思う」
「……」
「……好きにしていいよ」
リチャードはそういうと、再び森の奥へと歩を進めた。
ロイヤーはリチャードに背を向けるが、そのまま立ち止まったままだった。
リチャードはどんどんと奥に進んでいき、やがて彼の背中を、押しのけていた草木が隠してしまう。
ロイヤーは前に進もうとする。
だが、そうはできなかった。
その時、背後から声が聞こえた。それがリチャードのものだということはわかる。独り言のようだ。
「ロイヤーくんには、無理やり付き合わせちゃって悪かったなぁ。やっぱり無茶だったよなぁ。そもそも、めっちゃ強いドラゴンだったら、俺一人で勝てるのか?」
弱音が聞こえて、ロイヤーは肩を落とす。
なんだ、やはり君もへこたれているんじゃないか。
強気に啖呵をきった割には、拍子抜けだな。
そう思うと、さっきと比べて足が簡単に動く。
"帰ろう"
そう思った時、草木の奥からリチャード独り言がまた聞こえてきた。
「……いやいや、気合い入れろ俺!弱気になるな!これも街のみんなのためだ!」
今度は弱音を律し、自分を奮い立たせる言葉だった。
その言葉が胸に響く。
気づけばロイヤーは歩むべき方向へと足を向けていた。
「リチャードくん」
「えっ、ロイヤーくん。まだいたんだ」
「そんなすぐにどこか行けるわけないでしょう?」
「そ、そっか……そうだよね」
「それより、随分と弱音が聞こえましたよ?」
「えっ!?」
「一人じゃ大変でしょう、手を貸します」
「……ありがとう、ロイヤーくん」
「なんてことありませんよ。臨時とはいえ、バディですから」
そう言うと、二人は再び森の中を泥臭く探索する。
今日もまた、成果をあげられないまま空が暖色を帯びてきた。
またダメだろうか。だが、二人は折れるつもりはまったくない。
「リチャードくん。もう時期暗くなりますよ」
「うん、でももう少し粘ってみようよ。なにか見つかるかもしれない」
「そうですね。あと十分くらいなら、急いで戻れば業務時間内ですし、そうしましょう」
「うん」
そうして、二人が森の奥に向かうと、リチャードは足元に違和感を覚えた。
「ロイヤーくん、ちょっとこれ」
「どうかしたんですか?」
リチャードが地面を指さす。
地面には多くの靴跡がついていた。
これだけ多くの靴跡だ。
可能性としては大勢が集まったか、一人の人間が長居したかだが──
「不自然ですね。公園とはいえ、こんな人気の無さそうな森の奥」
「うん、俺もおかしいと思う」
そして、ロイヤーはより目を凝らして靴跡を見てみる。
そして、さらにおかしな点を挙げた。
「……この靴跡、すべて同じだ」
「てことは……一人がずっと居たってこと?」
「……違う。同じ……なんです……この靴跡……全部左足だ……」
「えっ!?」
リチャードは慌てて靴跡を確認する。
靴跡を無作為に見て見ても結果は同じ。
左足。
左足。
左足、左足、左足──
どこまで見渡しても──左足。
あまりに多くの靴跡だ。しかしこれだけ靴跡があるのにも関わらず、一足たりとも右足の靴跡は見つからない。
あまりにも不気味すぎる。普通ならありえない事だ。
「リチャードくん、同じ型番の靴を態々二足買って左足だけ履く変人が、このロンドンにいるかもしれませんよ」
「冗談なら笑えたね」
二人は冷や汗をかきながらお互いにジョークを言い合った。
その時、二人の後ろからガサガサという音が聞こえた。
狂気的恐怖に飲まれつつあり、神経が過敏になっている二人は、同時かつ俊敏に後ろを振り返った。
誰も居ない──いや、草木の影に隠れているだけだ。
ガサガサッ──また動く。
その草木の奥に、それは確かにいる。
だが、咄嗟に動いて確認できるほどの度胸など、二人には無い。
「リチャードくん……」
「うん、ロイヤーくん」
二人は屈みながら杖を構えて、恐る恐るその方へと近寄っていく。
そして、彼が隠れているであろう草木の前まで進んだ二人は、目でコミュニケーションを取る。
しかし、リチャードは恐怖から少し物怖じしているようで、そんなリチャードを見ているとロイヤーは相対的に自分の恐怖が和らいだ。
「やれやれ」という表情を見せながら、恐怖を無理やり踏み倒して、草木を掻き分けた。
草木の先には、誰も居ない。
「な、なんだ……何もいないじゃないですか……」
「ロイヤーくん、もう大丈夫?」
「警戒は怠らないように……ただし、出てきても大丈夫です……今は何もいません……」
