They Left footprints
二人の魔法使いは、その後ドラゴンを見かけることなく会社へと戻った。
「リチャード、ただいま戻りました」
「ロイヤー・J・ウィリアムハート、右に同じく」
二人が帰社報告をしたまさにそのタイミングだ。
「おお!ちょうどいい所に二人とも。君たちに用があるんだ、すぐに社長室に来てくれたまえ」
社長が喫緊の用事と言わんばかりに二人を社長室へ通した。
二人はなんの用なのかも分からないまま取り敢えず社長室に入る。
社長はすごすごと社長机の椅子に腰を置いた。
「二人を呼んだのは他でもない、ヴァージルくんのことだ。ヴァージルくんの状態については聞いているか?」
「はい、一ヶ月程度の離脱期間になると……」
「情報が早くて助かる。そうなると、時にリチャードくん。君はバディが居なくなり単独行動ということになってしまうな?」
「えっ、ええ……まぁ……」
「そうなれば、君は一人でヴァージルくんが倒すようなドラゴンを討伐できるか?」
「えっ……それは、厳しいですけd──」
「だよな」
リチャードは社長の急ぎ足のような口調に踊らされて、あれよあれよと同意させられてしまう。
「時にロイヤーくん。君も長らく一人の任務が続いて大変だったろう」
「いえ、特にそうは──」
「大変だよなぁ?」
「ああ……はい」
ロイヤーは社長の意見に否を唱えるも、あまりの圧に押されて折れてしまう。
「そこで、臨時だが二人にバディを組んでもらいたい。本来ならルーキー同士のバディはバディの意義に反するから行いたくないのだがね。今回は緊急事態だ」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「頼んだよ二人とも」
社長はそう言うと椅子をくるりと回し、窓の外へ視線を向けた。
「……」
二人は顔を見合わせる。
どうやら、もう決定事項らしい。
「全く、少しくらいこっちの話聞いてくれてもいいのに、勝手に話まとめられたら困っちゃうよ」
カフェテリアで二人で昼食を取りながら、リチャードは愚痴っぽく吐き出した。
「……ごめんね、ロイヤーくん。俺みたいなのの面倒見ることになっちゃって。別に、一人のが動きやすいとかだったら、勝手に動いちゃっていいから──」
「い、いえ!全然!リチャードくんのこと、そんな風に思ってませんよ」
「……偉いなぁ、ロイヤーくんは」
そういうとリチャードは、呑気にテーブルに置かれたカレーを一口頬張った。
ロイヤーもカレーを口に運んでいたが、その手は止まることも多かった。
その後二人は事務作業を終えて家路に着く。
「それじゃあね、ロイヤーくん」
「はい、また明日会いましょう」
二人はそれぞれ自分の家の方向へとほうきを飛ばした。
「少し遅れちゃったなぁ。プロとかお腹空かせてそうだし、なんか買ってってあげようかな」
帰り際、寄り道するか考えていたリチャード。
そんな思考を切り裂くように、彼の耳には突然奇妙な音が入ってくる。
バサバサッ──バサッ──バサバサッ──バサッバサバサッ──
突如としてなにかが羽ばたく音がこだまし始める。
五拍子かと思えば次には三連符のように、そう思った直後には八分音符の転拍子みたいに、不規則的な羽ばたき音。
聞き覚えがある。
あの発表会の夜に聞いた不気味な羽ばたき音だ。
「どこだ!」
リチャードはすぐさま振り返り、辺りを見回す。
しかし闇夜ということもあって、中々見つからない。
それでもリチャードは諦めない。
一度は取り逃がしたが、もう次は何かしらの情報を掴みたい。
そもそも、こんな不規則な飛び方をするドラゴンなら、身体も不規則にブレてしまうはずだ。
だが居ない。見当たらない。
そして、気がつけば羽ばたき音はしなくなっていた。
やはりリチャードはドラゴンを見つけられなかった。
「本当に……なんなんだこの羽ばたき音」
見つからなかったのは仕方がない。
リチャードはあの日のように後味悪く現場を後にした。
翌朝、リチャードは寝付きも悪かったのもあってか、少し早く出社した。
明らかに不審な羽音だ。
あのような羽音は、リチャードを持ってしても、聞いた経験はこの二度のみ。
だがあの羽音がドラゴンのものであるということは、ロンドンで二十年以上生活した経験から、半ば確信していた。
だからこそその姿を確認できないのは不思議でしょうがなかった。
「はぁ……いったいどうすりゃいいんだろうなぁ……」
「なにをどうするんですか?」
「なにって……そりゃあ変な羽音のドラゴ……ン……」
