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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
第2章 Dirty works in London
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気取り屋の彼女と飾らない彼 後編

 「リチャードおかえりー!」

 「おかえりなさい」

 家の奥からプロがリチャードに駆け寄って抱きつこうとする。

 しかし途中で顔を顰めて、抱きつくことをやめてしまう。

 「リチャード……臭い変……」

 「あーごめんごめん。ちゃんとシャワー浴びたんだけどなぁ……」

 だが、しばらくするとプロは匂いの出処を見つける。

 「リチャード、変な匂い……そこから」

 そうして指を指した先にはリチャードの仕事カバンがあった。

 「あー……バレちゃったか。本当はもっとサプライズみたいに出したかったんだけどね」

 リチャードがバッグを漁って何かを取り出す。

 それは二つの魔法石だ。

 「リチャードさん、それって……!」

 「ああ。二人とも新しい仲間だ。仲良くしてやってほしい」

 「わ〜!プロ嬉しい!」

 プロが魔法石に触ってみる。

 「よろしくだねぇ」

 「ごきげんよう」

 二人も挨拶をする。

 「そういえば二人の名前を聞いてなかったけど、二人には名前はあったりする?」

 「私は……ベル。ベルと呼ばれておりました」

 「俺はねぇ……なんだったかなぁ〜……あぁ〜そうだぁ。シャトだ」

 「二人ともよろしくね」

 「わ〜い!ベル!シャト!プロ友達!」

 プロはより一層はしゃぎ、今日のリチャードの部屋はいつになく賑やかだった。

 リチャードはそんな賑やかに騒ぐドラゴンたちを奥から見つめていた。

 「混ざらないのか?」

 話しかけてきたのは杖だった。

 「いいんですよ。ドラゴンと戦って、疲れましたし……」

 「それもそうだな」

 「そういえば……さっき二人に聞いて思い出したんですよ。名前、聞いてませんでしたよね」

 「名前……私のか?」

 「そうですよ。俺、ずっと命令だけして、肝心の名前を聞いてなかったじゃないですか」

 「名前か……もう、とっくのとおに忘れてしまったなぁ。別に、好きに呼んでくれて構わんのだぞ」

 「好きに呼ぶって言っても……そんな簡単に思いつきませんよ」

 「それもそうか」

 二人はお互いに意見が出ず、項垂れた。

 賑やかなプロたちの裏で、二人の間の数瞬を静寂が支配する。

 その時、二人同時に一つアイデアがフッと舞い降りた。

『ダレン』

 杖とリチャードは、同時に口を開き、お互いに同じ提案をしたことに驚いて固まってしまう。

 しかし、少しするとお互いの固まった姿がおかしくなって吹き出した。

 「フフッ……なんですか?名前、思い出せてるじゃないですか」

 「お前さんこそ、すぐに思いついたではないか」

 「そうですね」

 「決まりだな」

 「よろしくお願いしますね。ダレンさん」

 「こちらこそだ。リチャード青年」

 「堅苦しいですねぇ」

 「私の洞窟では、これが当然の呼び方なのだ」

 二人がじゃれ合っていると、プロがそれに勘づく。

 「あー!リチャード、杖仲良し!いいなぁ〜。プロ、一緒に仲良し!」

 リチャードの部屋は、また一つ賑やかになった。


 翌日。

 リチャードは病院に来ていた。右手には紙箱の入ったビニール袋を持っている。

 受付に目的の病室を聞くと、奥から少し騒がしくて、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 「病室に来て怪我人に挑発するってよぉ、人の心配もできねえのか?」