ロイヤーのゴーサインを聞けば、裏手の草木の影からリチャードが杖を構えながら出てくる。
「拍子抜けですね……展開的に、左足の主が来るものだと思いましたよ……ねえ、リチャードくん」
「ロイヤーくん……」
「どうしたんですか?リチャードくん」
「……その展開みたいだ」
震えた声でロイヤーに話しかけながら、リチャードは茂みの奥からなにか取り出す。
ロイヤーは最初それがなにか分からなかったが、リチャードがロイヤーの前に出してくれば、ようやく正体がわかる。
「それは……」
大部分を本来の色彩からかけ離れたであろう命を忘れた暗い赤色に染め、所々に大きな穴の空けたスニーカーだった。
しかも──左足の。
「取り敢えず、帰りましょう。これだけの情報を手に入れたんですから」
「そ、そうだね」
二人の魔法使いは会社に戻る。
二人が会社に戻る頃には少しだけ就業時間を過ぎていた。
だが、二人は残ることを事務員に伝えて、鍵を預かることにした。
リチャードが机の上に、さっき拾ったスニーカーを置いてみる。
「どう思う?これ……」
リチャードが尋ねる。
ロイヤーもその靴を持ってみて、靴底や材質なども観察してみる。
「靴底は間違いありません。あの靴の跡と一緒です」
「じゃあやっぱり、あの左足の跡は……」
「まだ分かりません。ただ……状況証拠的に、この靴の持ち主があの左足の正体で間違いないと見るべきです」
さらにロイヤーはスニーカーの要所要所を注意深く調べてみる。
「このスニーカー……割と新しいですね」
「そうなの?」
「ええ、よく見ると履き癖が浅い。つまり、買ってから日が浅いか、常習的に履いている靴ではないということです」
「凄いねロイヤーくん、よく見てるね」
「ドラゴンの癖を見抜くのと比べれば、人間の文化の癖の方が何倍も分かりやすいですよ」
そうして、二人は夜遅くまでスニーカーから得られる情報を調査、考察した。
「ただいま」
「リチャードさん、遅かったですね」
リチャードが家に帰ると、アルが落ち着いたテンションでリチャードを出迎えた。
「ああ、ごめんね。プロは……」
「寝てます」
リビングまで進むと、プロが机に突っ伏したまま眠っていた。
「さっきまで起きてたんですよ?眠いならベッドに行った方がいいって伝えたんですけど……リチャードさんの帰りをずっと待ってて……」
「そうだったの?……なんだか悪いことしちゃったな」
リチャードはプロを抱き抱えると、ベッドに寝かせて、毛布をかける。
「ムゥ〜……リチャード〜……」
魔法使いでいるのは、街を守りたいからだ。
だが、それと同じくらいに、自分が保護者としてプロを守らなければならない。
リチャードは改めてそのことを実感した。
翌朝、プロは早くに目が覚める。
気がつくとベッドの上で寝ていた。
いつの間にか移動していたのだろうか。
光の侵入に対して防衛反応をとる瞼を擦りながら、プロはリビングに出てくる。
「!……リチャード?」
プロは、リチャードの帰りを待っていたことを思い出した。
頭をブンブン振って辺りを見回し、リチャードを探す。
だが、リチャードの姿はない。
「アル……アル!」
プロはアルのことも呼んでみるが、見当たらない。
こないだ家にやってきた魔法石たちも、宝飾屋で今頃武器としての体裁を整えてもらっている。
プロはこの日、かなり久々に家で一人ぼっちになった。
「なるほど、興味深いですね」
その頃ピカデリーの会社内。
朝早くから出勤していたリチャードとロイヤーに加えて、今日はアルも会社にいた。
アルはスニーカーを観察する。ドラゴンなりの知見があるかもしれない。
「確かに……ドラゴンっぽい匂いはしますが、人の匂いもしますし……中古品を履いていたとか?」
「でも、かなり新しいように見えるよ?」
「そうですよねぇ……中々どうしてこんな壊れ方をするのか……自分には検討がつかないです」
ドラゴンにして魔法使いであった経験を持つアルを持ってしても、この靴の主を特定することは困難を極めた。
だが、重要な情報も同時に手に入れている。
「でも、ドラゴンの匂いがするんだよね」
「はい、この靴の持ち主はドラゴンで間違いありません」
「この靴の持ち主はドラゴンってことだね」
「全く、なんて気分の悪いシンデレラなんだ」
一行は再び昨日の現場に向かう。
第十八話【完】