質問に答えたリチャードは、質問を投げかけられたことに驚いて、反射的に後ろを振り返った。
そこに居たのは相も変わらず掴みどころのない笑みを浮かべるロイヤーだった。
「ロ、ロイヤーくん!?」
「どうしたんですかリチャードくん。僕がそんなに怖いですか?」
「い、いや……そういう訳じゃないけど……」
「僕たちは"バディ"でしょう?隠し事はやめましょう」
「いや、隠し事って訳じゃ……」
「中々面白そうな事件を追ってるなぁと思いましてねぇ」
ロイヤーの笑み──いや、顔は笑っているが、目が笑っていない。
目は口ほどに物を言うとことわざもあるが、それにしたって「その話を詳しく話せ」と言う圧が、その眼差しから嫌という程にかけられていた。
目が訴えかけてくる。
ジリジリとその圧は強くなり、リチャードにさらに強い圧力をかけてくる。
「あぁー!分かった、分かったよ……。他のみんなに内緒にしてくれるなら、全部話すよ」
「……はい。では、聞かせてください。君になにがあったのか」
ロイヤーはにこやかに返事をした。
リチャードは全ての事の顛末をロイヤーに伝えた。
「なるほど……それは不思議ですね。僕はその羽ばたく音を聞いた事がないので詳しく話は分かりませんが、確かに奇妙です」
「二回とも羽ばたき音が聞こえたのは夜だったから、昼だったら見つけられるかと思ったんだ」
「これは僕の推測になるのですが、そのドラゴンをリチャードくんは見つけられていないんですよね?」
「そうだね。俺はそのドラゴンを見たことがない」
「二度とも、どんな風に探しましたか?」
「えっ……羽ばたき音がするから、空を色々見て回ったよ」
「やっぱりそうだ」
「なにが?」
「あくまでも"僕の推測が正しければ"ですが、そのドラゴンは不規則な羽ばたき音なのでしょう?」
「……うん」
「なら、そもそも飛べてないんじゃないですか?」
「飛べてない?」
「そうです。ドラゴンは羽を動かすことはできても、飛ぶことが苦手なドラゴンなのかもしれません。空を探しても見つからないのが、そもそも飛べてないからだとしたら?」
「そっか……ドラゴンは地上に居たかもしれないのか」
「そうと決まれば……」
「早速現場に行こう!」
二人の魔法使いはローブを羽織ると、社屋を飛び出していった。
二人がやってきたのはハイド・パーク、ケンジントン・ガーデンズなどの広大な公園付近の通り。
「確かこの辺りであの羽ばたき音が聞こえたはず」
「人通りの多いこの辺りなら聞き込みにも効果がありそうですね」
二人はまずは近くを通る人たちに声をかけてみた。
「ドラゴンの情報?さあねぇ」
「あまり詳しいことは分からないわ」
「物騒だなぁ、早く倒しちゃってくれよ!俺たち応援してるから!」
リチャードは聞き込みこそできたが、中々有力な情報を掴めないでいた。
そんな時だった。ロイヤーが珍しく無邪気にリチャードの元へ駆け寄ってきた。
「リチャードくん!掴めましたよ、強い情報!」
「本当!?」
「ホントに見たのよ。確か……昨日の夜、八時くらい?ケンジントン・ガーデンズの奥の森の方に、変な影」
ロイヤーの連れてきた女性が、質問について証言した。
「それで、どんな影でした?」
ロイヤーが少し食い気味に質問する。
「そうね、夜でよく見えなかったけど……大きかった。まるでそう……大男って感じで、あとはなにかをブンブン振ってたわ」
「夜八時なら……俺の帰りも似たタイミングだよ」
リチャードも証言した。
ロイヤーはある程度この女の話は事実に基づいていそうだと判断する。
「捜査への協力、感謝します」
「それより、次は……いつ会ってくれる?」
「ドラゴンに聞いてください」
ロイヤーは微笑んだ。
「行こう、ロイヤーくん!」
「ええ」
二人は公園の中へ向かって走っていった。
二人はとにかく森を探してみる。
手当たり次第に草をかき分けて、木の合間合間を見て回った。
だが、中々痕跡が見つからない。
というより、この広大なケンジントン・ガーデンズの森を捜索するのは難しい。
「そんな特徴的な羽ばたき音がするのなら、草木は不自然な折れ方をしていそうなものですが……」
「中々見当たらないね」
足跡もそんな変なものは無さそうだ。
やはり有力の証拠の少なさから、捜査の難航を想定すべきだった。
しばらく探しているうちに、日も暮れてきた。
今日の捜査は打ち止めだろう。
「さすがに初日から、そう簡単に見つかりませんか……リチャードくん、そろそろ帰りましょう」
「そうだね」
リチャードは残念がりながら、ケンジントン・ガーデンズを後にした。




