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ドラゴンと魔法とアールグレイ  作者: Aドラゴン伯爵
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Beautiful lose or dirty win

 「キュオオォン!シャオオォン!キュラララシャオォン!」

 魅惑の咆哮を響かせながらグレーターロンドンを泳ぐかのドラゴンは、まさに世界一美しい誰もが目を奪われる芸術だろう。

 そして、そんなドラゴンに目を奪われた男がここにもいる。

 ラファエル・クチュリエである。

 「はぁ……なんて美しいんだ。まるで生きた芸術だ。もし願いが叶うのなら、君に似せた剥製を作り愛でてしまいたい」

 ラファエルはその美しさに目を奪われて、体が勝手に流れに身を任せるドラゴンを追ってしまう。

 弓も忘れて、ただひたすらに美に見とれていた。

 自分がそんなドラゴンを討伐する魔法使いである事など忘れていたし、そんな事よりも目の前にいる圧倒的な美の方が、比較すら烏滸がましい程に魅力的に映った──


 「さて……ここが戦場……いや、船上か」

 ヴァージルが着陸したのはテムズ川のほとり、ボートハウス郡の上だ。

 もうボートハウス郡の向こうには、洪水のドラゴンが迫っている。

 目の前のドラゴンを見てから一呼吸、覚悟の間を置いた。

 「信じるぜ……」

 一言、彼への信頼が覚悟を決めさせる。

 そして大きな声を上げてドラゴンの注意を引く。

 「おおーーーーい!!!かかってこいやーーー!!!」

 「キュラララ……キュウィ?」

 突然、自らのコンサートにノイズが入った。

 何事か──そう思ったドラゴンは辺りを見回して、見つける。

 全身が汚泥や血液で塗れた人間。

 その見た目はどこまでも汚らわしい。

 「キュシャアァァ……キュシャオオォォォン!!!」

 ドラゴンは怒りに狂った。

 自分の視界に、汚物そのものたる貴様のような存在が映り込んでいいはずないのだ。

 ドラゴンの中で、この世の潔癖は自らに課された使命でもある。

 故に彼を排除しなくてはいけない。

 テムズ川が波打つ。だがその波は後ろから来る波に飲み込まれる。

 増水が再び勢力を増した。

 そして水面が激しく揺れ動くと、また腕のように水が盛り上がる。

 その鋭い眼光と水のうねりから、強い殺意がヴァージルに向けられている。

 「ギュシャアアア!!!」

 水が腕のように変形して、ヴァージルを捉えようとした──その時、何かがテムズ川の清流に落ちた。

 そして、ドラゴンはその音によってなにが発生したのかを肌感で感じ取る。

 汚泥が垂れた。テムズ川が濁る。

 「ギュアアアアアアアア!!!!!」

 ドラゴンは発狂した。

 美しきこの清流に汚点がつけられた。

 許せない許せない許せない!