 「薄情ですねぇ。心配してるからお見舞いに来てるんじゃないですか」

 「お土産にジェリー・ディールズってどんなセンスだよ。嫌がらせか?」

 「ほらほら、身体痛いでしょう。食べさせてあげますから、口開けてくださいよ」

 ベッドで寝ているヴァージルと、お見舞いに来ていたロイヤーが言い合いをしていた。

 「二人とも病院なんで、静かにしてくださいよ」

 「リチャードくん!?」

 「リチャード!?」

 二人はリチャードの声を聞くなり、声を重ねて驚いた様子を見せた。

 「はい、ヴァージルさん。これお土産です」

 「おう、ありがとよ。それより、仕事はどうしたんだよ」

 「アハハ……パトロールですよ、パトロール。それより、いつ頃帰って来れそうなんですか?」

 「撃たれたところは何ともなかったけどよ……体の負荷の方が酷くてな……一ヶ月は魔法使い、できねえんだ」

 「そう……ですか……できるだけ早く帰ってきてくださいね」

 「心配すんなって、あくまでも魔法使いの活動に戻るまでだ。実際はもっと早く帰ってくるさ」

 「俺……待ってます」

 「……おう、待っとけよ」

 ヴァージルの笑みを見れば、リチャードは少し心が穏やかになる。

 大丈夫そうだという安堵を、本能的に体感できる。

 「それじゃあ、俺もう行きますね。パトロール中なんで」

 「おう、頑張れよ」

 リチャードが病室を出ようとしたその時だ。

 「リチャードくん!」

 ロイヤーがリチャードを呼び止めた。

 「どうしたの?ロイヤーくん」

 リチャードは不思議そうに首を傾げた。

 「少し外を歩きませんか?」

 「……いいよ」

 リチャードと共に、ロイヤーも病室を後にする。

 ロイヤーの突然の提案に、ヴァージルは少し不自然さを感じ取り、病室から出ていく彼に疑いの眼差しを向けた。

 そして、ロイヤーは背中に向けられたそれを感じ取ることもなかった。


 「そういえば久しぶりだよね。確か……ウィンブルドンの救援に行ってたんだっけ?」

 「はい……」

 「俺、ウィンブルドンに知り合いがいるんだ。ロイヤーくん知ってる?イサベラさんって言うんだけど」

 「ああ……はい……」

 リチャードは積極的に話しかけるが、ロイヤーはどこか返答も単調だし、歯切れも悪い。

 普段の良くも悪くも自分本位な彼らしさが、今日ばかりはなりを潜めていた。

 リチャードも、さすがに不審に思ったのかそのことを指摘する。

 「どうかしたの?ロイヤーくん」

 「えっ?」

 「いや……なんか様子がおかしいからさ」

 二人の歩みが止まる。

 見透かされていたのかという驚きの表情から、少し自分の不甲斐なさを悔やむような表情にロイヤーの顔色が変わっていく。

 「リチャードくん、実は君に……折り入って相談があるんです。君がこのことを信じてくれたら嬉しいのですが……」

 「うん……」

 「実は……魔法石の声を聞きたくて。たしか君は、ドラゴンと仲良くしていたはずです。魔法石の声を聞くくらい、訳ないんじゃないかと、僕は思ったんです……ごめんなさい、にわかには信じ難いですよね、魔法石が喋るだなんて──」

 「信じるよ。というより、魔法石は喋る」

 「……君はすごいな」

 「すごくなんかないよ。それよりその、声を聞いてみたい魔法石を出してほしい。僕が話を聞いてみるよ」

 「……はい」

 ロイヤーは自分の持っている杖をリチャードに差し出した。

 リチャードはロイヤーがそれを差し出してきたことに驚きを隠せなかった。

 なぜならその杖は、ロイヤーの最大の武器であることを知っていたからだ。

 「これって……」

 手に持ってみれば、ずっしりとした重みがある。

 これが一流魔法使いの武器。

 「はい、僕が初めて倒したドラゴンの魔法石。そして……僕の、父さんとバディの仇のドラゴンの魔法石です」

 「……!」

 「リチャードくん……本当は、僕が直接聞きたいところですが、生憎魔法石の声が聞こえません。だから、この使命を託します。頼みますよ」

 「……分かったよ、ロイヤーくん」

 ロイヤーの念押しの一言で、リチャードもこの頼み事が彼にとって重い任務だと理解する。

 リチャードが一呼吸を着くと、意識が研ぎ澄まされる。


 「ついに、ここにもお客様が起こしになられましたか」

 リチャードの前に居たのは背の高い筋肉質の青年。

 目元はキリッとした三白眼で、その奥で金色の瞳が存在感を放つ。

 「あなたが……ロイヤーくんの?」

 「如何にも。私が、あの魔法使いに使われるあの杖の正体。そして……彼の言う通り、人殺し」

 その言葉と共に、ドラゴンが不敵な笑みを浮かべた。

 その発言が耳に入ると同時に、リチャードの背筋を悪寒が通り抜けた。

 只者では無い。そんな気配が彼の話しぶりからよく伝わってきた。

 「そっ、それは……ロイヤーくんの、お父さんとバディもか」

 「ええ、二人とも非常に実力のある方だった。勇猛果敢で、無謀にも私に挑んだその気概は、私の記憶に残るには十分でしたよ」

 「殺したんだな」

 「殺したかしてないかで言えば殺しました。ですが、殺さなければこちらが殺されかねない。自分の敵は始末するのみ」

 「それに……罪悪感はあるのか?」

 リチャードは気圧されまいと、強い語気で問いかけた。

 「……なかった。少なくともあの時は」

 「……あの時は?」

 「ああ、空では自分を殺そうとしているなら、こちらが殺しても構わないと本気で思っていました。死んだら弱いだけ、死ぬやつが悪いと」

 「……」

 リチャードは歯を食いしばった。

 「だが……ある日、やけに魔法に気合いの入った魔法使いがいたのです。その魔法を食らった瞬間に理解しました。この魔法は食らったことがある。どれだけ強さや正確さで着飾ったところで、慣れた魔法の動かし方は変わらないのです」

 「それって……」

 「海に伏してようやく気づきました。彼がその魔法使いのご子息で、私は復讐に討たれたのだと」

 「復讐……ですか」

 「その通り。そして……この杖の姿になって彼と共に過ごし、私はこの青年がどれだけの思いをしたのかを知った。勝負は一対一でも、営みはそうではなかった。空を一人で漂っていた私には、それを想像する余地すらなかった。同僚の方も私によって亡くし、彼は孤立していたようです」

 「そう……だったんですか……」

 ドラゴンは堂々していて、やはり威厳のある出で立ちだ。

 だがリチャードは、その物怖じしないふてぶてしい態度の奥に、苛まれた罪悪感を内包していることを見抜く。

 「なにか、持ち主……ロイヤーくんに伝言があれば伝えます」

 「ふっ、伝えたいことですか。何度言っても聞く耳を持たないので、中々数個に絞りきれたものではないですね。そうだ、まずは彼のかけがえのない大切な人を奪った非礼を詫びましょう。こればかりは譲れない」

 「他には?」

 「……粋だな。君はドラゴンの心をよく見る魔法使いなのだね。耳を貸しなさい、特別な本音を聞かせてやろう。あの青年には……秘密にしておいてくれ」

 ドラゴンが一段と声を潜めて伝えた。

 そこで二人の対話は終わった。


 「どうでした?リチャードくん!」

 リチャードが元の世界に意識を戻すや否や、ロイヤーは彼の声を聞きたいからか大きく取り乱していた。

 「落ち着いてよロイヤーくん!」

 「ああ、すいません。つい気になってしまって」

 「ドラゴンさんは、謝っていたよ。ロイヤーくんの……お父さんやバディを殺してしまったこと」

 それを聞くと、ロイヤーは少し表情の緊張が緩む。

 「ドラゴンに人を思いやったり、慈しむ心があるとは……思えない」

 「でも、これはこの杖が本当に言ったことだよ」

 「もしドラゴンに心があるなら、僕は何を恨めばいいんだ……」

 「ロイヤーくん……」

 リチャードはそんな様子のロイヤーを不憫に思った。

 そして、それと同時に一つ踏み出すことにした。

 「それとさ、これは言うかどうか迷ったんだ。ロイヤーくんは聞きたくないと思ったから」

 「そうさ、やっぱりドラゴンの言葉なんて聞くんじゃなかった。やっぱりあいつらは悪なんだ」

 「君のトドメを刺した魔法は、自分が受けたどんな魔法よりも、魔法石が冥利に尽きる一撃だったって、言ってたよ。そして、そんな魔法を撃てる君の手元で、どんな魔法を自分が撃てるのかが楽しみだって」

 ロイヤーはその言葉を聞くと、頭の中にいつの間にか蓋をしていた記憶が蘇る。

 魔法を純粋に楽しみ、そこから実用性を重視したりと、自分の中の軸として復讐が居座る前の自分を。

 今彼は、自分の魔法を楽しむ魔法石の言葉を聞いて、ようやく本当の自分を思い出した気がした。

 「ああ、本当に!なんて……僕を悩ませるのが上手いドラゴンなんだ」

 呆れたように、吐き捨てるように、ロイヤーは強い言い方で皮肉を言う。

 だが、妙に顔は笑っていた。

 そして、リチャードもその顔が、枷の解かれた顔だということはよくわかっていた。

 「しょうがないですね。僕の魔法は、まだまだこんなものではありませんよ!」

 リチャードから杖を受け取ると、彼の羽織るピカデリーのローブがはためいた。


 第十七話【完】

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