 すぐさまに水を掬って掻き出そうとするが、汚れはすぐに水に溶けていく。

 泥水からいくら泥を排除したとして、それは泥水だ。

 それを知らなければそれは綺麗な水だろうが、観測によってその麗水も泥水にカテゴライズされる。

 ドラゴンはこんな汚濁のテロルを行った愚者はどこだと、辺りを見回した。

 船の上、川沿いの通り道、橋の上、空──そこにやつはいた。

 あの魔法石を持ったリチャードが、上空から汚泥の塊をテムズ川に滴らせていた。

 テムズ川は川幅が広いので、ロンドンを見渡せるほどの上空からでも汚泥をテムズ川に落とすのは容易だ。

 そして、汚泥が一つ垂れる毎に、ドラゴンはまた一つ冷静さを欠いていく。

 「ギュアアアアア!!!ギシャアアア!!!」

 歌声のような鳴き声も、今となっては絶叫だ。

 自らが綺麗にした川が汚され、濁される。なんという屈辱であり、蛮行であろうか。

 彼の怒りは空にいる魔法使いに向けられた。

 愚かな汚れの根源は、この自分が葬り去ってくれよう。

 テムズ川の水面がまた激しく揺らめく。

 「うおっ……す、すげぇ揺れだ……!」

 ヴァージルはボートハウスの上で立つことさえままならない。

 それほどまでに川面が波打っていた。

 そして、腕のように振る舞う二つの水柱が合体して、凄まじい水しぶきを上げながら一つの巨大な水柱へと変身した。

 ドラゴンはその巨大な水柱の中に潜ると、まるで滝登りのように水柱の中を泳いで、上空のリチャードたちに接近した。

 リチャードたちは回避行動を取るが、ドラゴンはもうすぐそこまで迫ってきていた。

 攻撃はどんな形であれ受けるのだろう。

 ならば──

 「アレ行きますよ!」

 「任せてぇ!」

 二人の呼吸が噛み合った。

 リチャードの気合いが魔法石に伝わって、悪臭のドラゴンの魔法石も、その指示が来ることがわかっていたようだった。

 そして洪水のドラゴンはハッとした。

 汚泥が滴れば滴るほど精神的に疲弊していたこと、水柱を泳いで追い詰めた気になっていたこと。だが、自分が泳いできた水柱は消えてしまうこと。

 それになによりもこの波動、この気配は間違いなく──臭い。

 その刹那、ドラゴンは驚きと、悪臭による顰め面が共存する。

 これが罠であると気がついたが、もう遅すぎた。

 一方のリチャードは今にも魔法を放つのだろう。

 その瞬間の出来事だった。

 「待ってくれ!」

 「えっ!?」

 「ほえっ!?」

 突然静止の声が聞こえてきて、それまでドラゴンに一点集中していた視線が乱れる。

 声の主を探してしまった。

 地上を見下ろすと、一人のローブを着た魔法使いがしまったというような顔をしていた。

 魔法使いという立場でありながらドラゴンに魅了されていた彼は、ドラゴンの討伐を妨げてしまったのだ。

 ラファエル・クチュリエは、魔法使いとしてあるまじきミスを犯してしまった。

 次の瞬間、リチャードたちをヒレの平手打ちが襲った。

 「ぐああぁぁ!」

 手痛い一撃を被弾した二人は川に叩きつけられる。

 かなりの高度から落下した。

 ダメージは相当なものだ。

 「リチャード!」

 ヴァージルはその一部始終を見ていた。

 手強いドラゴン故か、作戦の失敗が頭を過ぎる。

 いや、そんなことより、リチャードを助けなくては。

 ヴァージルがほうきにまたがる。

 汚泥が垂れたとはいえ、テムズ川はまだ普段と比べれば遥かに澄み切っている。

 リチャードがどこにいるかも分かりやすい。

 ほうきにまたがり、川の中へ飛び込もうとしたが、それを獲物を狩る海鳥のように空襲してきた洪水のドラゴンが阻止する。

 許せない。物理的に汚れている者も許せないが、他者や環境を意図的に汚すような心の奥底までもが汚濁した者など言語道断である。

 この洪水のドラゴンが、穢れ愚者に直々に手を下して、二度と川に対して辱めを働けないようにしてやろう。

 その怒りが川底のリチャードに向けられていたのだ。

 リチャードは強い衝撃を受けたが、まだ辛うじて手元にはほうきと、悪臭のドラゴンの魔法石がある。

 だが、魔法石の反応は鈍い。

 強い衝撃を受けたが故に、一時的に反応が鈍ってしまっているようだ。

 相手はあれだけの力量を誇るドラゴンとなれば、この反応の悪さは致命的になる。

 透明な川の中で、洪水のドラゴンがリチャードを探している。

 見つかる前に、なんとかして陸に上がりたい。

 しかし、この透明な水の中では、隠れる場所など万に一つもない。

 それ故だろう。ドラゴンは少し周りを見渡すだけで叩き落とした愚か者を見つけることができた。

 「ギュワワワァン!」

 標的をロックオンする。

 まるで水を蹴ったかのように洪水のドラゴンは加速して、リチャードに向かって前進した。

 絶体絶命だ。

 だが、リチャードはそうならばと、開き直ってみる。

 腹を括って、古参の戦友に頼ってみた。

 マスク越し。しかも口を動かしていないのに、リチャードの気持ちは腰にしまってあったステッキの魔法石へと伝わった。

 すぐさま、リチャードを黒い煙が包み込んだ。

 「ギュワッ!」

 目の前で目眩しを食らってしまうが、あれほどの推進力。止まろうと思っても、急に止まることはできない。

 ドラゴンは水中の炭の粉塵の中に突っ込んでしまった。

 「ギュワアアアァァァアア!!!」

 ドラゴンは未だかつてないほどに怒り狂い、その様はさながら世紀末のような絶望と、この世界でも最も個人に殺意が向いた瞬間のような怒りを併せ持っていた。

 この世で最も美しいこの自分が汚された。

 その事実が到底受け入れられなかったのだ。

 なんとかして汚れを落としたい。いや、落とさせてくれ。

 居もしない他者に懇願してしまうほど、この一撃によって、彼の精神は急激にすり減らされていた。

 そして、発狂するドラゴンを尻目に、リチャードは川から脱出した。

 水位がかなり上がってきている。

 そろそろトドメを刺さないと、いよいよ大規模な洪水が起きかねない。

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